第6話 第一回献血クラブ定例会議

 「真珠ちゃんのお父さんってお医者さんなの!? しかもお母さんが看護師さん!?」


 僕の正面に座る上宮さんは、口に入れかけていたポテトを手に持ったまま、驚いた様子でそう言った。


 「両親が医療従事者って……なんかかっこいいなぁ……」


 ようやくポテトを口に運んだ上宮さんは、咀嚼しながらそう言って、頬杖をついた。


 放課後、僕たちは、『第一回献血クラブ定例会議』と銘打って、学校の近くにあるファストフード店へ来ていた。発起人である上宮さんは、所属しているソフトボール部を欠席までしたらしい。

 僕たちはそれぞれポテトのLサイズを注文し、それをちまちまとつまみながら今後の献血クラブの方針について話し合っていた。

 ……とは言っても、現時点で何か具体的な活動内容や目標とかが決まったわけではなく、ほとんど学校のあれやこれやについて談笑しているだけだった。


 そんな中、話の流れで樹木さんの両親の話題になり、今はまさに樹木さんが両親の職業について打ち明けたところだ。

 もちろん、吸血鬼のことについては何も触れていない。僕も僕で樹木さんの両親のことについては、あたかも初めて聞いた風を装っている。


 「樹木さんのご両親が迷惑じゃなければだけど、献血のことについても何か手助けしてもらえたらいいよねー」


 僕は斜め前に座る樹木さんに目配せをしながら言った。


 「そうだね。たぶん協力してくれると思うから、また話しようと思う」

 「それは最高だよ真珠ちゃん! もはや『献血クラブ(医師公認)』も夢じゃないね!」


 おそらくフェリシアさんや樹木さんのお父さんにとっても、献血クラブの活動は良い話だろう。

 しかしながらまだ具体的な活動内容について何も決めれていないので、とにもかくにもそこから始めなければならない。


 「それはそうと、高校生に献血を勧めるって具体的に何するの? ビラを配るとか?」


 僕が切り出すと、上宮さんは一転して真剣な顔で悩み始めた。こういうところの切り替えはさすがである。


 「うーん……。ビラを配ったりポスターを作ったりするのもありだけど、それってなんか定番過ぎない?」

 「……そんなこと言ったって、高校生ができることには限界があるでしょ。まずは定番のところから手をつけるのが妥当だと思うけど」

 「そうなのかなぁ……。例えばほら、マスコットキャラを作るとか。こういうのはインパクトが大事だと思うんだよね」

 「インパクトかぁ……」

 「真珠ちゃんは何か案ある? 高校生に献血を勧められるような企画とか」


 上宮さんが尋ねると、樹木さんはしばらく考え込んでから答える。


 「……コスプレとか」


 樹木さんの口から放たれた思いもよらぬキーワードに、僕と上宮さんは揃って目を見開いた。


 「マスコットキャラを作るより簡単そうだし、それに……インパクトあるし」


 樹木さんは少々気恥ずかしそうに、コスプレを提案した理由について説明した。


 「それって要するに、僕たちがコスプレをして、僕たち自身がマスコットキャラ的な存在になるってこと?」

 「い、いや、私たちがマスコットキャラにならなくても、例えばコスプレをしてビラ配りしたりすれば、少しは人目を引けるんじゃないかなぁって……」

 「そういうことか……」


 たしかにそれは良いアイディアなのかもしれない。ましてやコスプレをするのが樹木さんや上宮さんという校内屈指の美少女ならば、人目を引くどころか、マスコットキャラになってあわよくば一部の男子から神格化されそうだ。


 「真珠ちゃん天才!」


 そしてどうやら上宮さんは樹木さんの案に賛成のようで、樹木さんの手を握って目を輝かせていた。


 「その発想、私にはなかったよ!」


 まったくだ。僕にもなかった。


 「二人がコスプレすれば人は絶対寄ってくるだろうし、すごくいいアイディアだと思う」


 僕が言うと、なぜか上宮さんがキョトンとした目を向けてくる。


 「……ん? もちろんこーくんも一緒にコスプレするんだよ?」

 「いやいやいや。僕のコスプレなんて需要ゼロだから」

 「それはそうだけどぉ、一人だけ普通の格好っていうのもねぇ。……ね、真珠ちゃんっ」


 どうやら僕のコスプレの需要がゼロであることは間違いないらしい。まあいいけど。


 すると斜め前に座っている樹木さんが、僕のことを上目遣いで見てきた。


 「孝介くんも、一緒に……しよ?」

 「……っ!」


 その破壊力たるや、まさに異次元だった。


 「わ、わかりました……」


 結局あっさりと承諾してしまう僕なのであった。


 「よぉーし! そうと決まれば、次はどんなコスプレをするかだぁ!」


 話題が本格的にコスプレの内容に移行し、本当にコスプレをするのだということを改めて思い知らされる。


 「うーん……そうだなぁ……」


 真剣に考え込む上宮さんを前に僕と樹木さんがドリンクを飲んで一息ついていると、次の瞬間上宮さんは何かいい案を思いついたのか、顔を一気に明るくさせる。


 「そうだ! 吸血鬼とか!」

 「「ぶほっ!」」


 上宮さんの思わぬ発言に、僕と樹木さんはむせ返した。


 「二人とも揃いに揃ってどうしたのさ。吸血鬼のコスプレってそんなに驚くこと?」

 「ご、ごめん、むせちゃって……」

 「わ、私もむせて……」


 樹木さんが吸血鬼のコスプレをするというのは……何と言うか……まあまあ洒落にならないことだった。


 「だってほら、献血と言ったら血、血と言ったら吸血鬼じゃん!」


 どうやら上宮さんはそういう思考回路で吸血鬼という案を思いついたらしい。


 「そ、それはたしかにそうだけどさぁ……」

 「そうだけど?」

 「き、樹木さんはどう思う?」


 ここで樹木さんに振るのは少々野暮かもしれなかったが、なんとなくそうするべきだと思った。


 「え、私? う、うーん……」


 突然僕に話を振られた樹木さんは、しばらく悩んだ末に答える。


 「……い、いいんじゃない。……吸血鬼のコスプレ」

 「え!? いいの!?」


 僕が思わずびっくりしてしまうと、上宮さんがジトーっとした目を向けてくる。


 「こーくん驚き過ぎー。そんなに真珠ちゃんの吸血鬼コスが見たいの?」

 「え、あ、まあ……」


 驚いた本当の理由を言うわけにもいかなかったので、とりあえずそういうことにしておいた。


 しかし言った途端、上宮さんの目がまるで汚物を見るようなものに変わる。


 「……変態」

 「なんでそうなる!? 吸血鬼のコスプレに変態要素はないでしょ!」

 「だとしても、男子高校生の妄想力は果てしないからなぁ……」

 「言いがかりにもほどがある! 全国の健全な男子高校生に謝れ!」


 果たしてそんな高校生が存在するのかはわからないけども。


 「はいはいごめんなさーい。まあそんなことはともかくとして、問題はコスチュームをどこで手に入れるかだよね。吸血鬼のコスプレならどこかに売ってそうだけど」


 吸血鬼のコスプレをすることはほぼ確定したらしい。


 数秒間の沈黙が流れた後、樹木さんが恐る恐るといった様子で口を開く。


 「そ、それなら私、それっぽい衣装、家にあるかも……」

 「まじ!?」

 「ぶほっ……!」


 ちょうどドリンクを飲んでいた僕は、樹木さんの言葉を聞いてまたしてもむせてしまった。だって、吸血鬼が吸血鬼のコスチュームを持ってるって、そんなことある? ……いやあるのか? まあなんにせよ、それってもはやコスプレじゃないでしょ……。


 「こーくんまたむせたー」

 「あまりにも意外で……」


 僕の驚いている様子を見た樹木さんは、少々気恥ずかしそうに俯き気味になる。


 「母の趣味というか……なんというか……」

 「へぇ……! おもしろいお母さんだね!」


 上宮さんは感心したように言った。ちなみにそのおもしろいお母さん、ガチの吸血鬼です!


 「そういうことだから……衣装はたぶん、なんとかなると思う。もちろん男性用もあるよ」

 「おー! こーくんよかったね!」


 僕は人知れず肩を落とした。


 「……ちなみにその男性用の衣装って、お父さんのやつだったり?」


 なんとなく尋ねると、樹木さんは首を横に振った。


 「いや、それは……知り合いのやつ」

 「な、なるほど……」


 ……その知い合いって、たぶんあの居候してるとかいう吸血鬼なのでは? もちろんここで真偽を確かめることはできないけど。


 「真珠ちゃんの周りの人って、なんかすごくおもしろそう!」

 「ど、どうだろう……」


 樹木さんは苦笑していた。実際はおもしろいどころの騒ぎじゃない。


 「でもこれでなんとなくの方向性は見えてきたね! 収穫収穫!」


 上宮さんは意気揚々としているが、唯一の収穫が『吸血鬼のコスプレをすることになった』というのは、果たしていかがなものなのだろう。


 『第一回献血クラブ定例会議』は、こうして幕を閉じた。


 僕はというと、一抹の不安というか、どうしようもなさみたいなものを抱かずにはいられなかった。

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