第16話 どうして?
「……さん」
ユイカがナミのことを呼んでいた。だがドライヤーの音が大きくて聞こえない。ユイカは意を決して、今度は大きい声で彼女の名を呼んだ。
「ナミさん!」
「えっ、なに⁉」
ナミは驚いて、ドライヤーのスイッチを切る。
「あ、いえ、呼んだんですけど、聞こえなかったみたいだから……大きい声を出しちゃて……。ごめんなさい」
しゅんとするユイカにナミは戸惑った。
「いやだ、謝らないで。大丈夫よ。それより何、熱かった? それとも痛かった?」
ユイカは首を横に振ったので、ナミはほっとした。
「なんだ、てっきりドライヤーで熱くなっちゃったのかと思ってどきっとしたわ。それで、どうしたの?」
ユイカは少し考えてから先程から疑問に思っていたことを聞いてみた。
「あの、ナミさんはどうしてぼくをお風呂に入らせてくれたんですか?」
「え?」
ナミは鏡に映るユイカを見て問いを聞き返した。
「どうしてお風呂に入れたって?」
「はい」
ナミは再びドライヤーにスイッチを入れて、大きい声を出しながら答えた。
「特に理由はないけど……。毎日入るから入った方がいいかなと思っただけ」
「毎日入るから?」
「そうよ。ユイカは今まで毎日お風呂入らなかった?」
「……いえ、入ってました」
「でしょう? 本当は、夜に入った方が寝付きも良くなるんだけど、昨日の夜お風呂に入らないで寝てしまったからね。今は季節的にまだ涼しいから汗とかもあまりかかないかもしれないけど、毎日入った方がすっきりするし、体が清潔に保たれた方が体にもいいから入ろうって言っただけだったのよ」
「そうなんですか」
「そうよ。何で? おかしいことだった?」
ナミは笑いながら尋ねた。すると、ユイカは首を小さく横に振った。
「そんなことはありません。だけど……不思議だったから」
「え?」
「だって、お父さんがナミさんと知り合いでも、ぼくが来てびっくりしたはずなのに、ご飯も食べさせてくれて、寝かせてくれて、心配してくれて、お風呂にも入らせてくれて……それが、不思議だったから」
ユイカは鏡の前で俯いていた。どうやら、ナミがユイカに対してしたことは、彼にとって「不思議なこと」らしい。
「そっか……」
ナミはブラシを洗面台の下の引き出しから取り出すと、彼の髪を
(困った子供がいたとして、誰もが助けてくれるわけじゃないのかな。ユイカは、これまでに何度かこういうことがあったのかな。それで私の行動が不思議だと思ったのかな……)
ナミの心の中で色々な疑問が駆け巡る。
だが、どれもユイカに聞けることではなかった。しかし、ナミが彼に対してしてあげた行為に、何か理由を付けてあげなくてはいけないような気がした。
「ユイカ」
「はい」
「私とあなたのお父さんは、特別なのよ」
「特別?」
ユイカは振り返って、ナミを見上げた。ブルーの瞳が彼女を捉える。ナミは優しく微笑んだ。
「そう。本当に小さいときから一緒にいたの。毎日、沢山遊んだし、色々なことをお話したの。お互いに秘密を教え合ったりもしたのよ」
「そうなんですか?」
ユイカは嬉しくなったのか、瞳をきらきらとさせていた。
「それをね、『幼馴染』って言うの」
「おさななじみ?」
「うん。ユイカのお父さんは、私にとって幼馴染という大切な人なの。ということは、ユイルの子供であるユイカも私にとって大切な人。だから、ご飯も一緒に食べるし、お風呂だって入っていいよって言うのよ」
「おさななじみは友達よりも特別?」
「うん。特別」
ユイルは、ナミにとって片思いの相手でもある。そしてそれは変わらないかもしれない。でも、それは心の中に秘めておく。
(ユイカにとって必要なのは、私がユイルと信頼関係にあるかどうかなんだろうな)
「そっか。よかった!」
ユイカはにこっと笑った。
「そう? でも、どうして『よかった』って思うの?」
ナミは何気なく聞いてみた。すると、ユイカは驚くことを口にした。
「うーんとね。ぼくにはよく分からないけど、お父さんは時々『俺は一人なんだ』って言ってたから。友達いないのかなって思ったの。でも、ナミさんは『おさななじみ』なんだよね。友達よりも特別なのを聞いて、なんだか良かったって思ったんだ」
ナミは思わず顔の表情をこわばらせてしまった。そして、それを誤魔化すようににこりと笑う。
(『俺は一人』ってどういうこと?)
ナミは、ユイカにリビングで待っているように促すと、今度は自分がシャワーを浴びる準備をする。
(ユイル、自分の子どもに心配かけて、一体どこで何をやってるの?)
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