第4話 学園のアイドル姫宮優香

「え、姫宮さん?」


 思わず振り返った先にいたのは――姫宮優香ゆうか

 俺と同じ高校で、同じ2年1組のクラスメイトだった。


 アイドルのように可愛くて整った顔立ち。

 絹糸のようにさらさらの長い黒髪。

 髪留めも兼ねているのか、左右の高い位置にちょこんと載った赤いリボンが実に可愛らしい。


 さらに身長は平均より少し下くらいだけど、出るところは出て引っ込むところは引っ込んだ理想的な体形をしていて。

 公立高校の平凡なブレザー制服も、彼女が着た途端にアイドル衣装に早変わりするとまで言われるほどだった。


 そしてダメ押しのように、誰にでも優しい穏やかな性格ときた。


 誰もが認める学校カーストの女王にして、名字をもじって「姫」と呼ばれることもある学園のアイドルが俺の目の前にいた。


 ちなみに学年問わず(どころか他校の生徒からも)結構な数の告白をされているらしいが、基本全部お断りしていて彼氏はいないらしい。

 きっと理想の相手は超がつくハイスペック男子なんだろう。


 そんな姫宮さんと俺は、2年生になって初めて同じクラスになったんだけど、なにせ雲の上にあらせられるお方だ。

 俺は姫宮さんとは今まで一度も会話をしたことはなかった。


 そんな学園のアイドル姫宮さんが、なぜか俺の目の前にいたのだ。


 もちろん今日は休日なので高校の制服ではなく私服姿だ。

 友達と遊びにでも行ったのか、ちょっといい感じにまとめたお出かけ用のお洋服を身に着けている。

 もちろん私服の姫宮さんを見るのも初めてだ。

 見慣れた高校の制服姿より、また一段と可愛いさが増している気がした。


「やっぱり紺野君だよね、同じクラスの。うちの前でどうしたの?」

「うちの前ってことは、やっぱり――」


「おねーちゃん、お帰りー!」

「ただいま美月」


 驚く俺の前で美月ちゃんと姫宮さんが「家族の会話」をした。


「美月ちゃんって、やっぱり姫宮さんの妹だったんだな」

「やっぱりって?」

 姫宮さんが可愛らしく小首をかしげる。


「さっき美月ちゃんが自己紹介で『姫宮』ってかなり珍しい名字を名乗ったのと、お姉ちゃんがいるって聞いたからさ。もしかしてとは思ったんだけど、やっぱりお姉ちゃんって姫宮さんのことだったんだなって」


「なるほど――っていうか、そもそも紺野君って美月と知り合いだったの?」

 姫宮さんが不審者を見るようないぶかししげな視線を向けてくる。


「そういうわけじゃないんだけどさ」


「それに美月ってば、なんか濡れてない? ワンピースがびしょびしょじゃないの。どうしたのよ?」


「うんと、川に落ちちゃって。それで蒼太おにーちゃんに助けてもらったの」


「川に落ちたってそれほんと!? しかも紺野君に助けてもらったって――」

 美月ちゃんの説明を聞いた途端に、姫宮さんが驚いた声を上げた。


「ああうん。美月ちゃんが溺れているところに偶然ちょうど通りかかってさ。それで周りに誰もいなかったから俺が飛び込んで助けたんだよ」


「――っ!?」


「こう見えて俺って小学校は6年間ずっとスイミングスクールに通っていたから、泳ぐのは得意だったんだよな。ほんと人生なにが起こるか分からないよな。真面目にスイミングスクールに通っていて良かったよ」


「そんなことがあったなんて――――」

 俺の説明を聞いた姫宮さんはしばし絶句した後、すぐにハッとしたような顔をしてから、


「紺野君。美月を――妹を助けてくれてありがとうございました。なんてお礼を言えばいいか……」

 感謝の言葉とともに、俺に向かって腰からぐっと上体を倒して深々と頭を下げた。


「いいっていいって。偶然とはいえクラスメイトの妹さんだったんだし、明日学校で姫宮さんの悲しい顔を見なくて良かったよ」


 真剣な声と表情で深々と頭を下げた姫宮さんに、俺は気にしてないってことを伝えるために努めて軽い口調で答える。


 姫宮さんにもそんな俺の意図は伝わったんだろう。

 顔を上げて俺に小さく微笑んでから、姫宮さんは今度は美月ちゃんの方に向き直るととても怖い顔になって言った。


「美月、川の近くは危ないから気を付けなさいって言ってたでしょ」

「ごめんなさい……」


 学校では一度も見せたことがない姫宮さんの怒った顔。

 怒られた美月ちゃんは肩を落としてしょぼーんと頷いた。

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