第3話 意外な展開

「以上で選手紹介を終わります。佐々木さーん! 一旦マイクをお返しします」


「分かりました。さて、いよいよレースが始まろうとしていますが、今の選手たちのインタビューを聞いて、栗田さんはどう思われますか?」


「そうですね。ずばり本音を言う者、本音を言わず密かに闘志を燃やしている者、みんなを油断させるためにわざと弱気な発言をする者等、様々な選手がいましたが、私としてはこのレースが盛り上がってくれることを祈るばかりです」


「なるほど。文房具好きの栗田さんとしましては、やはりそこが一番気になるところなんですね。ということで、ついにレースが始まります。スターターがピストルを持って台に上がり、スタートの準備はすべて整いました」


『バン!!』


「号音が轟く中、八選手が一斉に飛び出しました。その中で先頭に立ったのは……なんとホッチキス選手です! 先程のインタビューでは完走するのが目標と言っていましたが、どうやらそれは敵を欺くための嘘だったようです」


──やっぱりな。どうせそんなところだと思ってたよ。


 俺は自らの勘が当たったことに、少なからず悦びを感じていた。


「さあ、先頭に立ったホッチキス選手が他をどんどん引き離していきます。おおっと! そのホッチキス選手を、突然スーツ姿の男性が乱入して拾い上げました! そして自らのかばんを開け、そこからプリントの束を出して、ホッチキス選手を使って止めております。ということで、先頭に立ったホッチキス選手は脱落となりました!」


──はあ? なんだ、この訳の分からない展開は。


 俺は予想外の出来事に戸惑いながらも、そのままレースに目を向けた。


「さあ、ホッチキス選手の脱落によりトップに立ったのは……ああっと、ノート選手です! ノート選手が目一杯ページを広げて、他選手に抜かれないようにしています。先程、インタビューの際に答えていたのは、こういうことだったようです。おおっと! そのノート選手の前に、今度は高校生らしき男女が立ち塞がった! そして、向かってくるノート選手を男子生徒が持ち上げ、何やら書き込んでおります。栗田さん、彼は一体何を書いているのでしょうか?」


「さあ? それは彼に訊いてみないと分からないですね」


「あっ! 男子生徒が、ノート選手を女子生徒に渡しました。それを見た彼女の反応は……ああっと! 彼女の顔が見る見る赤くなっていきます。栗田さん、これは一体どういうことでしょうか?」


「これはもしかすると、二人は今から百年以上前の二十世紀に流行った交換日記をしているのかもしれません」


「交換日記?」


「ええ。交換日記とは、一冊のノートを友人や恋人間で共有し、日記をつけたり相手へのメッセージを交互に書き込んでいく行為なのですが、あの二人はまさにそれを再現してるのではないでしょうか」


「なるほど。なぜそれをここでやろうとしたのかは分かりませんが、それに巻き込まれたノート選手にとっては甚だ迷惑な話ですね。これによってノート選手は脱落となり、残るは六選手となりました」


──交換日記だと? 百歩譲って、さっきのホッチキスはまだ理解できるとしても、これはさすがに無理があるだろ。


 俺は心の中でツッコミを入れながら、そのままレースに目を向けた。


「さあ、六選手の中で抜け出したのは……マーカー選手です! 赤色に身を包まれたマーカー選手が、歯を食いしばりながら必死の形相で走っております。ああっ! そのマーカー選手の前に今度は中学生らしき女子生徒が現れて、強引に拾いあげました! そして、自らのかばんから取り出した教科書に印を付けております。私も学生時代によく使ったものですが、彼もまたそれに利用されたようです。これで残るは五選手となり、あと一人脱落すれば自動的に決勝に進む四選手が決まります」


──このレース、さっきから先頭に立った者が妨害されてるから、後ろの方を走っていれば、自然と決勝に残れるんじゃないか?


 俺の感じたことに五選手も気付いたようで、選手たちはお互い牽制し合って、誰も先頭に立とうとしなかった。


「ああっと! 誰も先頭に立とうとしないことに業を煮やしたのか、三角定規選手が他の四選手に向かって体当たりを始めました! 体当たりされたボールペン、バインダー、付箋、ハサミの各選手は、三角定規選手の尖った部分によって傷付けられ、皆戦闘不能になってしまいました。おおっと! その三角定規選手に、審判がレッドカードを突き付けました! これで第一レースに参加した八選手はすべて脱落し、次の第二レースが事実上の決勝戦となります!」


──マジか。三角定規のせいで、他の四選手はとんだとばっちりだな。


 俺は何の罪もないのに脱落となった四選手を、同情せずにはいられなかった。 




 

 


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