第18話 齟齬
店の奥には、社員が休憩をしたりお昼を食べたりするスペースがある。
だが今は半分物置のようになってしまっていた。
普段はさらに奥にあるバックヤードにしまっておくのだが、大量に掃除用品の注文を受けているところがあり、そこに
「物がいっぱい……」
ユイカが興味津々にきょろきょろとあたりを見渡して言う。
「ごめんね、散らかってて。普段はこうじゃないんだけどね。……さ、二人ともそこの椅子に掛けて」
普段昼食を食べるときに使うテーブルの席について、ララは目の前に座るナミに聞いた。
「で、その子はどうしたの? どこの子なの?」
ナミは隣に座るユイカをちらりと見てから答えた。
「私の幼馴染の子です」
「幼馴染?」
「はい」
「それで、その幼馴染は?」
「それが……、この子だけがうちのドアの前に座ってたので、行方知れずです」
ナミが歯切れ悪く言うと、ララは瞬時に眉を寄せ
「え? 子どもだけを置いていっちゃったってわけ? そして、どこにいるか分からないの?」
ララの指摘は耳に痛い。
ナミの中ではユイルを贔屓する気持ちがあるせいで何となく受け入れてしまっているが、第三者から見たらどうやってもおかしい状況である。ナミは肩をすぼませ、小さくなって答えた。
「はい……」
「それじゃあ、この子がナミに預けられた理由も分からないわけ?」
「まあ、そういうことになります……」
「信じられない」
ララは驚く素振りを見せたが、ユイカに見られていることに気が付き咳払いをして
「それで、この子は親がどこに行ったのか知らないの? 母親だったら、実家に行ったとかは?」
「いえ、連れて来たのはこの子の父親です。そっちが私の幼馴染なので。実家とは折り合いが悪くて
するとララはちょっと驚いた顔をする。幼馴染は女の子だと思い込んでいたらしい。
「ふーん」ララは腕を組んで、椅子の背もたれに背を預けながら聞いた。
「まぁ、そうじゃなきゃ幼馴染に子どもを預けるなんてしないか……。それじゃあ、この子も事情は分からないかな……」
「分からないと言うか……」
ナミは昨夜のことを思い出す。ユイカに、どうして自分の元に来たのかを聞いたが何も言わなかった。知らないのかもしれないが、知っていたとしても話してくれそうな感じではなかったので、それ以上無理には聞こうとしなかった。
「ちょっと言いたくないみたいなんです。それに私も聞くのが何だか怖くて。ちょっとの間、軽い気持ちで私に預けたならいいんですけど、そうでなかったらと思うと……」
「心当たりでもあるの?」
ナミはうなずいた。
「少し前に、私の叔父がお店を訪ねて来たんです。そのときに、ちょっと心配するようなことを言っていたので」
「どんなこと?」
ナミは首を横に振った。
「誰かに追われているみたいなことを言っていました。でも、具体的には何も分かりません。あとで叔父が手紙をくれるとは言っていましたが……まだ来てません」
「そう……」
ララは、ふうと息をはきだす。
「理由は分からないんだから仕方ないけど、これからどうするかよね」
「はい……」
「ナミはどうしたいの?」
ララにそう言われ、ナミはユイカを見た。すると彼もナミを見ていて視線が合ってしまう。彼女は心の中の不安を見透かされないように微笑み、すぐに視線をララに戻した。
「できれば、この子の親が戻るまで面倒を見てあげたいです」
「そうなの?」
「はい」
「でも、それはいつまで続く?」
「え?」
「もし……。もしだよ? 一カ月、半年、一年って続いたら、ナミはこの子を預かるだけじゃ済まなくなる。面倒を見るってお金だってかかるんだよ。分かる?」
ナミは神妙な面持ちでうなずいた。
「お金がかかるのは分かってます。だからまずはひと月の間面倒を見ようかと……」
「そうかもしれないけど、一応考えておいた方がいいってこと。だってその幼馴染、ナミに顔も見せずにユイカ君を置いていっちゃったんでしょう?」
「そうですけど……」
「普通子供を誰かに預けるなら事情を話していくものでしょう。でもそうせずに、置いていった。後ろめたい何かがあるってことだと私は思うけど?」
ナミはララの指摘に顔を
ララの言っていることは一理あるだろう。いや、的を射てる。
七年間
だが、ナミはユイルがそんな人ではないと思いたかった。そしてユイカの前で、父親が息子を捨てたなどと思わせるようなことを言って欲しくなくて、彼女は思わずこう言った。。
「……幼馴染は、ユイカの育児放棄したっておっしゃりたいんですか?」
こんなことを言うことに何の意味もない。
ララはユイルのことを知らないし、ナミがユイルを思っていることも知らないのだから。その上、彼女は純粋にナミを心配して言っただけのことである。そのため少し棘のある言い方で言い返した。
「そこまで言ってないよ。でも、私が親ならそんなことしないってこと」
ナミは何も言い返せなかった。もやもやとした感情が胸の辺りで
「……」
何も言えないでいるナミに、ララは席から立ち上がって言った。
「話はこれで済んだよね。それから、今日はもう帰っていいよ」
「え?」
顔を上げると、ララは少し面倒そうな表情を浮かべていた。
「今日はナミが困っていると思ったから、ユイカ君を連れてきていいって言ったけど、ここは仕事をする場所であって託児所じゃないから、ちゃんと預けられる先を探しておいでね」
そう言い残すと、ララは店のほうへ戻って行ってしまった。
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