無益な争い
エセルナート王国王女アナスタシアとその一行は魔都マギスパイトまで後二日という所で敵襲を受けた。
それまで、ゴブリンの群れなどに襲われた事は有ったが、返り討ちにしてきた――〝憎悪の戦方士〟コールドゥの左手の悪魔に食べさせる心臓も手に入った為、むしろ望むところだった。
が、心臓が底を尽き、誤魔化し誤魔化し魔都への道を北上していた所を遂に見つかった。
街道から離れた道を通るには、北辺の森や丘陵、或いは点在する泥炭地は厳しすぎた。
認識阻害の魔法を破られ、魔都への道中に現れたのは
一方王女側はコールドゥが魔法で眠らされていた――身体に植え付けられた悪魔の拒絶反応が強く、激痛でまともに戦えないのだ。
放っておけば悪魔は王女達をも襲いかねなかった。
曇り空の下、レハーラと王女達は向かい合う。
「おお魔界の王――汝の力を――」レハーラが召喚の魔法を唱える。
鹿の様な角を生やした
悪魔族にしては珍しく翼が生えていない――大悪魔たちは轟音とともに着地した。
<憎悪>の魔剣イェルブレードを王女が持とうとする――激痛が王女の手を走った。
「どうしたの、イェルブレード!」魔剣は動かせないほど重かった。
ドワーフの女戦士シーラ、エルフの
戦方士を
女魔法使いマーヤと女神官ミア、そしてイェルブレードを持つ事を諦めた王女は後衛にまわって相手と魔法戦を行う隊形を取った。
一方、無口蓮は戦う意思をほとんど持っていなかった。
ついてこなければ呪いを掛けるとレハーラに脅されて来たのだが、上の空だった。
王女達を見ても欲望は掻き立てられない――俺もやきが回った――そんな事を考えるのがせいぜいだ。
何もかもがどうでもよくなった――俺の人生は空虚だった。
ここで全て終わりに出来るならそれでもいい、無口蓮は腰の刀を抜いた――。
コールドゥは中くらいの荷馬車に載せられていた。
動けなくなったのは昨日からだった――ここを襲われたくない、折り悪くその時にレハーラ達は襲ってきた。
〝もっているのが不思議な位です――〟王女はミアの言葉を思い出す。
ここを凌いで何とか魔都に潜り込めれば――隻眼の老魔術師ガーザーと合流できれば何とかなるかもしれない。
その為にもここで負けるわけにはいかなかった――レハーラがイルマ王女にしたことを考えればなおの事だ。
「魔術師レハーラ! イルマ王女への狼藉、その身を持って償ってもらうわ――覚悟なさい!」王女は怒りも露わに腰の長剣を抜いて切っ先をレハーラに向けた。
レハーラは薄笑みを浮かべて王女を見やる。
無口蓮が気の乗らない斬撃を仕掛けて来る――カレンが魔槍で迎え撃った。
日本刀が弾かれそうになり無口蓮は後ろに下がる。
カレンは深追いせず王女を守る態勢を取った。
レハーラや魔術師はカレンが離れた隙に王女を狙ってくる筈だ。
レハーラは王女を殺しにくるだろう――恋敵とも言える相手だ、どの位恨んでいるか知れたものでは無かった。
転生者だけを相手にする訳にはいかない。
王女は光弾の魔法をレハーラ目がけて放った――長剣の先から真っ白な光が飛び出し女魔術師を襲う。
魔法の光はレハーラに当たる直前で針金を折る様に曲がった。
明後日の方向に逸れた弾が離れた木に当たる――太い幹が真っ二つに折れた。
レハーラの部下の魔術師が沈黙の魔法を王女に掛ける。
魔法が通った――王女は無詠唱以外の魔法を封じられた。
「行きなさい、転生者無口蓮!」レハーラが好機と見て指示を飛ばす。
しかし無口蓮は動かなかった。
「もう沢山だ」無口蓮は刀を鞘に納めると王女達に背を向けた。
レハーラは無口蓮の様子がおかしい事には気付いていたが、戦闘放棄する程だとは思っていなかった。
「戦いなさい――」叱咤しながらも言葉が無駄であることを悟る。
レハーラとしては無口蓮の戦闘力を失いたくはない、命令に従わないなら――。
無口蓮はこの場を立ち去ろうとして、身体が思うように動かなくなったのを感じた。
「何をした――レハーラ=ランクロス!」無口蓮が怒鳴る。
無口蓮は知らない内にカビ悪魔をレハーラに植え付けられていたのだ。
悪魔に操られるまま無口蓮は凄まじい勢いでカレンに斬りかかった。
斬撃はカレンの魔槍に払われた――カレンの槍の連撃が更に襲い掛かる。
無口蓮はその攻撃を食らいながら王女へと突進した。
「避けろ!」痛覚無視が通じず激痛に唸りながら王女へ斬りかかった。
王女は盾でその攻撃を受け止めた。
日本刀は盾にがっきと食い込んで止まった。
王女は反射的に右手の長剣を突き出していた――転生者の胸を剣が貫く。
無口蓮は怒りに顔を歪ませたが、すぐにその表情は拭われるように消えた。
王女に掛かった沈黙の魔法が解ける。
「貴方――何が有ったの?」王女は今迄の転生者の言動とかけ離れた態度に戸惑いと同時に怒りを覚えた。
「済まなかった。俺は間違っていた――最期の最後にお前達と戦えて良かった」後は口からどっと血が溢れるばかりだった。
無口蓮はどうと倒れ伏す。
大悪魔三体もほぼ同時にキョーカ達に倒された。
悪魔の死骸は光の粒子となって散っていく。
「レハーラ様。ここは――」部下が進言する。
最早勝ち目は無かった――戦方士もホークウィンドと打ち合って数合で倒されていた。
それでもレハーラは退く様子を見せなかった。
部下の魔術師は転移の魔法を唱える――レハーラを効果範囲に巻き込む時間は無かった。
レハーラは只一人丘の上に立ち尽くす。
「貴女を赦すわけにはいかない――覚悟は良いわね」王女達はじりじりとレハーラに近づいていく。
レハーラは何事かを呟いていた――魔法だ。
それに気づいたカレンとホークウィンドは縮地でレハーラに襲い掛かる。
間に合わなかった――ガタンという音が響いた――コールドゥが馬車の上に起き上がって自分の左腕を掴んでいた。
レハーラはコールドゥの眠りの魔法を
悪魔が周囲の人間を手当たり次第に襲う――王女達は戦慄した。
左手の悪魔が暴走する――細い線状に指先が伸びる――その先は王女達では無かった。
悪魔はレハーラの心臓に食い込んだ。
「そう、コールドゥ=ラグザエル、貴方と私は分かり合える――」レハーラはホークウィンドの苦無とカレンの槍を身に受けながら慈母の様な笑みを浮かべて悪魔とコールドゥを見つめた。
「まて、早まるな――いう事を聞け、この左手が」コールドゥがぜいぜいと喘ぎながらも悪魔を制止しようとする。
だが悪魔は止まらなかった。
後で王女達はレハーラが魔法で自分の心臓を悪魔に見せつけていた事を知った。
何故コールドゥが悪魔を止めようとしたのかも。
「ゲルグを斃して――お願いよ、最愛の人」その台詞が終わる前に悪魔はレハーラの心臓を食い破っていた――。
暫くの間、誰も動けなかった。
「どうなってるんだい。あの女魔術師、まるでこうなる事を知ってたみたいだけど」シーラがマーヤに尋ねる。
「私にも分かりませんわ――ただコールドゥは心臓を食べた事で落ち着いたみたいですけど」
「後四、五日は無事になったと思います。シーラの言う通りレハーラはこうなる事を予想してましたわ。コールドゥ、貴方は何故レハーラを助けようとしたのですか?」ミアが咎めた。
周りの全員がコールドゥを見つめた。
「レハーラは……家族をゲルグに殺されていた。それを俺に見せたんだ。イルマ王女やウツロの件は有っても、汲むべき事情も彼女にはあった」コールドゥは押し出すように言った。
最期に自分の心臓を俺に食べさせる事で忘れられない記憶を植え付けた――その言葉は飲み込んだ。
「――彼女はこう言っていた――〝貴方とならゲルグへの憎しみを共に持てる〟と。〝もし生まれ変われるなら、今度は誰も傷つけずに一緒になりたい〟それが最期の言葉だった」
「イルマ王女を傷つけた事を後悔していたの?」王女が尋ねた。
コールドゥは沈黙した。
「そう――」王女は溜息をつく。
「死んだ相手を恨んでも仕方ないわね――貴方を生かして彼女は死んだ。それは最大限生かさなくちゃ。先に斃すべきはゲルグね。転生者は不死身だから後で対処しましょう」
「転生者無口蓮は多分大丈夫です。姫様」カレンが淡々と言った。
王女が疑問の表情を浮かべる前に言葉を続ける。
「無口蓮は性的な目で私達を見ていなかった――あれは戦いに疲れた者の目でした」
「認めたくは無いけど反省していたって事?」
「恐らく、ですが」カレンは断定は避けた――今迄の事を考えれば赦せない気持ちの方が先に立つ、それは変わらない。
「俺も奴には貸しが有るんだが」コールドゥが口を挟む。
「私達はレハーラの事を棚上げし、貴方は無口蓮の事を棚上げする――なかなか公平な取引じゃなくて? どうしてもというなら止めはしないけど」カレンはコールドゥをなだめた。
「不死身のままなら俺に出来る事は無いし、死ぬのであれば手を下す必要も無いと言うなら分かる――理解は出来るが納得はしたくないな」
「ここで余計な時間を取るわけにはいかないわ――先に進む、皆それでいいわね」王女が仕切った。
「分かった――」コールドゥは息を一つつくと王女達の後について歩きだした。
馬車には交代で乗り、疲労を抑える――クッション代わりに藁を引いた荷馬車は御者を含めて詰めれば六人が乗れた――三人が歩く計算だ。
馬は老いていて徹夜で歩かせるような無理は出来なかった。
半刻歩くごとに小休止を挟む。
見通しが良い所を見つけては、転移魔法で飛んだ――陽が沈むと、その日の前進は終わりだった。
水も食料も切り詰めて何とか全員に分ける――食料を作り出す魔法も唱えて空腹をしのいだ――路銀は尽きていた。
レハーラ達は金を持って戦いの場に来ていなかったのだ。
夜も三人一組で見張りに立つ――コールドゥは万一悪魔が暴走した時に備えて神聖魔法を使えるミアとペアを組んだ。
道中ミアの治癒魔法で病人を癒したりもしたが、貧しい農村では払えるものも限度が有った。
残りの日程でゲルグの襲撃が有る筈との王女達の読みは外れた――拍子抜けするほど簡単に魔都に辿り着いた――。
レハーラの死から二日後の朝――そびえたつ魔力の黒い城壁を王女達は睨み付けるような目で見た――敵の本拠地に乗り込む、緊張が身体を包んだ。
「いよいよ決戦ね――」王女が皆を見渡して宣言する。
――その言葉に全員が頷いた――。
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