-3- 他者の子

第19話 キャンディー

 ナミはうつむいて唇を噛みめると、ひざの上でぎゅっと拳を握った。


(ここが託児所たくじじょじゃないことは、言われなくても分かってる……)


 単純にユイカを助けることができる方法を探しているのに、それが上手く行かない。ユイカのそばにいたいだけなのに、今よりも未来さきのことを話されてララとの会話は決裂してしまった。それはもちろん、自分が短気を起こしたせいなのだが。


「ナミさん……?」


 ナミが怖い顔をして黙っているので、ユイカがたまらなくなって声を掛けた。


「あ……、ごめん」


 ナミははっとして謝ると、大きく深呼吸をすると肩の力を抜き、笑顔を向ける。


「とりあえず、帰ろうか」


 ララに帰れと言われたのだから、帰るしかない。それからどうするかは歩きながら考えようと思った。

 ユイカはそんなナミを見て戸惑いながらもうなずく。


「……はい」


 ナミがユイカを連れてバックヤードから出ると、そこにはララの姿はなかった。


「あの、ララさんは?」


 ナミはレジに立っていたセツナに声を掛けると、彼は素っ気なく答えた。


「少し外に出てくるって」

「……そうですか」


 そう呟くと、ナミははっとしてセツナに言った。


「あ、あの、今日はちょっと事情があってこのまま帰ります。ララさんは知ってます。突然でご迷惑おかけしますが、よろしくお願いします」


 するとセツナは、黒い前髪に隠れた緑色の瞳をナミに向けて小首をかしげた。


「不調?」


 体調のことを聞いているのだろう。ナミは軽く首を横に振った。


「いえ、そういうことではないのですが、ちょっと色々あって……」


 ふと、顔を店の外に向ける。すると丁度そのとき、親子連れの姿が目に入った。父親と母親の間に一人の子ども。


 子どもは父と母の手をそれぞれ握り、ジャンプをすると両親が腕を引っ張ってくれるので、さらに高く飛びねていた。


「……」


 セツナは、親子連れに釘付くぎづけになってしまっていたナミを見ると、おもむろにレジの前に置いてあったキャンディーが入った袋を手に取り会計をする。すると買ったばかりのそれを開けると、何個か手に取りレジ越しにユイカに手渡した。


「ほい」


 ユイカは目をぱちくりと開いてセツナを見た。


「え?」

「キャンディー嫌い?」


 戸惑いながらも彼は答えた。


「ううん」

「じゃあ、もらっときなよ。ほら、手を出して」


 ユイカはおずおずと、小さな右手をセツナに差し出す。彼はその手に、綺麗きれいな包み紙にくるまれたキャンディーを三つ握らせてくれた。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 そのとき、外に気を取られていたナミが、二人の方に顔を戻すとはっとする。


「セツナさん、それ……!」

「ちゃんと買ったから大丈夫だよ」

「あ、いえ、でもそうではなくて……! 私が買えばよかったですよね、すみません」

「別に俺がしたくてしただけだから。それに子どもは大人からもらえる特権をもってるもんだよ」


 セツナはにこりともせずに言う。彼はいつだって笑わないのだ。


「特権?」

「そう」


 ナミは彼の意図いとすることは少し掴めなくて首を傾げる。しかし、セツナは気にしていないようだった。


「理由は何でもいいけど、気を付けて帰りなね」

「理由?」

「不調じゃないんでしょ?」

「あ、えっと、はい。ありがとうございます」


 ナミがセツナに頭を下げるのを見て、ユイカも「ありがとうございます」と真似して頭を下げる。


「うん」


 店を出てからナミがユイカに「よかったね」と言うと、彼はにこっと笑ってうなずいた。キャンディーをもらったことが、余程嬉しかったようである。


(セツナさんって、子ども好きなのかな?)


 ナミはそんなことを思いながら、ユイカと店を出るのだった。

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