竜に救われた少女

らっかせい

竜による無慈悲な救済

 人族と魔族との戦争から約十年。魔族に敗北し領土の一部を奪われ、故郷を追われた人族は魔族に対して強い憎悪を抱くようになった。


 そのような状況で魔族の特徴の一つであるツノが生えているならば、九歳の少女といえど人族に迫害され、蔑まれた。


 人族の母親と一緒に、数センチの一本のツノを側頭部の上あたりから生やし、腰まで伸ばている黒髪をなびかせる少女が、手を繋いで歩いている場面は異常であり差別の対象となる。


 どこに行っても蔑む目線を浴びせられ、村に在住しようにも村長からの許可が出ないことが両手で数えられないほどあった。


 その度に少女の母は「心配しないで、大丈夫だからね」と自分に言い聞かせるような言葉で手を繋いでいる娘を元気付けた。


 そして遂に、村人達の住居がない村の端ならば住んでもいいと言ってくれる村長が現れた。魔族の特徴を持っていることが少女を見捨てる理由にはならないと言って村人達を説得したと聞いた時、少女と母は村長に対して頭を下げ感謝の言葉を述べた。


 やっと手に入れた安住の地。しかし可哀想だからと村長に説得され、了承せざるを得なかった村人達はツノの生えた少女と、母親と説明された人族を蔑んだ。



 ◆



 少女はいつも一冊の絵本を抱えていた。一人の勇者と一匹の竜は、道中に困っている人達を助けながら、世界を滅ぼそうとする魔王と戦うために冒険するという王道の物語だ。


 母から買ってもらった唯一のものであるこの絵本は、少女にとって最も大切なものであり、もう何度読んだかわからない。


 以前、少女は母に絵本に出てくるかっこよくて強い竜が好きだと言ったことがあった。すると母は笑いながら、「竜は危険な生き物だからもし見つけても近づいちゃだめだよ」と少女の頭を撫でながら優しい声で言った。


 しかし母に危険だと言われても、絵本の中に出てくる竜は困っている人のところに飛んでいくような優しい心を持っており、少女は竜が危険だなんてとても思えなかった。



 ◆



 蔑むような目。今住んでいる村に来る前も、来た後もこの視線を浴び続けた少女は、母だけが唯一心を許せる存在という現実の世界に恐怖と嫌悪感を覚え、絵本の中の世界に逃げ込んでいた。少女にとってこ世界とは勇者と竜が旅する絵本なのだ。


 いつしか少女は絵本の中に救いを求めるようになり、大好きな優しい竜がいつしか母と自分を助けに来てくれるよう、毎晩寝る前にお願いするようになった。



 ◆



 ある日、少女がいつものように大好きな、勇者と竜が冒険する絵本を読んでいると、突然耳をつんざくような爆音が聞こえた。少女は咄嗟とっさに体を丸めて耳を両手で塞ぎ、自分の身を守ろうとする。横目でみると母も耳を両手で塞いでいた。


 正体不明の轟音ごうおんの原因を確かめるため、何事かと母が家の扉を開け外を見る。


「……え?」


 なにやら様子がおかしい母を見て、少女も外を確認する。


「わぁー!」


 少女は母とは対照的に感嘆の声を漏らした。


 何故なら少女が見上げてた先には、雄大に翼を羽ばたかせている一匹の竜が威厳に満ちた目で地上を見下ろしていたからだ。


 竜はもう一度けたたましい咆哮を放ちながら翼を羽ばたかせ、地上でパニックになっているへと狙いを定める。  


 そして竜は両翼で爆風を発生させながら地上へ降り立ち、逃げ惑う村人達を次々と巨大で鋭い歯で咬み殺し、捕食していく。


 悲鳴の嵐が吹き荒れていた村も次第に竜の咀嚼音しか聞こえなくなった。


 村人達を食い殺しつくした竜は、村の離れにある家にまだ獲物がいることに気づいた。


 竜は獲物に絶望を与えることを楽しんでいるかのように、ゆっくりと少女と母へ近づいてくる。


 死の恐怖に足を震わせながら尻もちをついて立ち上がれずにいる母を横目に、少女は笑みを浮かべながら両手をめいっぱい竜に向けて広げていた。


「ーーやっぱり竜は優しかった! だって絵本を何度も読んで竜のことをずっと考えてた私を、お母さんと私をいじめる人達から救いに来てくれたんだもの !」


 少女は感激の涙を流し、竜に感謝を述べようと一歩踏み出した瞬間、竜の鉤爪は無慈悲に少女の体を切り裂いた。










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竜に救われた少女 らっかせい @nakkasei

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