第4話 叔父・クレリックが探している人

 次の日の夕方のことである。


 ララが店の裏で商品を出し入れする業者と話し込んでいたため、ナミが一人で店番をしていたときだった。


「やあ、嬢ちゃん」


 彼女に声を掛けたのは五十も過ぎた痩躯そうくの男で、口元に無精ぶしょうヒゲを生やしてにっこりと笑っていた。

 ナミはその男の姿を見るて誰だか分かると、満面の笑みを浮かべ近づいた。


「クレリックおじさん!」

「嬢ちゃん元気だったか? ん?」


 彼は昔から、ナミのことを「嬢ちゃん」と呼ぶ。クレリックの質問に、ナミは首を大きく振った。 


「元気です」

「そうか、それなら良かった!」


 クレリックはナミの頭をぐりぐりとでまわす。少し痛かったが、久しぶりに子どものような気分になって嬉しかった。


 クレリックはナミの母の弟である。彼とは一年ほど会っていない。それは彼が年に一度しか、故郷であるシュキラには帰ってこないからだ。


 彼は隣街のルピアで靴を作る仕事をしており、彼が作る靴は人気があるので忙しいと風の便たよりで聞く。


 そのため彼が実家に帰ってくるのは、毎年十月にある収穫祭のときだけだなのだが、今は六月。お祭りまではまだ読んカ月もある。


「今日は何の用でいらしたのですか?」


 ナミが興味本位でそんなことを聞くと、クレリックはなぜかあたりに人がいないことを確認してから、彼女にしか聞こえない小さな声でこんなことを尋ねた。


「嬢ちゃんに聞きたいことがあってよ」

「何でしょう?」


 どうんなことを聞かれるのかと思っていると、彼の口からはナミが全く想像もしなかった名前が出てきた。


「ユイル、知らねえか?」


 彼女はその名前を聞いた瞬間、深い藍色の瞳を見開き、驚いた顔を見せる。

 ユイル・イルクラナス。

 それはナミの幼馴染であり、片思いをし続けている相手である。


「その顔は知らねえってことだな?」


 クレリックが確かめるように聞く。ナミはこくりとうなずいた。


「そっか。それならいいんだ。困ったことがあるとよく嬢ちゃんのところに泣きついていたことを思い出してよ。いるんじゃないかと思ったんだが、違ったみたいだな」


 すると、クレリックは「仕事の邪魔して悪かったな。また会いに行くよ」と言って、さっさと去ろうとしてしまう。ナミはとっさに追いかけ、店の前で彼のシャツをつかんで動きを止めた。


「わっ、どうした?」


 クレリックが驚いて振り向くなり、ナミは尋ねた。


「ユイルが、どうかしたんですか?」


 彼らのそばを少女たちの集団が過ぎ去っていく。学校の帰りなのだろう。きゃは、きゃはと楽しそうに笑っているが、こちらはそれどころではなかった。クレリックは声を低くして言った


「……悪いが教えることはできねえ」

「どうしてですか? ユイルが悪いことでもしたんですか?」


 声をひそめずに話すナミに、クレリックは顔の前に人差し指を立てて「静かに」という仕草をした。


「声が大きい」

「人にバレるといけないことですか?」

「……」


 クレリックは、どうしようか悩んでいるようだったが、観念したように大きくため息をついた。

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