第4話 吸血鬼の事情
「つまりフェリシアさんは吸血鬼で、樹木さんは人間と吸血鬼のハーフだと……そういうことですね?」
「うん、そういうこと」
「…………」
フェリシアさんは淡々と、僕に衝撃の事実を伝えてきた。
僕はというと、その事実をうまく飲み込むことができずにいる。そりゃそうだ。いきなり吸血鬼がどうとか言われて、混乱しないわけがない。
するとフェリシアさんは何かを思い出したように「あっ、そうだ」と言った。
「ちなみに言っておくと、真珠が始業式で倒れたのは、十字架を見たからよ」
「十字架……?」
いまいちピンと来なかった。
「おとぎ話とかで聞いたことない? 吸血鬼は十字架が苦手だって」
「……た、たしかにそんな話は聞いたことある気がしますけど……本当なんですか?」
「もちろん本当よ。まさか転校先の高校がカトリック系だとはねぇ……」
「えぇ……」
どうやら転校先の高校がカトリック系だと把握していなかったらしい。
吸血鬼にとってはかなり致命的なミスをしている気もするが、フェリシアさんの表情を見ている限り大して深刻そうではない。
「それにしても孝介くん、思ってたよりも驚かないのね」
フェリシアさんからそんなことを言われた。さすがに心外である。
「そんなことないですよ。現実味がなさ過ぎて言葉が出ないだけです」
「現実味ねぇ……。それなら! 試しに私に血を吸われてみる?」
「け、結構です!」
さすがに血を吸われるのは御免だった。ましてや吸われる相手がガチの吸血鬼ともなれば尚更だ。
「そりゃ嫌よね、吸血鬼に血を吸われるなんて」
「……す、すみません」
うん知ってた、と言わんばかりの顔をしたフェリシアさんを見ていると、自然と口から謝罪の言葉が出てきた。
「謝らなくてもいいのよ。それはいたって普通のことだから」
「でも吸血鬼って、血を吸わないと生きていけないんですよね……?」
僕が尋ねるとフェリシアさんは頷いた。
「でもね、実際は本当に人間の血を吸うわけにはいかないのよ。そんなことしたら傷害罪で捕まっちゃう」
「なるほど……。そこはちゃんと法律を遵守するんですね」
「もちろんよ。人間に危害を加えるわけにはいかないもの」
「……つまり僕に血を分けてほしいというのは、合法的に血を貰いたいっていう解釈で合ってます?」
「そうそう。理解が早くて助かるわ」
「……なら、どうして僕なんですか?」
当然の疑問だった。僕である必要性が一体どこにあるというのだろうか。
「真珠のためよ」
フェリシアさんはきっぱりと言った。
「樹木さんのため……?」
いまいちピンと来なかった。
一方名指しされた樹木さんは、身を縮こませて膝の辺りで手をもじもじとさせていた。
それからフェリシアさんが口を開く。
「慢性的な血不足は否めないけど、ぶっちゃけた話、人間から得られる血の量はなんとか間に合っているの。パパの経営してる病院で患者の血をこっそり分けてもらっているからね」
「患者の血を分けてもらってる……? それって合法なんですか……」
「たぶん大丈夫よ」
「えぇ……」
正直かなりグレーゾーンな気はするけど、ここはとりあえず聞き流しておこう。
「問題は真珠なの」
フェリシアさんがそう断言すると、樹木さんの肩がピクリと動いた。フェリシアさんはなおも続ける。
「吸血鬼は定期的に人間の血を飲んでエネルギーを貰わないといけないんだけど、それは人間と吸血鬼のハーフである真珠も同じ。だけど真珠の場合、普通の血を飲んでも他の吸血鬼と同じようにエネルギーを補給することができないの。じゃあたくさん血を飲めばいいのかっていうとそれはそれで体に悪影響を及ぼすからだめで……。おかげで真珠は昔から体が弱くて、学校にもまともに通えなかったの……」
そう言って一度顔を俯かせたフェリシアさんは、しばらくして顔を上げると、再び僕の目をしっかりと見つめてきた。
「そこで孝介くんの血なの」
「僕の血……」
僕の血が名指された瞬間、なんとなく事の全貌を察する。
なんせ『多血症』である僕の血は、普通じゃない。
「この前の献血で貰った孝介くんの血を真珠に飲ませたら、これがびっくり! 真珠の体調がみるみる良くなっていったの!」
フェリシアさんはしれっととんでもないことを言い放った。さすがにツッコまずにはいられない。
「ちょ、ちょっと待ってください。なんか色々と話が入り込んでてうまく内容を噛み砕けないんですけど、まず先日の献血はなんだったんですか? 聞いてる限り、普通の献血ではないようなんですけど……」
僕が言うと、フェリシアさんは首を傾げた。
「そうねぇ……たしかに普通の献血ではないわ。あれは献血という名目で、私たち吸血鬼が飲む血を貰っていたの。まあ解釈次第では一応『献血』なんだけどね」
「解釈次第って……。そ、それよりも! 樹木さんが僕の血を飲んだって一体どういうことですか!?」
僕がそう言って身を乗り出すと、フェリシアさんは困ったような顔をした。……この人はもしかしたら、事の重大さをあまり自覚していないのかもしれない。
「どういうことって、そのままの意味よ。真珠は孝介くんの血を飲んで、とっても元気になったの」
フェリシアさんは事実だけを簡潔に伝えてきた。
目の前にいるクラスメイトが自分の血を飲んだという事実はあまりに信じ難い事だけど、どうやら受け入れるしかないらしい。そうでもしないと話が先に進みそうにない。
「……わかりました。樹木さんが僕の血を飲んだという事実に関しては、とりあえず受け入れます。ちなみに僕の血を飲んで樹木さんが元気になったっていうのは、僕が『多血症』だからですか?」
尋ねると、フェリシアさんは悩ましげな顔をした。
「うーん……それが正直わからないのよ。でも私は、『多血症』であることは少なからず関係してると思う。パパもそう言ってたしね」
「そうですか……」
ここでふと樹木さんの方に目をやってみると、樹木さんは依然として俯きながらどこか気恥ずかしそうにもじもじとしていた。
「体が弱くて通信制の高校に通っていた真珠がこうして聖マリレーヌ高校に入れたのは、孝介くんの血のおかげなのよ」
フェリシアさんがそう言うと、樹木さんは少しばかり頬を赤らめながらコクコクと頷いた。そして次の瞬間、樹木さんは意を決したように顔を上げ、僕の方を見てきた。
「こ、孝介くん……!」
「は、はい……?」
いきなり名前で呼ばれたので、僕は思わず背筋を伸ばす。
「も、もし孝介くんがよかったら……これからも私に血をください!」
樹木さんは座ったまま深々と頭を下げて、そんなお願いをしてきた。
続けてフェリシアさんまで僕に頭を下げてくる。
「私からもお願いさせてもらうわ。……孝介くん、どうかこれからも真珠に血をわけてあげてほしい。もちろん、採血はうちの病院で行うから」
頭を下げてくる二人を目の前にして、僕は言葉に詰まってしまう。
……しかしそれでも、僕の血で樹木さんが普通の生活を送れるというのなら、そのお願いを無下に断ることなんてできるわけがなかった。
「……わかりました。そういうことだったら、僕の血くらい喜んで差し上げます」
僕の言葉を聞いた二人は、頭を上げて心底嬉しそうな顔をした。
そんな二人の様子を見ていると、僕の心まで自然と温かくなってくる。
「ありがとう……孝介くん」
お礼を言ってきてくれた樹木さんの瞳は、少しばかり潤んでいるように見えた。
自分の血で誰かが救われるというのは、とても栄誉なことなのかもしれない。なんとなくそう思った。
※※※
樹木さんに自分の血を提供することを約束してから数分後。
用件も済んだようなのでそろそろ帰宅しようかと思っていた時……それは起こった。
僕の正面にあるキッチンに、何やら黒い人影のようなものが見えたのだ。
……そしてしばらすると、キッチンの下からまごうことなき人の手が出てきて、その手が恐る恐るといった感じで冷蔵庫に伸びた。
「ひぃ……!」
僕は驚きのあまり声を上げてしまった。
「どうしたの孝介くん? そんなに驚いたような顔をして……」
「キッチンに……人が……」
「キッチン? ……あ!」
フェリシアさんは振り向いてキッチンを確認すると、どうやらすぐさまその正体を突き止めたようだった。
「ストイアン! お客さんをびっくりさせちゃだめでしょ! 何か欲しいものがあるなら、せめて堂々と来なさい!」
……す、ストイアン?
樹木さんのお兄さんとかだろうか。
やがて気まずそうに姿を現したのは、少なくとも僕よりはいくつか年上に見える、銀髪の大柄な男だった。
その男は僕たちの方を一瞥するなり、素早く冷蔵庫からいくつかの食品を取って、颯爽とリビングを後にしていった。
一瞬見えた男の瞳の色は、樹木さんやフェリシアさんと同じ、深いブルーだった。
「まったくもう……。せめて声くらいかけてほしいものだわ……」
フェリシアさんは呆れ果てているようだった。
「樹木さんのお兄さんですか……?」
尋ねてみると、フェリシアさんは首を横に振った。
「いいえ。彼は……そうね……強いて言うなら、この家に居候してる吸血鬼よ」
「居候してる吸血鬼!?」
あまりのパワーワードに、つい度肝を抜かれてしまう。
「大丈夫よ、害はないから」
「そ、そうですか……」
どういう訳があって男がこの家に居候する羽目になったのかはさっぱ見当もつかないが、おそらく吸血鬼には吸血鬼の事情があるのだろう。あまり踏み込むべきではないような気がする。
「そんなことより孝介くん、今日は本当にありがとう。これで真珠も、なんとか普通の高校生活を過ごせそうだわ」
フェリシアさんは改めて僕にお礼を言ってきてくれた。
「これからも真珠と仲良くしてあげてね」
「はい」
僕が答えると、隣に座っていた樹木さんは恥ずかしそうに頬を赤らめた。そんな表情を見せられると、なんだかこっちまで恥ずかしくなってくる。
「あと申し訳ないんだけど、私たちの正体は秘密にしておいてくれるかしら。世間に知られると色々と厄介だから……」
「もちろんです。絶対誰にも言いません」
僕は断言した。
しかしながら、仮に吸血鬼の存在を暴露したところで、果たしてどれくらいの人が信じてくれるのだろうか。おそらく、ほとんどの人は信じないだろう。
……だが僕は、吸血鬼の存在を信じ、受け入れる。
だって今まさに僕の目の前には、間違いなく吸血鬼が存在しているのだから——。
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