あやかし夜祭り
秋待諷月
あやかし夜祭り(一)
「肝試し、しようぜ!」
丸い腹をぽん、と突き出しながら、
「キモダメシ、って、何よ?」
「ウナギメシの親戚か」
長い爪で髭を払って
「鰻飯だったら、『しよう』じゃなくて『食おう』だろうが。いいか、肝試しってのはな、人間が今の時分にやる度胸試しのことだ。なんでも連中、自分たちが『怖い』と思う場所にあえて行くことで、己の勇気を示すんだとよ」
「ふうん。怖い場所にわざわざ行くなんて、人間って酔狂ね」
白い毛並みを爪で
「いや、苦手に挑まんとする心意気、我は嫌いではないぞ。なあ
ぎょろりとした天彦の金色の瞳を向けられ、同時に話を振られ、河太郎はびくりと飛び上がります。頭の皿を満たす水が、チャポン、と微かに跳ね揺れました。
「ぼくは、ええと、あの」
注目が一身に集まってしまい、しどろもどろになった河太郎は、ただでさえ小さな体をさらに小さくします。はーあ、と、これ見よがしに大きな溜息をついたのは平吉です。
「そんなもの、この臆病河童に理解できるはずないだろ」
平吉にばっさりと切り捨てられ、けれど言い返すこともできず、河太郎は両手で皿の縁をぎゅっと掴んで、頭をしゅんと垂れるのでした。
河太郎は
平吉、風子、天彦の三匹もまた同様に、それぞれ、
「それで、平吉。具体的には、一体どこへ行くつもりなのだ」
「人間が怖がる場所って言ったら、暗くて人っ気がない夜道とかよね」
黙りこんでしまった河太郎を気遣ってか、天彦と風子が話の先を促しました。二匹が乗ってきたことで気を良くしたのか、平吉は両腕を組んでふんぞり返ります。
「そんな場所、俺たちにとってはただの快適空間だろ。俺たちが行くのは、あそこだよ」
西の空が淡い薄紫色に染まり始め、辺りの建物や木立は次第に陰の中へ沈んでいこうとしています。暑さは日中より幾分か和らいだものの、灰色の道の上には熱気を孕んだ空気がまだ残っていて蒸し暑く、時折ゆるりと吹き抜けていく風が快く感じられます。カナカナと、
お世辞にも都会とは呼べない、とある田舎町のさらに町外れ。緩やかな高台に建てられた小さな神社を取り囲む、これまた小さな森の中に、四匹のあやかしの姿がありました。薄気味悪さ故か、それともこの時代、誰も用など無いからか、神社には普段、ほとんど人っ気がありません。そこが四匹はとても気に入っていて、夜毎こうして集っては、他愛ないおしゃべりや遊戯に興じているのです。
ところが、年に一度の夏の夜。今年で言えば、まさに今夜だけは、あたりはいつもとまったく違った様子になります。
参道を下った鳥居の向こう、神社から町の中心へと続く道の両脇には、つるつるとした布で出来た屋根を持つ、壁の無い妙ちきりんな小屋がずらりと列を成しています。木立の間からは、丸くぼんやりとした赤い光がいくつも覗いています。風に乗って流れてくるのは、何か食べ物を焼いているらしい、煙たいけれど美味そうな匂い。大勢の人間たちの話し声と、賑やかな足音に混ざって、ドン、ドン、と、平吉の腹太鼓に似た音も聞こえてきます。
人間たちが総じて、「祭り」と呼ぶもの。平吉が鼻面を向けて示したのは、どうやら、その場所のようなのです。
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