第17話 相談

 ナミは準備を整えると、ユイカを連れて「スイピー」へ向かう。空は良く晴れていて、朝日の強い光はシュキラの町を白っぽく浮き上がらせていた。


 ナミが住んでいるアパートは丘の上の方にある。

 スイピーへはそこから十段ずつある階段を三つほど下りて丘の中腹辺りで大きい通りに出ると、西側に五分ほど歩いてゆけば辿たどり着く。


 ナミはユイカが持っていたリュックに、氷水を入れた水筒とティッシュやハンカチを入れて持たせる。着替えなどは重くなるのでナミの部屋に置いていくことにしたが、ユイカが持ってきた大切なものはそのまま入れてやることにした。


(写真が入っているのかな)


 ナミはユイカのリュックの中に入っていた、手帳くらいの大きさの茶色いかわのケースを見ながらそう思った。


 だが、見る気はない。


 きっと仲の良い家族写真が写っているはずだ。そしてそれを見て、自分は多分素直に祝福できないだろう、とそんなことを思った。


(嫌な女……)


 ナミは心の中でそう呟く。ユイルに好きな人ができて結婚したからユイカがいるのに、喜べない自分がいる。それが彼女の悪いところであり、自身ですら嫌悪するところだった。


 ナミはゆっくり息を吸って長く息を吐きだすと、笑顔を浮かべユイカの手を取った。


「じゃあ、行こうか」


 温かくて小さな手が、ナミの手を強く握り返す。


「うん」


(今は、この手にその温もりがあればいい……)


 ナミはそう思いながら、ユイカと共に職場へと向かったのである。



     ★



 本来の出勤時間から一時間半ほど遅れて「スイピー」に着くと、店の外の掃除をしていたララが、ナミとユイカの姿を見るなり目をぱちくりとさせていた。


 ナミは彼女の反応にどう振舞っていいのか迷いつつも、遅れたことを謝った。


「おはようございます、ララさん。すみません、遅くなりました」

「おはよう、ナミ。そして——」


 ララはちらちらとナミの隣に立つ少年を見た。


「この子が電話の子、よね?」

「はい。そうです」


 ナミの肯定に、ララは自身の好奇心を好奇心をさらけ出した。


「へえ!」


 ララはユイカと同じ視線になるようにしゃがむと、名前を尋ねた。


「お名前は何て言うの?」

「ユイカ・イルクラナスです」

「ユイカ君か。ねえ、年はいくつ?」

「六さいです」


 ナミはこのときユイカの年をはっきりと聞いて、「ああ、やっぱりあのときに生まれた子なんだ」と納得した。


「六歳か。それにしても、しっかりした子だね」

「本当に。私も驚きました」


 ナミがララに同意すると、彼女は立ち上がって言った。


「とりあえず、お店の中に入って話をしましょうか。セツナ、悪いけど店番お願い」 


 すると、お店のレジにいた黒髪の青年がこくりとうなずく。


 セツナは童顔のせいで分かりにくいが、ナミよりも二つ年上でこの店の先輩だ。


 物静かで、言葉足らずなところはあるが、ナミが失敗したり分からないことがあったりしても頭ごなしに怒らない。きちんと注意すべき点を教えてくれる、頼りになって優しい人である。


「すみません、セツナさんお願いします」


 ナミもレジの前を通って店の奥に行くときセツナに挨拶をすると、彼は静かにうなずいた。


「うん」


 彼はユイカのことがあまり気にならないようで、ナミたちが目の前を通って行ったあとは、いつものようにゆっくりとレジの周りの整理をし始めていた。

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