第2話 溺れる少女はパンイチ男を掴む。

「誰か人を呼ばないと! くそ、だめだ! こんな時に限って俺以外に誰もいない!」


 いつもはそれなりに人通りがあるところなのに、今に限って周囲には人っ子一人いやしない!


 どうする!?

 一人で飛び込むのは危険か?

 でも小さな女の子なら俺一人で岸まで運べなくはないはず。


 考えている間にも女の子がもがく力は弱まり、見る見る沈んでいく――!


「……俺がやるしかないよな!」


 小学校1年から6年まで週2回みっちりスイミングスクールに通っていた俺は、球技はことごとくさっぱりだが、こと泳ぐことに関してだけはそれなり以上に自信がある。


 そう考えればむしろここに俺がいることが最大の幸運だ!


 俺は動きやすいようにパパっと服を脱いでパンツ一丁になると、身体を大きく一度伸ばしてから、


 ザブン!


 迷うことなく目の前の川へと飛び込んだ!


 ザバザバとクロールで水をかき分け一気に女の子のところまで近づくと、後ろから抱きかかえる。


「もう大丈夫だぞ! 後は俺に任せろ! って痛っ、暴れないでくれ!」

「あう! あううっ!!」


 しかし女の子は完全にパニック状態で、俺の腕の中で激しく暴れ回る。

 女の子の腕や肘がガンガンと俺の顔を打った。


 痛いけど、痛がるのは後でいくらでもできる!


「大丈夫だ、大丈夫だから静かにしてくれ! そしたら絶対に助けるから! なっ、もう大丈夫だから! 大丈夫、大丈夫だから! 君のことは俺が絶対に助けるから!」


 俺の必死の声掛けもあって、


「は、はい……」


 パニック状態だった女の子は、少しだけ落ち着きを取り戻してくれた。

 俺は抵抗しなくなった女の子を背中に背負うと、岸に向かって平泳ぎで泳ぎはじめる。


 小さい子供とはいえ人を背負っての平泳ぎはかなり泳ぎにくかったんだけど、なんとか無事に岸までたどり着くことができた。


「はぁはぁ……ぜぇ、はぁ……もう安心だぞ」


 俺は女の子を岸に下ろすと、緊張の糸が切れてそのまま地面に座り込んだ。

 女の子には大丈夫だと言っていたものの、突然の出来事だったこともあって俺の心臓はまだバクバクと激しく高鳴っている。


 あとちょっと顔が痛かった。

 だいぶ肘とか腕が当たったからな。

 出血してる感覚はないけど、顔中が赤くなっていそうだ。


 でも良かった。

 ちゃんと助けることができた。


「パンツのおにーちゃん、助けてくれてありがとうございました」

 へたり込んだ俺に、少女が折り目正しく頭を下げる。


「パンツのおにーちゃん」という言い方には若干引っかかりを覚えるものの、たしかに今の俺は濡れたパンツ一丁というかなり変質者っぽい姿だったので、そこはスルーすることにする。


 単に見たまんまを言っただけで悪意がないのは分かってるしな。


「危ないからこれからは水辺では気をつけるんだぞ? 俺がいなかったら死んでたかもしれないんだからな?」


 俺はこの子への教育という意味も込めて、ちょっとだけ怖い顔をして言った。


「はい、気を付けます……」


「お兄ちゃんとの約束だぞ? 破ったら許さないからな?」

「はい、絶対に破りません」


 よしよし、ちゃんと反省しているみたいだ。

 こうやって話してみると、すごく素直ないい子じゃないか。

 俺はそのことを確認すると、今度はとびっきりの優しい笑顔を作った。


「ならばよし! じゃ、約束の指切りをしようか。手を出してくれるか?」

「あ……はい」

 そっと右手を差し出した女の子と小指同士を絡ませる。


「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ます。指切った!」

 俺は朗らかに歌うと、ちょっと大げさに指切りを交わした。


 ――と、

「……くしゅん!」

 女の子が大きなくしゃみをする。


「まずいな、風邪をひきかけてるのかも。水、冷たかっただろ?」

「はい、すごく冷たかったです……」


「だよな、まだ4月だもんな。すぐに家まで送るよ。君の家、この近所なんだろ?」

「はい、すぐ近くです」


「ずぶぬれで帰ったら家族の人も心配するだろうから、その辺は俺が代わりに説明してあげるな。だから安心していいぞ」

「ありがとうございますパンツのおにーちゃん」


「……いい加減、俺も服を着ないとな」


 というわけで。

 俺は草むらの陰でまずは全裸になってずぶ濡れのトランクスを絞ってから、放り捨てていた服を着た。

 ついでに女の子のワンピースもいったん脱いでもらって、ギューっと思いっきり絞ってあげる。


 再びワンピースを着せて、その上に俺の春用ジャケットをかけてあげてから、俺は女の子と手を繋いで歩き出した。

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