第17話「前言撤回。マック奢りはなしな」

「いてて……なんだってんだよ健介? そんなに強く掴まれると痛いだろ」


「まあ座れよ蒼太。いいから何も言わずに座れ。話はそれからだ」

「だからなんだってんだよ……」


 抗議の声も空しく強引に自分の席へと引っ張ってこられた俺が、締め上げられて痛む肩をさすりながら席につくと、


「単刀直入に聞くぞ。誤魔化しはなしだ。正直に答えろよ」

 健介は俺の正面に立つと中腰になり、俺の目の前にズイっと顔を寄せてきた。


「話にもよるけど、まぁ分かったよ」

 健介の有無を言わさぬ態度に、俺はとりあえす首を縦に振った。


「じゃあ聞くけど、なんで蒼太が姫宮さんと仲良く朝の挨拶をしてるんだ? っていうかお互いに名前で呼び合ってたよな? 服を返すってどういうことだ? 先週までは全然話したこともなかったよな? この週末の間に何かあったってことか?」


 鼻息も荒くガーッ!と早口でまくし立ててくる健介。

 

「昨日いろいろあったんだよ」

 俺はそれに短く言葉を返すにとどめた。


 俺と話しているのは健介だけだけど、クラスメイト達がこぞって聞き耳を立てているのが肌で感じられたからだ。

 教室全体がまるで試験直前のような、ピリピリとした張り詰めた緊張感で包まれているのが分かる。


「いろいろってなんだよ、いろいろって! まさか姫宮さんと、お、おおお、お付き合いを始めたのか!?」


 そしてなんとなくだけど優香も俺を見ている気がした。

 優香は友達と話しながらも、チラチラと俺と健介の方へと視線を向けてくる。


 これはあれか?

 もしかして俺が「勘違いくん」をやらかしたり、余計なことでも言わないか気になっているのかな?


 俺は頭の中でいったん状況を整理する。


 美月ちゃんが溺れたことは、決して吹聴して回るようなことじゃない。

 しかしそれを抜きで俺が優香の家にあがったことを話せば、「優香が俺と付き合っている」と周りから誤解されてしまう可能性が極めて高かった。


 優香は多分、その辺りのことを心配して俺にチラチラと視線を向けているんじゃないかな?

 なにせ余計な噂が立って困るのは雑魚メンAの俺ではなく、人気者の優香の方だろうから。


 ってなわけだから。

 ここではあまり具体的なことは言わないでおこう。


「いろいろはいろいろだよ。相手のこともあるし詳しくは言えない。でもこれだけははっきり言っておくけど、俺が優香と付き合ってるわけがないだろ?」


「こ、こいつまた姫宮さんを名前で呼びやがったぞ……!? やっぱ付き合ってるのかよ、ちくしょうぉぉっ……!!」


「いや話を聞けよ。今まさに、付き合ってないって言ったじゃないか」

「はんっ! どうだかな!」


 言い捨てるように言うと、感情のたかぶりを俺に見せつけるかのように健介がバンと机を強く叩いた。


「……なんでそうかたくなに信じてくれないんだよ? 付き合い長い親友なんだから信じてくれよな?」


「あのなぁ。俺の知る限り、姫宮さんを名前で呼ぶ男子は存在しない。ただの1人もだ」

「まぁ……そうだな」


「サッカー部のイケメンキャプテンも、バレー部の高身長エースも、東大模試でA判定連発の秀才生徒会長様も、カーストトップの陽キャグループのチャラい先輩たちだって、誰一人として姫宮さんを名前で呼んでるのを俺は見たことがない」


「健介も呼んでみたら意外とオッケーしてくれるかもよ?」


「バッカ、おまっ! そんな畏れ多いことできるかよ。なんてったって学園のアイドル姫宮さんだぞ? 渋谷に遊びに行ったら超有名な大手芸能事務所から立て続けにスカウトが来たって話まである、あの姫宮さんだぞ? 俺なんかはもはや話すことすら不遜だっての!」


 健介の言葉にクラスメイト達が一様にうんうんと頷く。

 ったく、やっぱり聞き耳を立てていたか。

 そうでなくとも健介の声はいつもむやみやたらとでかいから、嫌でも聞こえてしまうんだろうけど。


「少し話してみた感じ、優香は全然そんな感じじゃなかったぞ? ま、それは今はいいだろ。いろいろあってお互いに名前で呼ぶようになったんだよ」


「でも付き合ってはいないと?」

「そういうこと」


「にわかには信じられん」

「そこを信じてくれるのが親友ってもんだろ?」


「……」

「な?」


「とりあえず俺が言えるのはだ――」

「なんだよ」

 健介はそこでいったん大きなタメを作ってから、言った。


「前言撤回。マック奢りはなしな」

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