第3話 パンツのおにーちゃん(控えめに言って変質者一歩手前)

「家はどっちの方向なんだ?」

「土手沿いをもうちょっとだけ向こうまで行ったところです」

「それならすぐに家まで着きそうだな」


 チンタラしていてこの子が風邪をひいたら困るし、あとぶかぶかのジャケットを着たびしょ濡れの少女を連れ歩く今の俺は、控えめに言って変質者一歩手前だから、早く家に送ってあげないと色々とマズい。


 そんなことを考えていると、


「ところでパンツのおにーちゃんはなんていう名前なんですか?」

 少女が歩きながら、俺を見上げて尋ねてきた。


「俺か? 俺は紺野蒼太。花の男子高校生だぞ」

「じゃあ蒼太おにーちゃんですね」


「あはは。俺一人っ子でお兄ちゃんなんて呼ばれたことがなかったから、そんな風に呼ばれるとなんだかむず痒いな」

 同級生のやつらはみんなこぞって妹が生意気でウザいって嘆いてるけど、こういう可愛い妹なら俺はぜひとも欲しいな。


「私にはおねーちゃんがいます。蒼太おにーちゃんと同じ高校生で、優しくて綺麗な自慢のおねーちゃんなんです」


「そっかぁ、お姉ちゃんがいるのかぁ。君に似て綺麗な子なんだろうなぁ」

「はい、とっても綺麗なんです」


 本当に自慢の姉なんだろう。

 姉のことを語る少女はとても楽しそうで、どこか自慢げだ。


「おっと、そういや君はなんて名前なんだ?」

「わたしの名前は姫宮美月です。ついこの前に誕生日があって9歳になりました」


「姫宮……?」

 美月ちゃんの口から出た珍しい名字を聞いて、俺は一瞬と「えっ?」と思った。


「はい、そうですけど……それがどうかしましたか?」


 不思議そうに見上げてくる美月ちゃん。

 俺はすぐに頭を切り替える。


「ごめんごめん、なんでもないんだ。珍しい名字だなって思ってさ。美月ちゃんね。まだ小さいのに礼儀正しくて偉いなぁ」

「えへへ、ありがとうございます」


 いやほんと。

 俺が9歳になったばかりの頃、こんなにしっかりとした自己紹介ができてただろうか?

 ……どう思い返してみても無理だな、うん。

 虫アミを持ってセミとかトンボを取って、アホみたいに走り回っていたから。


 話の流れで自己紹介を終え。

 そのまま歩きながら美月ちゃんと話していると、10分もかからないうちに手入れの行き届いた一軒家にたどり着く。

 家族は全員出かけているのか、屋内は暗く人気は感じられない。


 そしてそれは俺の勘違いではないようで、


「ジャケットを貸してくれてありがとうございました。暖かかったです」

「それは良かった」


 美月ちゃんは俺にジャケットを返すと、玄関脇の鉢植えの下から隠してあった合鍵を慣れた様子で取り出した。


「今は家族はいないのか。じゃあ俺にできることはもうないかな。ああそうそう、風邪をひかないように、まずはすぐに熱々のシャワーを浴びるんだぞ? 他のことはしなくていいからな? 一番最初に身体をあっためるんだぞ?」


「はい!」

「いい返事だ」


 元気よく返事をする美月ちゃんに、俺は今日会って何度目か分からないくらいの安心感を感じる。

 まだ9歳なのに、本当に良くできた子だなぁ……。


 っていうか俺のほうもダラダラ話してると風邪を引いてしまいそうだ。

 泳いでる時は美月ちゃんを助けるってことだけに全神経を集中していたから、川の水の冷たさをそこまでは感じなかった。

 だけど今になって冷静に思い返してみると、相当冷たかったからな。


 うん、さっさと帰って俺も熱すぎるくらいのシャワーを浴びよっと。


 内心そんなことを思っていると、


「あの、蒼太おにーちゃんもシャワーを浴びていきませんか? でないと蒼太おにーちゃんも風邪をひいてしまいます」

 美月ちゃんが心配そうに尋ねてきた。


「美月ちゃんの家でか? うーん、さすがにそれは遠慮しておこうかな」


 想像してみて欲しい。

 9歳の女の子の家に、家族がいない間に上がり込んでシャワーを浴びる男子高校生の図。

 どう考えてもまずい。

 まずすぎる。

 最早まずいとか論ずるレベルじゃない。


 もし仮に俺が美月ちゃんのお父さんだったなら、

『キサマだけは許さん!! 地獄に落ちろ!!!!』

 その不逞の輩を発見した瞬間にブチ切れて、全力で殴り倒した上で即、警察に通報することだろう。

 間違いない。


「そうですか……」

 美月ちゃんが目に見えてしょんぼりとするが、こればっかりは仕方ない。

 っていうか、なんか妙に美月ちゃんに懐かれちゃった気がするような。


「ほらほらそんな顔するなってば。俺んち、ここから割と近いから帰ったらすぐにシャワー浴びるからさ。全然平気だから美月ちゃんも安心して」

「わかりました……」


 俺は優しく伝えてから、グダグダ話してるとお互い身体が冷えるだけと思って、きっぱり美月ちゃんと別れようとしたんだけど――。


「あれ? 紺野君? ……だよね?」


 突然、聞き覚えのある声が背中越しに聞こえてきた。

 えっ、この声って――

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