あやかし夜祭り(四)

 とうの昔に夜が訪れているというのに、地表にはまだ、小さな昼が留まっているかのようです。森から眺めていた時には赤い光ばかりが目立ちましたが、こうして実際に来て見れば、辺りには白や金の光も輝いており、からからに乾いた歩道を明るく照らし出していました。

 道の両脇に並ぶ小屋はどれも、大きな横幕を店先に提げていて、赤や黄や橙の派手やかな縞模様が、ずっと向こうまで続いています。外観は似たり寄ったりでも、扱う品は店によって異なるらしく、串に刺さった肉や野菜や果物や、多種多様な入れ物に注がれた酒や色水や、河太郎には得体のしれない奇怪なものが、あちらこちらで店先を賑わわせていました。

 熱気を纏って宙に漂うもやのような煙。つんと鼻をつく酒の匂いや、肉や野菜や醤油が焦げ焼ける芳ばしさの中に、時折ふわりと、飴や果物の甘い香りが混ざります。

 匂いだけでも嗅ぎ分けられないほど種類豊富だというのに、それ以上に驚かされるのは音の多さです。ジュウジュウ、シャリショリ、チャポチャポ、カラカラカラ、ポォンポォン、ブウウウン。絶え間なく響く不可思議な音の嵐に混ざり、人間たちの呼び込みや笑い声や足音や、遠い太鼓や笛の音までが聞こえてくるものですから、もう何がなんだか分かりません。

 屋台と屋台の間にある細い隙間に入り込み、ぽかんとしてこの光景を眺めていた河太郎は、そこでようやく、はっと我に返りました。ぶんぶんと頭を左右に振ると、変化の術など使えない河太郎の為に天彦が貸してくれた、天狗の隠れ蓑をすっぽりと被ります。蓑は河太郎の視界から消え去りましたが、ちくちくした肌触りと、肩に圧し掛かる重みはなくなりませんでした。

 河太郎は今、誰の目にも見えないはずです。ごくり、と、唾を飲み込み、震える足をペタペタと踏み出しました。

 見回せば、人間、人間、人間の波です。老いも若きも、雄も雌も、買い込んだ品を両手いっぱいに持って、西から東、東から西と、流れを作ってどんどん歩いていきます。一体この小さな町の、どこにこれだけの人間がいたのだろうかと、河太郎は圧倒されてしまいました。

「次、射的行こうぜ!」

 歓声を上げなから駆けてきた人間の子どもと衝突しそうになり、河太郎は咄嗟に身を退かせました。しかし胸を撫で下ろしたのも束の間、逆方向から歩いてきた雌人間の足にぶつかってしまいます。

 人間は「痛っ」と小さく悲鳴を上げましたが、足元をきょろきょろと見て、首を傾げました。その横にいた雄人間が、立ち止まって声を掛けます。

「どうした?」

「おかしいな、何かにぶつかったと思ったんだけど」

 人間たちの会話を背中に聞きながら、河太郎は一目散、大きな茶色い紙の箱が山と積まれた裏の陰へと飛び込みます。ばくばくと早鐘を打つ心臓が、河太郎に警告を出しているようでした。

 嘴をぎゅっと固く閉じ、河太郎は表情を引き締めます。ずれてしまった蓑の位置を調整し、ふー、と長く息を吐くと、意を決して再び人混みの中へと混ざり込みました。

 雑踏はまるで激流のようです。けれど泳ぐのは得意です。前後左右に注意を払い、誰にもぶつからない道筋を見極め、流れに逆らわないよう、慎重に足を進めます。

 肝試しを完遂するためには、河太郎は立ち並ぶ店のどこかで、何かを買わなければなりません。しかし、そもそも、買いもの以前の問題が一つ。

 河太郎は左右の店を見比べます。人混みの向こうの店に目を凝らします。通り過ぎてしまった店を振り返ります。

 つやつやと光る真っ赤な林檎の飴。大きな箱に溜めた水に浮かぶ色とりどりの玉。芳ばしく焦げた金色の玉蜀黍とうもろこし。縦横にずらりと展示された奇怪な顔のお面。赤や青の色水がじわりと滲む、ふわふわの雪のような氷。紐で繋がれてなお、夜空を目指して我先に飛んで行こうとする、丸く膨れた袋。そのどれもが河太郎は気になってしまって、どれか一つを選ぶことなど、とてもできそうにないのです。

 人間たちの間をすり抜けながら、あっちへうろうろ、こっちへうろうろ。天彦の蓑は河太郎には大き過ぎて、重くて邪魔な裾をずるずると引き摺って歩かなければなりません。頭から被った蓑の中は蒸し暑く、緑色の肌をだらだらと汗が伝います。

 暑さと疲れで、河太郎は頭がくらくらしてきました。だんだん足元がおぼつかなくなり、視界がぐにゃぐにゃと歪み始めます。

 無意識に、頭の皿に手をやりました。たっぷり水を溜めておいたはずの皿は、いつの間にかすっかり乾ききっていました。

「(まずい)」

 思った途端、引き摺っていた蓑の裾を、擦れ違いの人間に踏みつけられてしまいます。前につんのめった河太郎は崩れるように倒れ込み、そのまま気を失いました。

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