第77話 目が逢う瞬間
俺と優香は実質同居の幼馴染でもなんでもなく、ちょっと前に高校2年生になってからの知り合いなので、私服姿はあまり見る機会がなかった。
そういう意味で私服姿はとても新鮮だ。
姫宮家に遊びに来たときとか、プールデートをした時とか。
何度か私服の優香を見せてもらったけど、私服の優香は美の女神ですら裸足で逃げ出すくらいに、本当に可愛いなって思う。
逆に制服姿は学校でいつも見られるので、既に見慣れていると言えば見慣れていた。
ただ、見慣れてはいても、それで優香の可愛さが低減するなんてことは俺の中ではありえなかった。
カーディガンの色が違う時があったり、体育の後とか暑い時はブラウスを肘まで腕まくりしていたり、リップの色が違ったりと。
一言で制服姿といっても結構違うしな。
なので正直、甲乙つけるのは難しかったのだ。
よってどっちも可愛いってのが俺の意見だった。
そもそも優香はだぼだぼのTシャツを着ていようが、中学校の芋ジャージ姿だろうが、元がいいので似合わないことはないだろう。
むしろ優香がやってるなら自動補正で『そういうファッションが流行ってるのかな?』みたいに思うまである。
「あ、うん。えっと、ありがと……そう言ってもらえると嬉しいな」
俺の答えに満足してくれたのだろう、優香が嬉しそうにはにかんだ。
「一応言っておくと、適当じゃなくてちゃんと考えて出した答えだからな? 本当にどっちも似合ってるって思ったからな?」
「ふふっ、分かってるよー」
優香が再びニコッと嬉しそうに笑う。
なんだよ優香。
そんなに嬉しそうに笑うなよな。
さっき勘違いしないでねって言われたばっかりなのに、つい俺に気があるんじゃないかって勘違いしちゃうだろ?
落ち着けよ、紺野蒼太。
何度も言うが、俺は今日、ここに勉強会をしに来たんだ。
俺の成績を心配してくれた優香がわざわざ家に呼んでくれて、今はその合間のちょっとした休憩時間に過ぎないのだ。
だから部屋に2人きりでいい雰囲気だからって、変に舞い上がったり、いらぬ想像を働かせるんじゃないぞ。
優香の恩を仇で返すようなことは、絶対にしちゃいけない。
俺は心の中で改めて言い聞かせて邪念を振り払ってから、言った。
「雑談はそろそろ終わりにして、テスト勉強を再開するか」
「そうだね、そうしよっか」
「単語の勉強するから辞書借りるな」
言いながら、俺は座卓の中央に置かれていた英和辞典へと手を伸ばした。
しかしなんとも間が悪く、俺が手を伸ばしたのとまったく同じタイミングで、
「ちょっと辞書を使うね」
優香も英和辞書に手を伸ばしていたのだ。
「あ――っ」
「ふわ――っ」
俺と優香の手が辞書の上で触れ合い、重なる。
手が触れた瞬間にお互いにビクッとした後、手を触れあわせたままで固まる俺と優香。
「…………」
「…………」
それだけでなく、反射的にお互いの顔を見合ってしまう。
無言のまま視線が交じり、絡み合った。
女の子らしい柔らかい手の感触と、優しい人肌の温もりが、触れ合った指の先からじんわりと伝わってくる。
突然の肉体的接触に、頬がカァッと熱くなっていくのが分かる。
優香の頬も、心なしか紅に染まっている気がした。
魅入られてしまったかのように、優香の顔から視線が外せない。
そして優香もまた、俺の顔をじっと見つめていた。
何とも言えないむずがゆい沈黙が続く中、
『マナシロカナタ! マナシロカナタは地域に住まう皆さんの声を区議会へとお届けすることに全力を尽くします! あ、沿道からのご声援ありがとうございます! マナシロカナタ、マナシロカナタ! 皆さんのマナシロカナタをよろしくお願いいたします!』
近いうちに選挙でもあるのか、姫宮家のすぐ前の通りを、選挙カーがスピーカーで
その騒音で俺はハッと我に返った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます