第13話 違和感
ナミはアパートの階段をユイカと一緒に上がって部屋に戻ると、彼をテーブルにつかせ朝食の準備に取り掛かった。とはいっても、昨夜作ったサンドイッチがあるので、それを冷蔵庫から取り出し、ユイカのために牛乳を温めるくらいしかすることはない。
ナミはテーブルの上にそれらを用意すると、ユイカに「召し上がれ」と言った。
「大したものじゃないけどね」
彼女が補足すると、ユイカはきょとんとした顔をしたあと「おいしそうです」と言った。
「そう? それならよかった。――いただきます」
「いただきます」
彼はナミと一緒に手を合わせて挨拶をすると、ロールパンにスクランブルエッグが挟まった方を手に取り頬張った。
「おいしい?」
すると、ユイカは縦に何度も振った。
「はい!」
「なら、よかった。本当は昨日の夜食べる予定だったんだけど、寝ちゃったからね」
ナミは笑いながらそう言ったが、ユイカは急に怯えたような表情をする。
「ぼく、そういえばねちゃって……、ナミさんがサンドイッチ作るって言ってたのに……、あのごめんなさい!」
ナミにとって、そんなことは謝ることでも何でもない。
それなのに、
「眠かったんだから仕方ないわ。私も寝てしまったし。それに今日の朝食になったのだから、何も問題はないよ」
「そうですか……」
ユイカはほっとした表情を浮かべると、黙々と食事を続けるのだった。
「……」
ナミはユイカが食べている様子を時折眺めつつ、自分も朝食を食べていたが、どうも彼の言動が
年齢の割にはしつけがかなり行き届いているのは、ユイルや妻がきっとしっかりと育てたからだろう。しかしユイカが時折見せる怯えたような表情や、自分が心配されることに対して無関心なのは変なことのように思えた。
(さっきだって、『心配したんだよ』って言ったのに、きょとんとしているというか、『どういうことですか?』って頭に疑問符が浮かんでいるような顔をしてた……)
ユイカのこの態度の奥に、何かある。そう思いつつも、これ以上考えたくない自分がいた。
(考えすぎよ、ね……?)
ナミは被りを振り、考えるのを止めた。
ユイカはいつの間にか、用意していたサンドイッチをぺろりと平らげていた。
「ごちそうさまでした」
「お腹いっぱいになった?」
「はい」
ユイカがにこっと笑ったので、ナミはほっとする。彼女は食後の片づけをしてから、紅茶を入れるとユイカに尋ねた。
「そういえば、どうして外にいたの?」
するとユイカはミルクが入ったカップの中を見つめながら答えた。
「お父さんが、来るんじゃないかと思って……」
ナミは驚いて、少し前のめりに尋ねた。
「ユイルが? ここに来るって?」
「はい」
「そういえば、ここへは一人で来たの?」
まさかそんなはずはないだろうと思いつつ聞いてみる。するとユイカは首を横に振った。
「ううん、一人じゃありません。お父さんと来ました」
「えっ……」
ナミは、ゆっくりと額に手を当てた。
ユイカはここまで父親と来たと言う。ということはユイカが一人になって置いて行かれる前まで、ユイルがいたということだ。
(何てこと!)
ユイル探しをしている間に、彼と会うチャンスを逃してしまっていたとは皮肉なことだ。
「ナミさん?」
心配そうに尋ねるユイカの声で、ナミは我に返った。
「あ、ごめん……」
「なんだかむつかしい顔をされてましたけど……」
「ううん。大丈夫――」
そう思って、ふと掛け時計を見ると午前七時を回っていた。ナミは
(何だっけ……)
何を忘れていたのだろうか。そう思って、いると頭の奥からララの顔が浮かんできた。その瞬間、ナミは忘れていたことを思い出して、椅子から勢いよく立ち上がると「大変!」と叫んだ。
「どうしたんですか?」
びっくりするユイカに、ナミは言った。
「今から、仕事に行かなくちゃ!」
「えっ? お仕事ですか?」
「そう!」
昨夜、ユイカに会ってから、ナミはすっかり仕事のことを忘れていた。
彼に会ったのが夢なのかもしれないと思ったり、浮ついていたせいかもしれないと思った。
ナミはすぐにベッドがある部屋に行くと、クローゼットからバスタオルやタオルを準備し、それらをユイカに押し付けた。
「えっ、ナミさん?」
「職場に電話している間に、シャワー
「え?」
「昨夜お風呂を
ナミはそう言うと、ユイカを椅子から降りるように
「あ、あの……」
「そうだ……。ユイカ、着替えって持ってきている?」
ユイカは急に風呂に入れと言われて戸惑ったが、「どうして?」と聞きたい気持ちを飲み込んでナミの質問に答える。
「あ、えっと、あります……、けど……」
ユイカの歯切れの悪さに、ナミはピンときた。しかし、それは決して彼の気持ちを汲み取ったものではない。
「もしかしてリュックの中?」
するとナミは脱衣所から飛び出し、ユイカ意思に反して彼のリュックを持ってくる。時間がないので、ナミが「ごめん! 開けるね!」と謝りながら勝手に中をあけると、きちんと
(ちゃんとしている人みたいね)
ナミはユイカの着替えを手に取ってそう思う。これを準備した人の性格を示しているような気がしたからである。
「……よし、あるね」
彼女はユイカに服を床に置いてある
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