第5話 クレリックとの約束

「分かった。話すよ」

「今、話してもらえますか」

「今?」

「後で落ち合って話そうっていっても、おじさん、逃げそうなので」

「……信頼されてねえな」


 笑みを浮かべているものの、悲しさがにじみ出ている表情を見て、ナミは途端に悪いことをしたような気分になった。


「そういうわけじゃ……。そうですよね。ごめんなさい」


 ナミはクレリックのシャツから手を離すと、顔をせる。その様子を見ていたクレリックはナミの気持ちを察して、「いいんだ」と首を横に振る。


「心配なのは分かるよ。ユイルは今まで音沙汰おとさたなかったろうし、お前たち仲良かったもんな」


「仲良かったな」という言葉に、ナミはきゅっと口をすぼめた。

 傍から見ても仲が良かったように見えていたのに、今では彼がどこにいて何をしているのかさっぱり分からないのが悔しかった。


「……でも、彼がルピアに行ってからのことは、全く知りません。もう七年になります」

「そんなになるか」


 ナミは仕事のために身に着けていたエプロンをきゅっと掴むと、クレリックを上目使いに見る。


「あの……おじさんは、どうしてユイルのことを知っているんですか。彼のお母さんでさえ、彼の居場所を知らなかったのに……」


 クレリックはばつの悪そうな表情を浮かべ、頭をガシガシといた。


「俺も奴のことを知ったのは、ここ三カ月くらいの話さ。居場所が分かるわけじゃない」

「そうなんですか?」


 クレリックはうなずく。


「前にユイルの母親からも探してくれとは言われていたが、仕事が忙しくてそんな暇もなかった。だがな、今から三カ月前、俺のところに二人の男が現れた」

「二人の男?」

「そうだ。ユイルを探していると言っていた」

「ユイルを? どうして?」


 ナミは眉をひそめ、それが何を意味するのか教えてくれるよう、目でえた。だが叔父は、難しそうな表情を浮かべて「すまない」と謝る。


「嬢ちゃん、悪いがここで話すことはできない。それから落ち合って話すこともできない」

「そう……ですか」


 ルピアに消えた片思いの相手。もう、二度と会うことができないと思っていた人の手がかりが目の前にあるのに失ってしまう。

 その切実な気持ちが顔に浮かんでいたのだろう。クレリックは深くため息をついた。


「まあ、ダメはダメなんだが……、その、なんだ。代わりに手紙を書くよ」


 ナミはきょとんとした。


「手紙?」

「嫌か?」


 ナミは首を横に振った。叔父が手紙を書くような人に見えなかったので、少し意外に思っただけである。ユイルのことを知ることができるのであれば、手段は何だって良い。


「いいえ、構いません」

「それなら良かった。あ、そういえば今は実家暮らしじゃないよな?」

「はい」

「じゃあ、そっちに直接送るから住所教えてくれるか?」

「分かりました」


 ナミはポケットからメモ紙を出すと、さらさらと住所を書いて叔父に渡す。


「今は、ここに住んでいます」

「そうか。分かった」


 クレリックはナミからもらったメモ紙を、丁寧に折りたたんでズボンのポケットにしまうと、ナミに背を向け彼は周囲を見渡した。


「手紙はもう少し落ち着いてからでないと書けない。すぐには無理だ。それでもいいか?」


 背を向けながら話されたので、ナミは少し位置をずれて叔父の声がより聞こえやすいところに立つ。


「いいです」

「それから俺がユイルをここらで探していることは、ソフィア姉さんやカンナさんにもこの話はするなよ」


 ソフィアはナミの母の名で、カンナはユイルの母の名である。

 カンナは今でもユイルのことを待っており、元気にしているのか心配している。そのため本当は教えてあげたい気持ちもあったが、ユイルが見つかったわけではないし、叔父さんが彼を探す意図もナミのあずかり知るところではないことがあるように思えた。


「……分かりました。言いません」

「それから一つ忠告しておく。もし万が一ユイルがお前のところを訪ねても助けるな」


 ナミは藍色の瞳を見開いた。


「どうして――……」そう呟いてから、「彼を助けることが、危険なことだからですか?」と彼女は問う。叔父は真剣な顔でうなずいた。


「その通りだ。――じゃあ、またな」


 クレリックはそう言うと歩き出し、店を後にする。その背を目で追うと、叔父は軽く手を振ってくれた。ナミはその姿にいつもの叔父の姿が見えてほっとしたが、すぐにくもった表情を浮かべる。


「……危険って、どういうこと?」


 ナミはクレリックの姿が見えなくなるまで眺めていたが、店の奥からララの声がして仕事に戻った。

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