彼は彼女を選ばない(☆改稿版☆)

第12話 心配

「ん……？」

　ナミは、閉まりきっていなかったカーテンの隙間から入り込む、眩（まばゆ）い朝日で目を覚ました。体を起こすと、変な体勢で眠っていたためあちこちが軋（きし）んで痛い。

　それも仕方のないことである。

　昨夜は、ユイルの息子が自分のベッドを占領（せんりょう）し、彼女は彼の寝顔を見ながら寝てしまったのだから。

　ナミは立ち上がり、ベッドの中で眠る小さい王子の顔を見ようとした。だが、そこにいるはずのユイカの姿がない。

「……ユイカ君？」

　ナミはぐるぐるに丸まったタオルケットを捲（めく）ってみるが、彼の姿はない。

「ユイカ？」

　まさか、ベッドと壁の間に挟（はさ）まったのだろうか。そう思って隙間（すきま）を覗（のぞ）いてみるがいない。

　ナミはキッチンのある隣の部屋に行ってみる。

　だが、そこにもいなかった。

「まさか、夢？」

　昨日のことは、全て夢だったのだろうか。ユイルのことを考えすぎて、自分が作り出した幻だったのだろうか、と。そう思っていると、昨夜ユイカが座っていた椅子の傍に、リュックと水筒が置かれてあった。

(夢……、じゃない！)

　ナミはセミロングの髪がぼさぼさなのも厭（いと）わず、外に飛び出した。

　服は昨日着ていたままなので、問題はない。そう思って、二階のアパートの通路から下を見下ろすと、アパートの敷地の出入り口に朝日の眩い光を浴びている、帽子を被った少年の後姿があった。

「ユイカっ」

　ナミは急いでアパートの階段を駆け下りて、少年の元に駆け寄った。

「ユイカ！」

　すると、少年はくるりと振り向いた。彼はとてもびっくりした顔をしていて、ブルーの瞳を大きく見開く。

「ナミ、さん？」

ナミは長く息を吐くと、今度は怒った顔をしてユイカを叱咤（しった）した。

「急に、出て行っちゃだめでしょう！」

　ユイカはナミの突然の怒った声に、びくっと体を震（ふる）わせる。顔を歪（ゆが）ませると、あっという間に瞳から涙がぽろぽろと零（こぼ）れ落ちた。

「え……あ、あのっ、えっと、ご、ごめんなさい……！」

　ユイカは俯（うつむ）き、自分の服をぎゅうっと握った。彼は声を上げなかったが、次から次へと涙が零れてくる。ユイカは必死になってその涙を袖口で拭い、止めようと努力する。

「あの、すみません、なみだ、今すぐ、止めるので……！」

　ユイカが涙の言い訳をするので、ナミはしゃがんで彼の腕をぐっと掴むと、強く言った。

「涙のことを言っているんじゃないの！　それよりも、黙って出て行ったら心配するじゃない！」

　すると、ユイカは嗚咽（おえつ）を漏らし、赤くなった顔を上げてナミを見た。

「し、しんぱい？」

「そうよ」

　ナミは大きくため息をつき、自分の額（ひたい）に手を当てた。

「全く……どっか行ったんじゃないかと思ったわ」

　ユイカは身じろぎをしつつ、ナミに問うた。

「ぼくが、どこかに行ったら……、心配、するんですか？」

「当たり前でしょう」

「……」

　ユイカの涙はいつの間にか止まっていた。彼はきょとんとした表情で、立ち上がるナミを目で追った。ナミはというと、ユイカがどうして目をまん丸くして自分を見ているのか分からなかった。ただ、今度こそいなくならないように、彼の手しっかり握って優しく引っ張る。

「さあ、戻ろう。朝ご飯食べなくちゃ」

「……」

　ユイカはナミに引っ張られるまま、アパートの方へ歩き出す。彼は握られている手を見て、それから彼女の背中を不思議そうにじっと見つめていたた。