あやかし夜祭り(三)

「平吉、主。そんな化け方で、よくぞ見破られずに戻って来られたな」

「ああん? 完璧な変化だったじゃねぇか」

 術を解いて狸の姿に戻り、地べたに座って烏賊いかの丸焼きをむちゃむちゃと噛み千切る平吉に、左隣に腰かける天彦は「そうか」とだけ、淡々と返しました。さらに左横にちょこんと座った河太郎は、平吉に対する心配疲れで、早くもぐったりとしています。

 結果から言えば、平吉は大層上手くやってのけました。臆することなく祭りに紛れこんだ化狸は、大勢の人間たちが行き交う中を堂々と闊歩し、大きな焼き烏賊を手に入れて、悠然と森に帰って来たのですから。

 ただし、人間に全く疑われなかったかと言えば、そうでもなかったようなのです。こっそり偵察に行った風子によれば、平吉とすれ違う人間たちは、みんな、ふさふさの尻尾を見てぎょっと振り返っていたのだとか。けれど人間たちは、尻尾と平吉を見比べて微笑すると、それ以上、気に留める様子も無かったそうです。

 どうやら「祭り」とやらには、人間の警戒心を和らげてしまう何かがあるのかもしれません。

「気楽で羨ましいものだ。こちらは今に主が捕えられて狸鍋にされるのではと、ひやひやさせられたぞ」

「なんだよ、言いたいことがあるならはっきり言いやがれ」

 逞しい腕で嘴を支え、カァ、と嘆息する天彦に、平吉は口から烏賊の足をはみ出させながら不満顔です。そこに、朝焼けの空に浮かぶ雲のような、薄桃色のふわふわしたものを手にした風子が戻って来ました。

「ただいま。天彦、次はあんたの番ね」

「うむ、そのようだな」

 両翼を揺らしながら立ち上がった天彦と入れ替わり、平吉と河太郎の間に腰を落ち着けた風子に、平吉は疑わしげな眼差しを向けました。

「おう風子。随分と早かった――というか、早過ぎやしねぇか。一体どんな手を使ったんだ」

 河太郎もまた興味津津で、固唾を飲んで返答を待ちますが、風子は甘い匂いがする雲を鼻先で突きながら。

「ちょっと風を起こして、そこらの提灯をちょっと落として、人間たちが気を取られている隙に貰って来ただけよ。お金は店先の箱に入れてきたわ」

 全く悪びれもせず、そんな報告をするものですから、平吉と河太郎は絶句しました。

 夜店の方角へ目を凝らせば、少々赤過ぎるくらいの明かりが地表でいくつも灯り、周囲で人間たちが慌ただしく動き回っています。十中八九、おきゃんな鎌鼬に落とされた提灯の始末に追われているのでしょう。

 ずりり、と尻を後退させて風子と距離を取り、平吉は呆れを通り越しての怯え顔です。

「お前、時々、俺よりよっぽど無茶するよな」

「仕方ないでしょ。私はあんたみたいな変化術は使えないんだから」

「それにしたって、他にやりようが」

「今、戻ったぞ」

 平吉と風子の間の刺々しい空気を読んでか読まずか、出し抜けに姿を現したのは天彦です。あまりに出し抜け過ぎて、他の三匹は「ぎゃっ」だの「ひぇつ」だの叫びながら、その場で体一つ分以上飛び上がりました。

 金と銀のきらきら光る粒が中にたくさん入った、よく弾みそうな大きな玉を指でつまんで顔に寄せ、目を輝かせる天彦に、平吉は驚かされた怒りからか声を荒らげます。

「お前も早過ぎるだろ。今度はいくつ提灯を落としてきたんだ?」

 露骨な嫌味に、風子が長い尾でぴしゃりと平吉の後頭部を打ちますが、天彦はきょとんと小首を傾げました。

「なんの話だ。我はただ、これを着て、人間の見ていない隙に金と品を交換してきただけだぞ」

 掲げて見せたのは、わらを編んで作られた、ぼさぼさとした大きな羽織らしきもの。天彦がばさりと纏ってみると、彼の体は藁の羽織ごと、すう、と透明になってしまいます。天彦の代わりに向こうの景色が丸見えになって、他の三匹はあんぐりと口を開きました。

「天狗の隠れみの!」

 平吉と風子が揃って頓狂な声を上げました。蓑を脱いで顕現けんげんした天彦に、平吉が激昂して食ってかかります。

「おい、そいつを使うのは反則だろ」

「そうよ、天彦。それは狡いんじゃないの」

 風子も憤然として糾弾に加わりますが、天彦は飄々としたもので、詰め寄ってくる二匹を翼で軽くいなします。

「仕方がないだろう。我は平吉のような変化もできなければ、風子のように風を起こすこともできないのだから」

 えへんと胸を張る天彦に、平吉と風子は渋面を作って黙りこんでしまいました。この隙に乗じて、天彦は河太郎へと視線を向けます。

「さて、河太郎。最後は主だぞ」

 己の倍近くも背丈がある天彦に見下ろされ、河太郎は身を仰け反らせました。平吉と風子の興味もこちらへ移り、再び一身に集まって来た視線に、河太郎は川があったら入りたい衝動に駆られます。

「でも、その、ぼく」

「いいからさっさと行って来いよ、臆病河童」

 平吉に苛々と凄まれては、それ以上何も言えるはずがありません。眼下へ恐る恐る目を遣れば、赤い灯りが宵闇にじわりと滲み出して見えて、河太郎は背中の甲羅がひんやりと冷たく、そして重くなったような心持になるのでした。

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