第3話 放課後の告白
始業式の翌日。
登校して教室へ入ると、僕の席の後ろ——すなわち樹木さんの席に、何やら人だかりが出来ていた。
席に着くと背後から、クラスの女子たちが樹木さんに対して「その髪って地毛なの?」とか「どこのハーフなの?」とか「どうしたらそんなに綺麗な肌になるの?」などと、終始質問攻めをしているのが聞こえてきた。
樹木さんはそれに対して「うーん……」とか「えーっと……」とか言いながら、ぎこちないながらもそれなりに丁寧に答えている。結局チャイムが鳴るまでその人だかりはなくならなかった。
チャイムが鳴っても担任の吉塚先生はまだ教室にやって来ないので、クラスは依然として騒ついている。
——その時だった。
背中を、誰かが指で突いてきた。
僕はびっくりして背筋を伸ばし、後ろを振り向く。
するとそこには当然、樹木さんがいる。
樹木さんは振り向いた僕の顔を一瞥するなり、若干気恥ずかしそうに小さな正方形のメモ用紙を差し出してきた。
僕は一体どういうことなのか樹木さんに尋ねたかったが、言葉が発せられるよりも先に吉塚先生が教室へ入って来てしまった。なので僕はとりあえずそのメモ用紙を無言で受け取り、前に向き直った。
今にも吉塚先生が朝のホームルームを始めようとしているところだったが、僕は我慢できずに渡されたメモ用紙に目を通す。そこにはこんなことが書かれていた。
『きのうはありがとう。今日の放課後、もし時間があれば私の家に来てほしい』
「えっ」
文面に目を通し、僕は思わず声を出してしまった。
そして追い打ちをかけるように、吉塚先生が僕の名前を呼ぶ。
「神谷、あいさつ」
「あっ、はい! 起立!」
そういえば学級委員になったんだった。僕は急いで号令をかける。
「おはようございます!」
僕はぎこちないながらも朝の挨拶を行った。僕の声にクラスメイトたちが復唱する。
着席してから、僕は再びそのメモ用紙に目を向けた。
……放課後、家に来てほしい? 樹木さんが? なにこのラブコメ展開……!
とは言ってもさすがに何が何だかわからないので、ホームルームが終わったら樹木さんにどういうことなのか尋ねてみよう。話はそれからだ。
しかしながら文面に目を通せば通すほど、僕の心臓の鼓動は高鳴る。
朝っぱらから、僕の心はぐちゃぐちゃだった。
※※※
結局放課後になるまで、樹木さんに事の真相を聞くことはできなかった。
というのも今日一日、樹木さんの周りには常に女子たちが群がっていて、僕が割り込んで話をする隙がなかったのだ。
……そんなわけで、約束の放課後になった。
あいにく樹木さんは掃除当番で教室を離れていたので、僕は教室でただぼーっと樹木さんがやって来るのを待つことしかできなかった。
やがて樹木さんが教室へやって来た時には、すでに教室には僕たち以外誰もいなくなっていた。
「ごめんなさい、掃除当番だったの」
教室に入って来た樹木さんは、息を切らしながらそう言った。
「いいよいいよ、知ってる」
「もしかしたらもう帰っちゃったかなって……」
「まさか。……それで、家に来てほしいってどういうこと?」
満を辞して尋ねてみると、樹木さんは「えーっと……」と悩ましげに言った。
「ごめんなさい、私はこのことをうまく口で説明できなくて……。とりあえず家に来てもらえると嬉しいんだけど……」
そう言われては僕としても返答に困る。……だが、ここで変に断る道理もなかった。
「なるほどね。僕は全然構わないよ」
「ほんとに……?」
「もちろん」
「ありがとう」
樹木さんは心底嬉しそうに微笑んだ。
しかし実際のところ、樹木さんが僕を家に誘う理由なんてどこにも見当たらない。けれどこの状況で、樹木さんを変に疑うことは、僕にはできなかった。
そして何より、今のこの状況に少なからず期待している自分を裏切ることができなかった。
こうして僕は、出会ったばかりの転校生の家へ行くことになったのだった。
※※※
学校から移動している間、僕は樹木さんにいろいろな質問をしてみた。
それでわかったことは、樹木さんの家が学校の最寄り駅から三駅行ったところのすぐ近くにあること、お母さんがルーマニア出身だということ、その綺麗な銀髪はお母さん譲りだということ、聖マリレーヌ高校には外国語特別入試で編入したことなどなどだ。
他にも好きな食べ物とか割とどうでもいいことも尋ねたけど、それはまあ割愛。
さらに樹木さんと話していてわかったことは、樹木さんが比較的大人しい性格であるということだ。もちろん僕から質問をすれば答えてくれたけど、樹木さんの方から僕に何か質問をしてくるということはなかった。
そんなこんなでやって来た樹木さんの家は、豪邸とまでは言えないものの、普通の一軒家よりは一回り大きかった。周りは白いコンクリートの壁で囲まれており、軽く車が二台入りそうなガレージまで付いている。
「もしかして、樹木さんってお金持ち?」
インターホンの前で僕が尋ねると、樹木さんは「いやいや」と言って首を横に振った。謙虚な女の子である。
樹木さんがインターホンを押すと、しばらくして中から樹木さんのお母さんと思われる銀髪の綺麗な外国人女性が出て来た。
僕はその女性を目にして、どこか既視感を覚える。
「初めまして、真珠の母の樹木フェリシアです。……正確には初めましてじゃないんだけどね」
そう挨拶してきた樹木さんのお母さん——フェリシアさんは、その端正な顔に温かい笑みを浮かべながら挨拶をしてきた。
「……あっ」
そして僕は、ついにその既視感の正体を理解する。
「思い出した?」
「……もしかして、先日病院でお会いしました?」
僕が言うと、フェリシアさんは微笑んだ。
「うん、多血症の神谷孝介くん」
「……よく覚えてますね」
「そりゃあもちろん。さあさあ、とりあえず上がって。お話は中でしましょう」
フェリシアさんはそう言って玄関の扉を目一杯開いてくれた。僕は樹木さんの後に続いて家の中へ入る。
「お邪魔します」
家の中も外観と同様に白が基調とされていて、廊下は一面大理石でできていた。
リビングへ案内された僕は、ソファに座って紅茶をいただいた。リビングの天井にはシャンデリラが設置されている。
樹木さんは僕の隣に、フェリシアさんは向かいのソファに座った。
「それで、なぜ僕は今日ここへ呼ばれたんでしょうか」
僕は正面にいるフェリシアさんに向かってそう尋ねた。尋ねないわけにはいかなかった。
フェリシアさんは紅茶をひと啜りしてから、僕の目を見てくる。
その眼差には、ただならぬ決意のようなものが伺えた。僕の背筋も自然と伸びる。
「私は今から、とっても奇妙なことを言うけど、どんなことでも受け入れてくれるかしら?」
そう言われ、僕は思わず唾を飲み込む。
……それでも、僕の答えは一つだった。
「どんなことでも、受け入れます」
なんとなく奇妙なことを言われる予感はしていたので、僕にとってはもはや今更だった。
フェリシアさんは僕の言葉に「ありがとう」と返して、一度視線を落とした。
僕は固唾を飲んでフェリシアさんの次の言葉を待つ。
再びフェリシアさんの眼差しがこちらに向けられた時、僕の心臓の鼓動は高鳴っていた。
「吸血鬼の私たちに、孝介くんの血を分けてほしいの」
…………は?
時間の流れが止まったのかと思った。いやもしかしたら、本当に一瞬だけでも時間は止まったのかもしれない。それくらいの衝撃だった。
「きゅ、吸血鬼……?」
僕はしばらくの間、開いた口を塞ぐことができなかった。
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