第8話 とある日の休み時間
「……という話なんだけど、どうだい? 師匠に会ってみる気はないかい?」
学校の休み時間。
さっそく小澤さんは昨日あったことを樹木さんと上宮さんに話していた。
「でもまさか、舞ちゃんのコスプレの師匠がこーくんのお姉さんだったなんて! なんでもっと早く言ってくれなかったのさぁ!」
上宮さんが肘で僕の脇腹を突いてきた。僕は反射的に体を仰け反らせる。
「だって姉さんのやってるコスプレはなんかこう……割とガチめだから。相談して変に気合を入れられるのもどうかと思って」
とは言いつつも、実際は単に姉がガチでコスプレをしているという事実を打ち明けるのが恥ずかしかっただけだ。
「えーいいじゃん! この際とことん気合入れてコスプレしようよ! ……あ、よかったら舞ちゃんも一緒にコスプレする?」
突然上宮さんがそんな提案をすると、小澤さんはキョトンとした顔をしながら自分で自分を指差した。
「自分も一緒のコスプレ……? そうだなぁ……学校のみんなに見られるのは少々恥ずかしいが……こんなことで恥ずかしがっているようじゃ、真のコスプレイヤーにはなれないよな。……うむ、わかった。自分も一緒にやらせてもらおう!」
小澤さんはやけに張り切った様子で言った。
「やったぁ! 舞ちゃんがいれば見栄えも増し増しだ! これで献血クラブが校内で注目されること間違いなしだね!」
「悪い意味で注目されなければいいけど……」
僕は少なからず心配していた。まだ一年生だというのに、こんなところで生徒たちから変人認定はされたくはない。
「ところで本題に戻るが、師匠がぜひ樹木さんに会いたいと言ってるんだ。樹木さんは師匠に会うの、嫌かい?」
小澤さんが再度尋ねると、樹木さんは首を横に振った。
「ううん、嫌じゃないよ。嫌じゃないけど……コスプレとか本当にやったことないから、期待には沿えないと思う……」
そりゃそうだ。樹木さんがコスプレイヤーだというのは、あくまで姉さんの妄想に過ぎない。
「じゃあつまり、コスプレをしてるのは樹木さんのお母さんだったり?」
小澤さんが尋ねると、樹木さんは少々悩ましげな顔をした。
「コスプレはしてないけど、そういう衣装を作ってるのはお母さんだよ」
樹木さんが言うと、小澤さんは目を見開いた。
「衣装を作ってる!? 自前でかい!?」
「う、うん」
小澤さんはあまりの衝撃に言葉を失っていた。
これはあくまで僕の憶測に過ぎないが、フェリシアさんが吸血鬼の衣装を作ってるのは決してコスプレをするためではなく、吸血鬼としての正装的なものを作っているということなのではないか。……もちろんこんな憶測、上宮さんと小澤さんに言えないけど。
すると樹木さんは何か良いことでも思いついたのか、「それなら」と、はっきりとした口調で言った。
「コスプレはお母さんの趣味じゃないけど、裁縫とかは趣味でよくやってるから、その……師匠さん? もし良ければ家に来てもらってもいいよ。お母さんも衣装のことなら師匠さんと分かり合える部分あると思うから。本当に期待に沿えるかはわからないけど……」
「いいのかい!? それはぜひともお願いしたい! 師匠もきっと喜ぶと思う!」
樹木さんの提案に、小澤さんは賛成した。
「わかった。お母さんに話してみるね」
「ありがとう樹木さん!」
小澤さんは感謝のあまり、勢いよく樹木さんの手を取った。樹木さんは終始、その気迫に圧倒されている。
おそらく樹木さんは、姉さんがコスプレのメイクなどをやってくれるという献血クラブにとってのメリットを優先して、そんな提案をしてくれたのだろう。ここまで来ると、僕も今更コスプレをすることに対してどうこう言うことはできない。
「これでとりあえずコスプレに関してはなんとかなりそうだね。姉さんも協力してくれるだろうし」
僕はコスプレを甘んじて受け入れることにした。姉さんが介入することについては……少々恥ずかしいが、諦めるしかない。
「いやーありがたい! これで献血クラブの知名度も爆上がり間違いなしだ!」
上宮さんは相当張り切っているようだった。そしてそんな上宮さんを見る樹木さんの表情も、どこか期待感に満ちているように見える。
「ところでその『献血クラブ』って、具体的に何をするクラブなんだい? コスプレをしてビラを配ること以外で、何かすることは決まっているのかい?」
唐突に小澤さんがそんなことを尋ねてきた。他の三人は何も答えることができずに黙り込む。
「……もしかして、まだ何も決まってない感じ?」
苦笑するしかない小澤さんを目の当たりしにして、なんとも居た堪れない気持ちになる。
「と、とりあえず! コスプレに全力を注ぐんだよ!」
上宮さんが言った。
「ところで配るビラとかはもう作ったのかい……?」
「ま、まだです! これから作ります!」
もはや上宮さんは開き直っているようだった。
「でも本当にどうするの、ビラ」
さすがに不安なので僕が尋ねると、上宮さんは少し悩んでから意を決したように僕の目を見てくる。
「ビラは私が作ります!」
「一人で作れる?」
「ビラくらいどうってことないよ! 私は献血クラブの発起人だしね! それくらいはしないと!」
そう言われては、こっちとしても割って入る義理はない。
……と、ここで、始業を告げるチャイムが鳴り響いた。次の授業は英語だ。
「じゃあ託した」
僕がそうとだけ言って自分の席へ戻ろうとすると、上宮さんは腕を組み、胸を張る。
「まかせんしゃい!」
上宮さんは自信ありげに言うのだった。
※※※
「できたよ!」
次の休み時間。
上宮さんはデコレーションされたA4用紙を持って僕の席までやって来た。
その紙を見せられた僕は、あまりの驚きから言葉を失う。
「……まじか」
「例のビラ、作りました!」
すると後ろの席にいる樹木さんが僕の顔の横に首を伸ばしてきた。
「もしかして朱音ちゃん、英語の時間にコレ作ったの?」
「そゆこと! どうだ! 授業そっちのけで仕上げた出来は!」
「……すごく良いと思う」
樹木さんは感心したように言った。
「でしょでしょ! 我ながらに上出来だと思うんだよね! ほれほれぇ、こーくんも黙ってないで感想の一つや二つ言ってみぃ?」
「……す、すごい」
「えへへ」
上宮さんは有頂天になっているようだった。でもそれくらい、そのビラの出来栄えは凄かった。小一時間で、それも授業中に作ったとはまるで思えない。
そのビラはとにかく全体的に色鮮やかだ。中央左には心臓を模した赤いハートが描かれており、そこには可愛らしい文字で大きく『献血に行こう!』と書かれている。そしてなんと言っても目を引くのが、右下に描かれている吸血鬼のイラストだ。幼女吸血鬼と思われるそのキャラクターには「協力してねっ♡」という吹き出しが付いている。
上宮さんが何かと器用であることは知っていたが、まさかこんなイラストまで描けるとは……。もはや超人である。
「まあまだ完成ではないんだけどね。もうちょっと細かいところを修正しようと思ってる」
「さすがだよ上宮さん。普通に驚いた」
僕は正直に言った。
「褒められるとやっぱり嬉しいものですねぇ。……と、ここで一つ! 二人にお願いがあります!」
「「お願い?」」
「英語のノートを見せてください!」
上宮さんがそう言って頭を下げてきた瞬間、僕の顔のすぐ隣にあった樹木さんの顔が、突然後ろに引っ込んだ。思わず後ろを振り向くと、樹木さんは気まずそうな顔をしている。
「それなら私、力になれない……寝てたから……」
思い返せば英語の授業中、後ろから寝息のような音が聞こえていた。どうやらあれは樹木さんの寝息だったらしい。
「じゃあ僕のやつ貸すよ。はい」
僕は上宮さんに英語のノートを差し出した。ビラを書いてもらったんだから、これくらいのことは全然構わない。
「ありがとうこーくん! 愛してる!」
上宮さんはそう言ってノートを受け取ると、颯爽と自分の席へと戻って行った。
……と、ここで、後ろから樹木さんに肩を叩かれた。振り向くとそこには、依然として気まずそうな樹木さんの姿がある。
「あの……私にも後でノート見せてください……」
そんなことだった。
「うん、いいよ」
僕が答えると、樹木さんはなぜか一気に顔を赤らめる。
「こ、孝介くん」
「はい?」
「あ、愛してる……」
「ぐはっ……!」
あまりの衝撃に、僕は血反吐を吐きかけた。
どうやら樹木さんはジョークが苦手らしい。
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