第二章 僕と吸血鬼ちゃんと愉快な仲間たち

第5話 献血クラブ

 「どんな物事にも、本質は確かにあるんだよ。結局のところ本質を見極められるかどうかは、それまでの経験がものを言うんじゃないかな?」


 ある日の休み時間。

 僕の机に手を置き、やや前のめりになりながらそんなことを言ってきたのは、同じクラスの上宮さんだ。

 上宮さんはそのクリっとした瞳を僕に向け、肩の近くで左右に結んだ髪を揺らしている。


 僕と上宮さんは特段に仲が良いわけではないけど、たまにこんな調子で果たして生産性があるのか怪しい会話を繰り広げるくらいには、よく話をする間柄だ。

 実際のところ僕自身、上宮さんと繰り広げる生産性のない会話は割と好きだったりする。


 「うーん、どうなんだろう。物事の本質なんて人によって変わるんじゃない? 物事に絶対的な本質はないと思う」


 僕が意見を述べると、それを聞いた上宮さんはどこか納得しない様子でより一層前のめりになった。

 そうなると必然的に上宮さんの胸元が視界に入ってきそうになるわけで、僕は思わず顔を逸らす。


 「違う! 私は物事に本質があるという前提で話がしたいの! まったくぅ……こーくんはすぐに結論を出したがるからつまんない! そもそも私は結論なんか求めてないのっ」

 「わかったわかった、ごめんって」

 「んもぅー……。こういう話ができる相手はこーくんしかいないんだからね!」

 「はいはい」


 こうやって女の子から唯一の存在認定をされると、それがたとえ誇張であったとしても、男からしたらやはり嬉しいものである。相手が小柄で愛くるしい上宮さんだと尚更だ。

 ちなみにその『こーくん』っていうのは、上宮さんが僕に付けたあだ名だ。二人の間ではすっかり浸透している。


 「ところでさっ」


 上宮さんは僕の机から手を離すと、仕切り直すようにそう言って次は机にお尻を乗っけてきた。

 僕は目と鼻の先にある上宮さんの綺麗な太ももに目を向けないよう意識して、椅子に座ったまま上宮さんを見上げる。


 「なに?」

 「こーくんはさ、ボランティアとか興味ない?」

 「ボランティア……?」


 なんの脈略もなくそんなことを尋ねられたので、思わず首を傾げた。


 「今の時代さ、学生時代にボランティアをしていたかどうかって結構重要だと思うんだよね。ほら、大学入試とかでも問われたりするし」

 「あぁ……なるほどね……」


 たしかに上宮さんの言う通り、アメリカなどではボランティア経験の有無が大学入試で重視されるという話を、なんとなく聞いたことがある。

 しかしながらまだ高校一年生なのにすでに大学受験を見据えている上宮さんは、こう見えて意識が高いらしい。だがそれもそのはず、この高校は、一応そこそこの進学校なのだ。むしろ僕のように大学受験をそれといって意識していない生徒の方が少ない。


 「てっきり上宮さんは、『今が楽しければいい!』の典型例だと思ってた」

 「心外だよ! これでも私は、ちゃんと将来のことを考えているのですよ!」


 上宮さんは机の上に座ったまま腕を組み、胸を張って言ってきた。


 「……それにしてもボランティアかぁ。……あっ、それならこの前、献血に行ったよ」


 僕が言うと、上宮さんは目を見開いた。


 「献血!? 高校生でもできるの?」

 「採血できる量には制限があるけどね」

 「へぇ……献血かぁ……」


 上宮さんは割と真剣に献血について考えているようだった。

 ……しかし実際のところ僕が先日行った献血はただの献血ではなく、その背後に吸血鬼が絡んでいる。もちろんそんなこと言えないけど。


 すると上宮さんは何か良いことでも思い付いたのか、「そうだ!」と言って腰掛けていた机からスカートを翻して勢いよく床に立ち直った。



 「高校生に献血を勧める活動とか、すごいボランティアっぽくない!?」



 机に手を置いて前のめりになりながら言う上宮さんのその姿は、いつにも増して気迫に満ち溢れていた。


 「たしかに、ちょっとボランティアっぽいかも」

 「やってみようよ!」

 「……え?」

 「高校生に献血を勧める活動!」


 あまりに急な展開だったので、僕はしばらく開いた口が塞がらなかった。


 「まじで言ってる……?」

 「うん! まじで!」


 どうやら本気らしい。思い付いたら即行動とはまさにこのこと。

 動機が大学入試で有利になるためというのはやや不純な気もするが、その活動が社会の役に立っていれば動機なんてなんでもいいだろう。


 「いいじゃん。やってみたら?」


 僕は上宮さんを応援することにした。


 「あ、もちろんこーくんも一緒にね!」

 「うん?」

 「だってこーくん、部活とかやってないじゃん。だからやろうよ! 一緒に!」


 またまた予想外な展開だった。

 たしかに僕は部活に入っていないので時間は腐るほどある。ただ僕が部活に入らなかったのは、ほとんどまぐれで入学したこの国際クラスの授業についていくためであって、決して放課後を惰性で過ごしているわけではない。基本は勉強をしている。


 「いやまあ時間はあるけどさぁ……。ていうか、上宮さんはソフトボール部あるんじゃないの?」

 「そんなのどうにでもなるよ! とにかく行動してみないと、何も始まらないじゃん」

 「…………」


 ……これはもう、何を言っても聞き入れてくれそうにない。

 上宮さんは割と頑固な性格なので、適当な理由を付けて断るわけにもいかなかった。

 なのでここはとりあえず、承諾しておこう。


 「……わかった。上宮さんが本気なら協力するよ。そのボランティア活動」


 言うと、上宮さんは一気に顔を明るくした。


 「そう来なくっちゃ! ……あ、でも、さすがに二人だけじゃなんか物足りないよね。……そうだ! 真珠ちゃん真珠ちゃん!」


 すると上宮さんは、僕の後ろにいた樹木さんを呼んだ。

 上宮さんと樹木さんはこの新学期が始まった一週間ほどで随分と距離を縮めている。お昼も一緒に食べているくらいだ。


 僕が後ろを振り向くと、樹木さんは読んでいた参考書を閉じ、勉強の時に掛けている眼鏡を掛けたまま顔を上げて上宮さんの顔を見た。


 「どうしたの朱音ちゃん?」


 どうやら樹木さんは随分と勉強に集中していたようで、僕たちの会話はまったく耳に入っていなかったらしい。


 「一緒にボランティアしてみない?」

 「ボランティア……?」


 樹木さんは何が何だかさっぱりわからないといった様子だったので、僕が補足しておくことにする。


 「上宮さんと僕でね、高校生に献血を勧めるボランティアをしようって考えてるんだけど、樹木さんも一緒にどうかなぁって」

 「な、なるほど……」


 僕の言葉を聞いた樹木さんは指を口元に置いて、割と真剣に考えていた。

 僕はそんな樹木さんの姿を見て、なんとなくその後の展開を悟る。


 「……やってみたいかも」


 そう言う樹木さんの目は、いつにも増して輝いていた。

 ……それもそのはず、樹木さんにとって、献血は他人事じゃないのだ。


 「ほんとに!? ありがとう真珠ちゃーん!」


 上宮さんは嬉しさのあまり、座っている樹木さんに抱きついた。

 しばらくして上宮さんは抱きついていた樹木さんから離れると、「よし!」と言って拳を握りしめる。


 「そうと決まれば、さっそくサークル名を決めよう!」


 もはや怒涛の勢いだ。


 「サークル名かぁ……。ていうかそもそも、この活動は学校公認団体を目指すの? 例えば部活とか同好会とかで申請するみたいな」


 僕が尋ねると、上宮さんは「うーん……」と言って悩ましげな顔をした。


 「私は別に、そこはこだわってないかな。とにもかくにも何かしら実績を上げたいよね! それで結果的に学校に認めてもらって、公認の団体になるのが理想かな」

 「そういう感じねぇ……。だったら無難に、『献血クラブ』とかどう?」


 僕はなんとなくそんな提案をしてみた。


 「なんか味気ないけど……うん、それでいいや! 決まり!」

 「え、えぇ……。本当にそんなんで大丈夫……?」


 自分で提案したものの、さすがにもうちょっと考えても良いような気がした。


 「細かいところは気にしないが私のモットーだから! 真珠ちゃんはどう思う?」


 上宮さんが尋ねると、樹木さんは掛けていた眼鏡を外して小さく頷いた。


 「うん、いいと思う」

 「よっしゃあ! それじゃあ決まり! 本日より、『献血クラブ』始動です!」


 続いて上宮さんが「おーう!」と言いながら拳を上げて鼓舞してきたので、僕と樹木さんもそれに倣って「お、おーう」とぎこちなく言いながら拳を上げた。どうやら本当に、『献血クラブ』という名前で活動していくらしい……。


 完全なる思いつきで始まろうとしているこの活動が、果たしてちゃんと成り立つのかは正直なところ疑わしい。

 ……しかしそれでも、なんやかんや上手くいきそうだと過信してる自分がいるのもまた、確かだった。

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