第2話
オレは「一本釣り太郎」。今、軽トラの荷台で揺られている。
運転しているのは「超絶技巧ドライバーまさし」。オレの専属ドライバーとして大金叩いて雇っている。
「超絶技巧ドライバーまさし」はもともと教習所の講師をしていただけあって、ドライビングテクニックは折り紙付き。オフェンシブでダイナミックかつ安心安全・法令遵守な運転を同時に両立させるドライバーは、世界広しと言えどもこいつしかいない。「野良猫
「「一本釣り太郎」の兄貴ぃ、準備は良いですかい?」
インカムから「超絶技巧ドライバーまさし」の声が聞こえてきた。バックミラー越しに目が合う。オレは竿をちょいちょいと振って見せた。「超絶技巧ドライバーまさし」は満足そうにウインクした。
「それじゃあ、行きますよぉ」
ブロロロロ…と小気味よい音をたて、軽トラが仕事モードにきり変わる。オレは大きく深呼吸した。
今日も釣って釣って釣りまくるぞ!
トラックに揺られながら、草むらに向かってサッと竿を振り下ろす。あっという間にグッと来て、ヒョイっと引き上げると、キジ猫が一匹釣り上げられている。
猫好きの諸君、安心して欲しい。オレの釣り針には返しが無い。猫を釣り上げても猫には少しも傷がつかない仕様になっている。特注中の特注品だ。
返しが無いから猫はすぐに外れる。釣り上げた勢いのまま荷台に猫を降ろし、間髪入れずにサッと再び竿を振る。
サッ、グッ、ヒョイっ、ニャー。
サッ、グッ、ヒョイっ、ニャー。
等間隔でひたすらこれの繰り返し。
キジ猫、トラ猫、鍵しっぽ、ミケ猫、サバトラ、ハチワレにゃんこ。早くも荷台は猫まみれ。「超絶技巧ドライバーまさし」の声も弾んでいる。
「「一本釣り太郎」の兄貴ぃ。今日も絶好調ですね!」
まーね!
褒められて悪い気はしない。この調子でどんどん釣っていく。
右手の公園に黒猫がいる。そちらに向かってサッとする。グッときたのでヒョイっとする。宙を舞う猫。あとはニャーを残すのみ。
そこでオレは気がついた。
この猫首輪をしてやがる。
黒い猫に黒い首輪だからすぐには気づけなかった。健康状態も良好そう。この黒猫にはきちんと世話をしている飼い主がいる。
こんなときこそ慌ててはいけない。
釣り針から今にも外れそうになっていた黒猫を、手首を返して再び引っ掛ける。そして、そのまま元いた場所へキャッチアンドリリース。
え?一本釣りでそんなことが出来るのかって?
出来るさ!
レジェンドオブ一本釣りのオレならな!
あまりに一瞬の出来事で、黒猫自身は何が起きたか分かっていないはず。キョトン顔でしばらく空を見上げたのち、何事も無かったかのようにとことこ歩き出した。
「危なかったですね〜」
とりあえず何か言っておくかという感じで「超絶技巧ドライバーまさし」がぽつりと呟く。
飼い猫や地域猫を釣り上げてしまうことはご法度だ。オレの目的はあくまでも「不幸な野良猫」をこの世からなくすこと。きちんとお世話をしてくれる
もし間違えて「野良猫島」に連れて帰ってしまった場合は、速やかに返還対応にあたる。高級菓子折りつきでひたすら謝る。それしかない。対応が遅いと警察が駆けつけてくる。飼い主の危機管理能力が高すぎて、釣り上げた瞬間に警察が飛んできたこともあった。
いろいろなことがあったなぁと思い出しながらも、オレの手はとどまることを知らない。
リズムを崩さず、サッ、グッ、ヒョイっ、ニャー。ずっとこの繰り返し。もはやオレの体は半分猫に埋まっている。
その時、インカムから女性の声が聞こえてきた。
「「一本釣り太郎」くん、調子はどう?」
オレの代わりに「超絶技巧ドライバーまさし」が自慢げに返答した。
「「テキパキ
「テキパキDr.さえこ」の大きなため息が耳に響く。
「全く、キリが無いわね。私一人じゃそろそろ限界。「一本釣り太郎」くん、お願いしたこと覚えてるわよね? 頼んだわよ」
オレの返事を待たずして通信は途切れた。「テキパキDr.さえこ」はその名のとおりテキパキしている。どういう仕組みかはさっぱり分からないが、同じ時間でも並の人間の5倍は仕事をこなしている。きっと、とてもテキパキしているのだろう。
彼女には「野良猫島」の獣医をお願いしている。健康診断、予防接種、病気や怪我の治療に避妊・去勢手術など。全部一人でこなしている。しかし、さすがにもう無理らしい。
オレはリズムを崩すことなく、事前に用意していた別の竿に持ち替えた。そのまま狙いをつけてサッと振る。間髪入れずにグッときたのでヒョイっとすると、20代前半と思われる女性が釣れた。事前に釣り針に仕込んでいたアルバイトの求人票にしがみついている。
釣り上げられ、宙に浮いている女性が、早速自己紹介を始めた。
「「獣医学部3年アリサ」と言います。将来の夢は言わずもがな獣医師。一生懸命頑張りますので宜しくお願いします!」
うん、採用!
釣り上げた「獣医学部3年アリサ」を助手席で外す。これで人手不足も解決だ。
あとは「野良猫島」に帰るだけ。とか言いつつサッ、グッ、ヒョイっ、ニャーの手は止めない。ギリギリまで釣り続ける。
だんだんと潮の香りが近づいてきた。埠頭に着いたのだ。軽トラの前には青く澄んだ美しい海が広がっている。
「じゃあ、帰りますか」
「超絶技巧ドライバーまさし」の掛け声とともに軽トラはまっすぐ海に突っ込んだ。
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