あやかし夜祭り(二)

「あそこへ行く、って」

 風子は呆気に取られました。天彦と河太郎も目を丸くしています。反して平吉はにやりと犬歯を剥き、ふくふくとした指を一本、立てて見せました。

「やり方はこうだ。一匹ずつ順にあそこへ行ったら、肝試しをした証として、人間が売ってるものをどれでも一つ、とって帰ってくる。どうだ、簡単だろ」

「何が簡単よ。人間がうようよしているところに、単身で飛び込めってこと?」

「だから肝試しになるんだろ。暗い夜道なんかより、何百倍も金玉が縮みあがるぜ」

「一匹二匹の人間を驚かせるだけならばともかく、あそこは人間の数が多過ぎる。我も反対だ」

 平吉の提案に、風子と天彦が真っ向から意見します。河太郎もまた、天彦の大きな翼に半ば隠れながら、こくこくと繰り返し頷きました。

 しかし、平吉が唐突に思い付きを言い出すことが常ならば、一度言い出したら聞かないことも、また常なのです。

「怖いなら、無理に参加しなくたっていいぜ。あやかしのくせに肝試しが怖いって、他の連中に言いふらされてもいいならな」

 にんまりとほくそ笑む平吉の挑発に、風子と天彦はむっと眉を吊り上げました。こうなってしまえばもう、平吉の思う壺。

「そこまで言われては、引き下がるわけにはいかぬな」

「ええ、やってやろうじゃないの」

 ぐいと前へ進み出る二匹に、平吉は「そうこなくちゃ」と満足顔で、舌舐めずりをしながら立ち並ぶ小屋を一望します。

「そうと決まれば、とっとと始めようぜ。一番手は俺だ。お前らに手本を見せてやるよ」

「ちょっと、勝手に決めないでよね。じゃあ、あたしはその次」

「風子、主も勝手に決めているぞ。では、我は三番だ」

 三匹が三匹ともに勝手なものですから、河太郎が一言すら発する機会も無いまま、話はどんどん進んでいきます。ふと冷静になったらしく、天彦が平吉の三角形の耳をちょいと引っ張りました。

「ところで平吉、店の品をとってくると言ったな。金はどうするのだ」

「おいおい、真面目かよ。いっぱしのあやかしのくせに」

「我ら烏天狗は誇り高い、ゆえに、盗みなどしない。主ら狸お得意の、木っ葉の紙幣も論外だぞ」

「うるせぇな。分かった、分かったよ。これならいいだろ」

 天彦に諭され、平吉は嘆息混じりに、だぶだぶの毛皮を両手で摘み上げて揺さぶりました。すると次々に転がり出てきたのは、ぴかぴか光る丸く平たい金属です。平吉はその中から、一番大きな銀色のものばかり四枚選び出して、三匹の手に一枚ずつ渡しました。どうやらそれは、平吉が時々、賽銭箱からちょろまかしては貯めている、人間の金のようです。

「今夜は特別だ、俺様が奢ってやる。ありがたく思いやがれ」

「あら、今日は太っ腹じゃない」

 途端に機嫌を良くした風子に、「いつも太っ腹だ」と、平吉は自慢の腹を叩きます。これも泥棒であることに変わりないのですが、天彦はそれで得心したらしく、金を摘まんで夕闇にかざし、矯めつ眇めつ、鳥目を輝かせています。平吉は満足げに頷き、「よし」と一声、仕切り直しました。

「今度こそ文句は無いだろうな。それじゃあ、始めるぞ」

 平吉は足元に落ちていた一枚の葉を拾い上げ、頭の上にちょこんと乗せました。途端、ポン、と可愛らしい音が響いて白い煙が舞い上がったかと思うと、次の瞬間にはもう、平吉は人間に姿を変えていました。

 つるりとして日に焼けた平たい顔も、細い腕や足が剥き出しになった無防備な衣服も、日中にそこらを走り回っている人間の子どもそのものです。他の三匹が「おお」と拍手を贈れば、にやりと歯を剥く表情に、平吉の面影がありました。

「俺にかかればこんなもんよ。ちょちょいと行ってくるぜ」

 尖った鼻を高くして、平吉は三匹にくるりと背を向けると、慣れた足取りでずんずんと斜面を下って行きます。

 そんな平吉の尻のあたりから、ふさふさの大きな尻尾が生えているのを目の当たりにして、残された三匹は顔を見合わせるのでした。

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