最終魔道兵器発動
「消せ――コールドゥ諸共。全ての証拠を残らずだ。欠片も残すな」
傍らには幼女神エリシャとその
事の成り行きに驚愕していたエリシャはガーファルコンに身体を寄せている――これ以上裏切られない事を祈るかの様に。
コールドゥの仇を討つべくこちらに迫っていた王女アナスタシア達をウツロの街――君主国ではヴェルメインと呼ばれていた――におびき寄せ、破滅させる計画は失敗した。
邪黒龍が秩序機構非主流派の女魔術師レハーラに通じていた事も予想外だった。
ガーファルコンに手を出す事は出来なかった――エリシャ女神の庇護下に有るものを傷つければそれは身の破滅だ。
ウツロに有った黒の塔でコールドゥが蘇ったのも予測し難い事だった。
君主国の軍権は魔導帝とその双子の兄――ゲルグは兄についていた――が握っている。
最終兵器を起動させることが出来たのは救いだ。
コールドゥに絶対的な止めを刺せるかは分からない――しかしやらなければ孫に命を狙われるだけでなく違法な人体実験の証拠を残すことになる。
レハーラによってカビ悪魔が制御できなくなった今、自らに不利になるものは出来るだけ消す必要が有った。
「魔道兵器作動迄後四分ノ一刻――出力最大」魔道兵器に付随している制御用人工精霊の声が響く。
国家守護神オーディンの思し召しが有りますよう――ゲルグは思わず神に祈った、子供の頃以来祈った事無い神に。
エリシャはまるで子供の様に無力だ――この場では当てにできない。
コールドゥの母と姉を今から拉致するのは時間が無い。
この場を凌がれたら懐はがら空きだ。
最終兵器発動を見守るしかできない自分に苛立ちすら覚えながらゲルグは一秒でも早くケリがつく様願っていた。
* * *
「もう貴方の言いなりに人を傷つけるのは御免よ――」ダークランドの一角にある住居で、元大日本帝国特務少尉、転生者無口蓮はかつての情婦から信じられない言葉を聞いた。
「俺様の命令が聞けないのか――」転生者は情婦――金髪の人間族だった――に詰め寄る。
魅了の魔法無しでも良い思いはさせてやった筈だ。
「貴方は自分のしてきたことが分かってない。私は貴方の玩具じゃない。魔法で操られていたとはいえ自分のしでかした事は反吐が出るわ」
幼女神の加護が無くなったからか、魅了の魔法が以前ほどの力を発揮しない。
痛覚無視と不死身は辛うじて効力を保っているが、いつ無くなるかも知れなかった。
「言う事を聞かなければお前も家族も――」腰に吊った日本刀に手を掛ける。
「脅せば自分の言う事を聞くと思っている、そういう所にうんざりしたのよ」女は続ける。
「『力で正義を変える事は出来ない』貴方が良く言っていた言葉だったわね。その台詞をそっくり返させて貰うわ。私は貴方に従わない、家族を殺されても。自分が死ぬ事になろうとも。もうあんな殺しをするのはうんざり。正義を欠片も持ち合わせていないのは無口蓮、貴方の方よ」
「黙れ――!」転生者は刀を抜きしなに女の首筋に突き付けた。
女は微動だにせず恐怖を微塵も見せない。
転生者は気圧された――顔には出さなかったが。
「何がどうあろうともお前を連れて行くぞ、阿婆擦れが」
女は刀を右手で掴んだ――指から血が零れ落ちる。
何をする気だ――転生者は動転した。
「さようなら」女は厳しい表情をやわらげ微笑む――自ら刀を喉に突き立てた。
信じられない事だった――自殺すれば蘇生魔法も効かないのだ。
「そこまで俺を――?」転生者はめまいを覚えた。
「何故だ――何故」どうしてそこまで自分を拒むのか。
転生者はふらふらと表に出た。
都市のそばの村落だった――血の付いた刀を見て村人達は家に逃げ帰る。
穴が開いただけの窓から転生者を見て恐怖に満ちた視線を向けてきた。
ぽつぽつと雨が降り出した――すぐに雨足は強まる。
「何故――」転生者無口蓮は雨の中立ちすくむ事しかできなかった。
* * *
一方エセルナート王国王女アナスタシア達と蘇った“憎悪の戦方士”コールドゥは呪われた街ウツロから脱出する事を諦め、黒の塔の魔術結界を増幅して“サリシャガンの虎”の破壊の魔力を凌ぐ算段を立てていた。
黒の塔を造った魔術師は自らの魂を塔――正確にはその最奥のブラックオニキスと一体化する事で不死と化していた――塔が破壊されれば死ぬ事を意味している。
当然、魔術師は結界を最大限に強くするという王女達の提案に乗った。
黒の塔の宝物庫に有った魔石を魔法陣の要所に置き、魔法を使える者全員の魔力を込め、魔法の品物を魔素に還元して物理的な結界――魔力の籠った金属の半球体を造り、攻撃に備えた。
結界を張り終わった後も攻撃迄は間が有る様だった――沈黙の中、王女が口を開く。
「コールドゥ。貴方は大丈夫なの?――長い間死んでいて、今、どうなの?」
コールドゥは王女を見て、自分を見つめる他の者達を見て、最後にブラックオニキスを見て、その問いに答えた。
「大丈夫だとも言えるし、そうでないとも言える」
「一体どっちなの――?」王女付護衛騎士カレンも囁く様に尋ねてくる。
「大丈夫なのは以前の俺と同じだという意味だ――変わった部分も有るが。無事じゃないのは、安らぎを知ってしまった事だ」
「邪黒龍グレーニウスを倒したのを見る限り、もう戦えないって訳じゃなさそうだけど」
「確かに憎しみは残っている――邪黒龍が許せなかったのもそうだ」
「何を見たの?向こうで」
「父さんと兄さんがいた――悪魔に身体を壊される前の。穏やかだった――だけど俺の戦いは終わってなかったんだ。それを突き付けられた事が――辛かった」コールドゥは下を向いた。
「ゲルグは倒さないといけない。そうしなければ俺や父さんみたいな被害を受ける者がさらに増えるだろう――個人的な恨みが無くなってもそれは変わらない」
「ゲルグへの憎しみは消えたの?」
コールドゥは頭を振った。
「そう――」王女は情心を湛えた目でコールドゥを見た。
沈黙が周囲を覆う――正にその時に凄まじい地響きが轟いた。
魔道兵器の破壊魔法がウツロの内部で炸裂したのだ。
大地震のような揺れが王女達を襲った。
結界金属に重い何かが当たったような音がした――反響が鐘の中の様に響く。
押し殺した悲鳴が女魔術師マーヤの口から洩れる。
長い時間に思えた――しかし、実際は五分と揺れていなかった。
「マーヤ、外の様子を探って」揺れが収まり、灯りの魔法が皆を照らす中、王女が指示を出す。
「魔道兵器は何度も連続しては使えない。一回使えば再起動に二刻は掛かる。魔法の持続時間も四、五分が限度だ」
「塔は何とか無事みたいですわ――外は――石造りの建物は幾つか残ってます。けど、時計塔は完全に破壊されてます――酷い有様。一面焼け野原みたい」
「外に出ても大丈夫そう?」
「多分――大丈夫だと思いますわ」
「再度魔道兵器を使うかもしれない。一旦街の外に出てウツロを離れましょう。黒の塔の魔術師――助けてくれた事には礼を言うわ。けど、何故イルマ王女を救わなかったの?」王女の言葉は恨み節になった。
「私にはどうする事も出来なかった――邪黒龍とその仲間達は私にも止められなかった」
「コールドゥを蘇らせる事が出来たのなら、イルマ様だって――」カレンが追及する。
「かつての私なら出来たかもしれない。今の私には――。そこの男が蘇った事だって救世主ガーファルコンの犠牲が有ってこそだ」
「こんな結末を認めろって言うの――」王女とカレンは溜息をついた。
「レハーラもどうにかしないと」
「そういえば馬車は――外に置きっ放しだったんじゃ」ドワーフの女戦士シーラの言葉に王女達は失念していた事に気付き、うろたえた。
マーヤが確認する――馬車は馬も殆どの荷物も消滅していた。
路銀も食料も消えた。
強大な魔力を持った魔法の品物が幾つか残っただけで、後は身一つになってしまった。
ウツロの街は完全に破壊され生存者は居ない様に思われた。
王女達は結界を解いて塔から降り始めた――塔の所々が破れている。
穴の開いているところに金色の光が集まり、石材を修復していた。
ウツロの街は夜空だけが同じだった、後は惨憺たる有様だ――馬車の残骸から使えそうな品物を回収し死んだ馬達に黙とうを捧げると、街の北門へ向けて歩き出す。
だだっ広い荒野と化した街の城壁――破壊魔法を強める結界として使われたのだ――は街に面した側が磨かれた黒曜石の様になっていた――の門から外に出た。
外も夜空だった――ウツロの中とは違っていたが――流星が降った。
一つ、二つ、散っていった命みたいだ――王女は思った。
「天が泣いているみたい」カレンが王女の思いを代弁する。
「本当に泣いているのかも知れないわ」王女は恋人に答えた。
北門から延びる街道を王女達は進んだ。
「カビ悪魔の標本は持ってきたわね」王女の言葉に神官ミアが応じる。
「大丈夫です。結界で閉じ込めて指輪に封印してます」
「もう少し歩いたら休憩にしましょう――今夜はもう休まないと。良いですね、姫様」カレンが全員を見渡して提案した。
魔法で破壊され尽くしたウツロの街とはまるで違った様相だ。
草木が生い茂り、川沿いの丘陵の重なる中を王女達は半刻ほど進んだ。
もう大丈夫だろうという所まで歩くと、王女達は簡易な結界――寒さを凌ぎ、魔物の接近を知らせる――を張り、集めた枯れ草と木に火をつけ、交代で横になった。
朝まで二刻ほどだった――十分な睡眠とは言えなかったが、取り敢えずの疲れは取れた――街道沿いにある村落に向かえば、食料等を手に入れられるだろう。
夜明けと同時に起きた王女達は晴れた空の下を歩きながら気を紛らわそうと会話を始めた――話題になったのはコールドゥの事だった。
レハーラが彼を愛していた事を知っていたのか、あの世からこちらの事は知る事が出来たのか、コールドゥに植え付けられた左手の悪魔は今でも心臓を食べさせねばならないのか、
「レハーラが俺を愛していたとは知らなかった」
「気付かなかっただけなんじゃない。キミは復讐に目が眩んでいたし」
「コールドゥは朴念仁だから。その鈍感さは罪よ」王女が厳しく言う。
「知っていて真正面から向き合っていればイルマ王女は死なずに済んだわ」王女アナスタシアは珍しく語気を強めた。
イルマの件はどうしようもなかった事を認められなかった。
女性陣は――コールドゥ以外は全員女性だったのだが――コールドゥを責めた。
コールドゥは両手を上げて降参のポーズを取った。
「だが俺はレハーラを恋愛の対象として見た事は無い。他の女もだが。それに俺が復活したのをレハーラが知っているなら今頃目の前に現れてもおかしくない筈だ」
「縁起でもない事を言わないで――」
「でも確かに変ですわ――あれ程執着していた想い人が生き返ったなら直ぐに飛んできそうなものですけど」マーヤも納得しかねているようだった。
「何か理由が有るんでしょう――ゲルグも敵に回しているようだし。邪黒龍グレーニウスも敗北。動きたくても動けないのかもしれない」勇者の末裔マキが推測した。
「備えておくに越した事は無いでしょうけど」
ホークウィンドが初秋の丘の上に上って近くの村までの道を見つけた。
「街道の先に煙が見えるよ――恐らく集落が有る」
王女達は昼過ぎに集落に辿り着いた。
村に余った馬は無く、今後も歩きを主体に旅しなければならなかった。
この先の集落に馬がいたとして、恐らく全員が乗れる分は確保できないだろう。
「ウツロで何が有ったんですか――旅のお方。ここらでも怪しげな光と地震が有りました」村人が恐る恐る聞いて来る。
「災厄――としか言えないわ。ウツロは壊滅状態よ。私達以外に生き残った人は居ないかも知れない」王女は事実だけを簡潔に伝えた。
「夕暮れまでに着ける村は有る?」
「いいえ。今晩は泊っていかれた方がよろしいでしょう」
王女達はその言葉に従う事にした。
宿屋の料金は無事だった宝石で払う。
魔都まで徒歩であと十日程の道のりだ――最終決戦は近づいていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます