第7話 ユイルという幼馴染

 ナミは二週間、幼馴染のユイルを探したがとうとう見つからなかった。


 空き家に住んでいた浮浪者に金をせがまれるようなこともあったが、持っていた小銭をぶちまけたお陰で、大事には至らずに済んだ。それ以外に危険なことがなかったのも幸運だった。


 ナミは目星をつけていた全ての公園と空き家を調べ終え、夕方に「セレ・ドヴァイエ・ミカラスカ」へ戻ってきていた。


「……疲れた。……眠い」


 休日も使い、毎日のように彼を探し続けて疲れ果てていた。それでも彼を探したかったのは、一瞬でもいいからユイルの姿を見たかったからである。


「ユイル……どこにいるの?」


 ナミは腰を下ろすと、疲れた自分の体を抱きしめるように膝を抱え顔を埋めた。


―――——


 ナミにとって、ユイルは特別な存在だった。

 彼は彼女にとって幼馴染であり、そのころから続く片思いの相手である。


 レモンの色よりも淡い色の髪に、透き通るような白い肌。その中に光る宝石のようなブルーの瞳。その彼が「ナミ」と優しい声で呼びかけてくれる。


 何も持っていないナミにとって、彼が近くにいてくれることそれだけで自分が価値ある存在に思えた。


 ユイルとナミが幼馴染であったのは、母親同士が仲の良い友人であったからである。生まれたときから傍にいて、母親がお互いを訪問するたびに一緒に遊んでいた。


 だが年齢が上がって学校へ行くことになると、少しずつ二人の関係はそれまでとは少し違ったもののように変化する。


 ユイルは男の子で、ナミは女の子。二人がこれまでのように共に行動していると、茶化す者もいれば、ユイルを好きな女の子がナミに意地悪をするようになった。そのため、二人は学校の中で極力関わらないようにしていったのである。


 その代わり、学校と関係ない場所で会うと、ゆっくりとお互いが思っていることを話すようになった。


 ナミはこの状態を壊したくなくて、恋心をひた隠し、彼の幼馴染であり親友のように振舞っていたが幸せだった。普段は無関係を装う必要があったのは悲しくとも、大切な人と自分だけの時間があることに何にも代えがたい喜びを感じていたし、気持ちの面では一番近い場所にいると思っていた。


 しかし、ユイルは成長するにつれて色々なことが変わっていった。


「ユイルは、素直で優しい子」というナミのイメージを打ち消すように、彼は非行に走るようになる。


 ユイルとナミが十八歳を迎えた年のこと。


 彼は、高等教育学校(高校)を卒業すると同時に家を出て、何故かルピアに行ってしまったのである。彼は家族にも詳しい事情は言わなかったようで、置手紙に「ルピアに行きます。暫く戻りません。探さないで」と書いて出て行ったようであった。


 家族はその置手紙通り、彼を探さなかった。いや、父親に探す気がなかったせいで、探そうとはしなかったのである。このころの彼は随分ずいぶんと周りに迷惑を掛けていたので、勘当同然のような扱いだった。


 そしてナミが十九歳の誕生日を迎えた年、前触れもなく家族の元に手紙が届いた。いや、手紙と言えるかも疑問である。何故なら、たった二言しか書いなかったのだ。


 ――結婚した。子供が生まれた。


 それだけである。


 その話は、母親を経由してナミの耳にもすぐに入った。彼女はその話を聞いて、がっかりとも悲しいともいえる気持ちになった。


 ナミは彼のことが好きだった。


 そして彼の気持ちもナミと似たようなものだろうと思っていたからである。だが彼はナミではない別の女性と結婚し、子供をなした。ナミは彼に好きである気持ちを伝えぬまま、心の中でひっそりと恋を終わらせ、そして今まであった「期待」も失った。


 ナミは心のなかで、期待していたのだ。


「ユイルはきっとルピアから戻って来る日が来る」と。どんなに非行に走ろうと、いつか自分の元に帰って来てくれると思っていたのだ。


 ナミは彼と結婚した後のことを想像した。


 彼のキスはどんなものだろうか。

 彼と一緒のベッドに寝るのはどんな感じなのだろう。

 朝ご飯はきっと彼の好きなものを毎日一所懸命に作るに違いない。子供はさぞかし彼に似て美しいに決まっている。


 だから今の自分が惨めであっても、きっと未来は理想とするものが待っている。そう思ったからこそ、彼と同じ高等教育学校(高校)を卒業し、針子として毎日深夜まで働き詰めでも頑張れた。彼がいつかシュキラに戻ったら、私はきっと幸せになれると。


 だが、現実はそうではなかった。

 ナミは彼の手紙の内容を知ってから体調を崩した。連日の無理な労働が原因であることは明白だった。ナミは「これ以上は無理だ」と思い、針子の仕事を辞めたのである。


 療養している最中に、スイピーのお店で働き手を探していたことを知り、そこで働くことにした。


 彼がいなくなってしまった今、とりあえず無理に働かなくて済むところなら正直どこでも良かった。だが思ったよりも居心地がよく、いつの間にか六年の歳月が過ぎていた。

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