あやかし夜祭り

秋待諷月

あやかし夜祭り(一)

「肝試し、しようぜ!」

 丸い腹をぽん、と突き出しながら、平吉へいきちが唐突にそんなことを言い出すものですから、一同は揃ってきょとんとしてしまいます。もっとも、平吉が唐突なのはいつものことですから、そのこと自体に驚かされたわけではありません。反応が鈍かったのは、彼の口から飛び出した単語に、誰も耳馴染みが無かったせいでした。

「キモダメシ、って、何よ?」

「ウナギメシの親戚か」

 長い爪で髭を払って風子ふうこが胡乱げに目を眇め、真剣に尋ねる天彦あまひこが嘴の隙間から、つう、と涎を垂らすので、平吉はふさふさの尻尾を振り回しながら地団駄を踏みます。

「鰻飯だったら、『しよう』じゃなくて『食おう』だろうが。いいか、肝試しってのはな、人間が今の時分にやる度胸試しのことだ。なんでも連中、自分たちが『怖い』と思う場所にあえて行くことで、己の勇気を示すんだとよ」

「ふうん。怖い場所にわざわざ行くなんて、人間って酔狂ね」

 白い毛並みを爪でくしけずりながら、風子はつんと素っ気ないですが、天彦は琴線に触れるものがあったのか、背中の翼を一羽撃はばたきさせて身を乗り出しました。

「いや、苦手に挑まんとする心意気、我は嫌いではないぞ。なあ河太郎かわたろうぬしもそう思わないか」

 ぎょろりとした天彦の金色の瞳を向けられ、同時に話を振られ、河太郎はびくりと飛び上がります。頭の皿を満たす水が、チャポン、と微かに跳ね揺れました。

「ぼくは、ええと、あの」

 注目が一身に集まってしまい、しどろもどろになった河太郎は、ただでさえ小さな体をさらに小さくします。はーあ、と、これ見よがしに大きな溜息をついたのは平吉です。

「そんなもの、この臆病河童に理解できるはずないだろ」

 平吉にばっさりと切り捨てられ、けれど言い返すこともできず、河太郎は両手で皿の縁をぎゅっと掴んで、頭をしゅんと垂れるのでした。




 河太郎は河童かっぱの子どもです。河童に大人と子どもの区別があるのかと問われれば返答に窮しますが、他の河童と比べて背丈が低く、生まれてからの歳月もさほど経っていませんので、子どもと表現して差支えないでしょう。

 平吉、風子、天彦の三匹もまた同様に、それぞれ、化狸ばけだぬき鎌鼬かまいたち烏天狗からすてんぐの子どもです。人の世が急激に変化していくにつれ、あやかしたちの数は激減し、比例して、子どものあやかしの数もめっきり少なくなりました。種族は違えど、貴重なあやかし仲間である四匹は、いつもこうして一緒に遊んでいるのです。

「それで、平吉。具体的には、一体どこへ行くつもりなのだ」

「人間が怖がる場所って言ったら、暗くて人っ気がない夜道とかよね」

 黙りこんでしまった河太郎を気遣ってか、天彦と風子が話の先を促しました。二匹が乗ってきたことで気を良くしたのか、平吉は両腕を組んでふんぞり返ります。

「そんな場所、俺たちにとってはただの快適空間だろ。俺たちが行くのは、あそこだよ」




 西の空が淡い薄紫色に染まり始め、辺りの建物や木立は次第に陰の中へ沈んでいこうとしています。暑さは日中より幾分か和らいだものの、灰色の道の上には熱気を孕んだ空気がまだ残っていて蒸し暑く、時折ゆるりと吹き抜けていく風が快く感じられます。カナカナと、ひぐらしが夏を惜しむ切なげな響きが、家並みの向こうに消えていく太陽とともに、ころころと転がり落ちていくようでした。

 お世辞にも都会とは呼べない、とある田舎町のさらに町外れ。緩やかな高台に建てられた小さな神社を取り囲む、これまた小さな森の中に、四匹のあやかしの姿がありました。薄気味悪さ故か、それともこの時代、誰も用など無いからか、神社には普段、ほとんど人っ気がありません。そこが四匹はとても気に入っていて、夜毎こうして集っては、他愛ないおしゃべりや遊戯に興じているのです。

 ところが、年に一度の夏の夜。今年で言えば、まさに今夜だけは、あたりはいつもとまったく違った様子になります。

 参道を下った鳥居の向こう、神社から町の中心へと続く道の両脇には、つるつるとした布で出来た屋根を持つ、壁の無い妙ちきりんな小屋がずらりと列を成しています。木立の間からは、丸くぼんやりとした赤い光がいくつも覗いています。風に乗って流れてくるのは、何か食べ物を焼いているらしい、煙たいけれど美味そうな匂い。大勢の人間たちの話し声と、賑やかな足音に混ざって、ドン、ドン、と、平吉の腹太鼓に似た音も聞こえてきます。

 人間たちが総じて、「祭り」と呼ぶもの。平吉が鼻面を向けて示したのは、どうやら、その場所のようなのです。

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