三つ巴、或いはそれに限りなく近い連戦

「大人しく我が元へ帰ってこい。不肖の娘よ――」女魔術師マーヤの父、アッパーヴィレッジ伯爵が言い放った。


「……お父様……」マーヤは横に首を振る。


 その時最後尾に居たドワーフの女戦士シーラが戦斧を後ろに振った。


 ごきりという鈍い音が響く、後ろからパーティを不意打ちしようとしていた細い人影が炎状刃細身剣フランベルジュレイピアを握りしめたまま倒れ込んだ――ダークエルフの暗殺者アサシンだ。


 菌糸を生やした怪物モンスターが後ろに続いている――前の方にも菌糸を生やした冒険者一行がいつの間にか現われていた。


「ディスティ=ティール殿。我が娘だけは」


「分かっておりますとも。アッパーヴィレッジ伯」魔導専制君主国フェングラースの国際謀略組織、秩序機構オーダーオーガナイゼーションの最年少幹部、ティールが頷く。


「まんまと罠にかかりましたな、王女アナスタシアとその一行」その声は余裕綽々だ。


「大人しくついてくれば悪い様には致しませぬ」


「信用できないわ――人質になれと言われているのと同じじゃない」エルフの女魔法戦士サムライキョーカが二人を睨んだ。


 周りを囲まれている――王女達は防御円陣を組んだ。


「この菌糸は――何の魔法なの?」王女が詰問する。


「我々秩序機構の研究成果。人を生かしたまま操る究極の兵器。カビ悪魔に寄生されたものども」


 秘密を明かしたという事は無事に返すつもりは無いという意思の表れだ。


 カビ悪魔に操られた――正確には悪魔を介してアッパーヴィレッジ伯の意思に支配された冒険者一行が襲ってくる――マキとキョーカがその攻撃を食い止めた。


 マキは片手半剣バスタードソードの一撃で冒険者の二人を叩き切る。


 キョーカも日本刀、天叢雲獅子堂あまのむらくもししどうで一人を唐竹割にした。


 アッパーヴィレッジ伯もティールもこれには驚いた様だった。


 まさかここまで腕が立つとは思ってなかった様だ。


「アッパーヴィレッジの汚名はアッパーヴィレッジが雪ぎますわ――父上、覚悟は宜しいですわね」マーヤが魔法を唱え始める。


「後ろはアタイ達に任せな――王女様、援護を」シーラが凄みのある笑みを浮かべた。


 シーラは伯爵達に背を向けて、迫ってくるオーガを肩口から真っ二つにした。


 アッパーヴィレッジ伯は重力魔法を唱えた――傷つけずに全員を捕縛できる最大威力の魔法だった。


 王女達は全員対抗魔法を唱えなくても大丈夫だと判断した――しかし、信じられない重量が王女達を襲った。


 ティールだ。ティールが伯爵に魔力を貸し与えて倍を超える強さで魔法を唱えさせたのだ。


 更に魔都マギスパイトに顕現していた幼女神エリシャも魔力を与えていた――龍族ですら対抗できない強度の魔法だった。


〝しまった――〟王女達は判断が甘かった事を呪った。


 アッパーヴィレッジ伯とティールが薄笑いを浮かべて近づいてくる――。


 ティールは一人ずつ掌をナイフで切り裂くと、フラスコの中に入ったカビ悪魔の菌糸を植え付けていく。


〝もう、駄目かも――〟手を切り裂かれる激痛と悪魔を植え付けられた事に王女達は絶望を覚えた。


「実にいい気分だ――娘を掠奪した馬の骨に吠え面をかかせるのはな」


「ボクは実の娘に欲望を向けた事を怒ってるんじゃない――好いた女性を手に入れる為なら何をしても良い――キミのその考え方に怒ってるんだ」悪魔が侵食する激痛に耐えながらホークウィンドは言った。


「何を言っても敗者の戯言よ。これからずっと我らが奴隷として仕えると良い」


 ホークウィンドは何とか状況を脱せないか必死に頭を回転させた――しかし妙案は無かった。


 だが、信じられないところから救いは現われたのだった。


「大丈夫です――心配はいりません」まるで最初からいたかのように、白い法衣に白装束、白銀の髪に薄氷色の瞳の平均より少し背の高いエルフの青年が立っていた。


 *   *   *


 魔都で状況を見守っていた秩序機構オーダーオーガナイゼーション総裁ゲルグは己の目を疑った。


 傍らに居た幼女神エリシャも信じられないと言う様子で大きく目を開けて両手で同様に一杯に開いた口を押さえている。


 エリシャの脇には白エルフの巫術師シャーマンにして救世主メシアガーファルコンが居る――ウツロに居る筈は無かった。


 彼を差し出す事でゲルグは己の命を保ったのだ。


 使い魔の白隼と白狼がそれぞれガーファルコンの肩と足元に居る。


 ゲルグは思わずガーファルコンの閉じられた瞳を見た。


 間違いなくここに居るガーファルコンは本物だ――とすればウツロに居るのは複製人形ドッペルゲンガーか悪魔か何かが変身したものだとしか考えられない。


 幻覚魔法の可能性だってある――ゲルグは必死に自分を落ち着かせる。


 だがゲルグの第六感がそうでは無いと告げていた。


複数同時存在マルチロケーション……」エリシャが呆然と呟く。


 超能力者などが二か所やそれ以上の場所に同時に現れる事が有る――その能力を持つ者は救世主でも稀だ。


「――ガーファルコン、止めろ。王女達に味方するな」我に返ったゲルグは必死に説得を始める。


「貴方の命令を受ける義理は無い――エリシャ女神でさえ私に命令する事は出来ない」


「エリシャ女神――ガーファルコン殿をお止めください――」ゲルグは恥を捨てて懇願した。


 幼女神エリシャは余りの驚きに事態を見守る事しかできなかった。


 その間にもガーファルコンは王女達を伯爵の魔法から解き放っていく。


 王女達の身体から菌糸が弾き出される。


「ティール。爆裂魔法を使え」切羽詰まったゲルグが必死に呼び掛ける。


「駄目です――距離が近すぎる」


 アッパーヴィレッジ伯が雷撃の呪文をガーファルコンに掛ける――魔法はあっさりと弾かれた。


「ここまで、ですね」続けて響いた女性の声にゲルグは更に愕然とした。


 カビ悪魔の事など知る筈も無い女だった。


「もう少し粘るかと思いましたが、救世主が来たのでは流石に――」


「レハーラ、貴様裏切る気か――」大陸南端の王国連合に潜り込ませていた女部下が何故北辺に近いダークランドのウツロの出来事に干渉できるのか――ゲルグですら想像していない事態だった。


「恨むなら実の孫に手をかけた事を恨むのですね。貴方の行いは神が許しても私が赦さない。ウツロの手下と悪事の証拠は全て私が貰い受ける――首を洗って待っているといい」


「何だと」ゲルグは配下を送り込もうとして、黒の塔には転移魔法で入れない事を思い出す。


「取り敢えずごきげんよう。秩序機構総裁ゲルグ=アッカム」


 ゲルグは己が無力な事に歯噛みした――。


 *   *   *


 ティールは転移魔法で逃げた――入る事は出来ないが出る事は出来るのだ。


 ウツロの町で拠点にしていた廃屋に跳ぶと、転移魔法陣で一気にマギスパイトまで逃げた。


 アッパーヴィレッジ伯爵は間に合わなかった。


 魔法を唱える為の変性意識状態になれない魔法をかけられたのだ。


 その魔法を唱えたのはマーヤだった。


「沈黙の魔法では贖罪の言葉も聞けませんものね」


 伯爵は抵抗しようとしたがホークウィンドに後ろ手に縛られた。


「私も貴族の端くれだ――命乞いはしない」


「見上げた態度だと言いたいけど――マーヤ、どうするの? 貴女の思うようにするといいわ」アナスタシア王女が言った。


 ガーファルコンはその様子を黙って見ている。


「目には目をと言いたい所です――でも私に何もできなくなる呪いを掛けるくらいに留めておきますわ。救世主様の目の前で余り残酷な仕置は出来ません」


「ガーファルコン、貴方を呼んでいる人が居るの――行って貰えないかしら」王女が懇願する。


「アナスタシア王女、貴女の願いを聞き届ける事は出来ます。女海賊アザレルでしょう。しかし今行く事は無理です。ソーコルの街に残した家族の元にも戻らないと」


「レハーラとかいう女性の事で? 彼女は一体何を望んでいるの」


「一つは秩序機構主流派を殲滅する事。もう一つは――貴女を殺す事です」


「え?」王女とカレンは信じられないといった声を出した。


「その通り――」獣の様な吠え声が響く。


 ティールの居た場所の後ろ壁が割れて空間が広がる――黒の塔の最深奥だった。


 扉が開いた――中から巨大な黒い影が現れる。


 腕が伸びてきてアッパーヴィレッジ伯を掴んだ――そのまま悲鳴を上げる伯爵を大きな口に放り込んで咀嚼する。


「お父様!」マーヤが叫ぶ。


「邪黒龍グレーニウス……!」


「ティール達は俺達が黒の塔に忍び込んでいる事にすら気付かなかった――レハーラは大した奴だ」光の当たるウロコすらも黒い龍だ。


「カビ悪魔は俺が頂く――この世界を破滅させる為にな」


「王女アナスタシア=トレヴァヴナ=エリストラトヴァ=エセルナートとその女護衛騎士カレン=ファルカンソス。死にたくなければ大人しく我が物になれ――転生者無口蓮に渡すにはお前達は余りに惜しい。他の女共も降参するなら悪いようにはせんぞ」


「転生者まで来ているのかい――やれやれだね」ホークウィンドが大袈裟に肩をすくめた。


「こっちには救世主が居るんだ――何か勘違いしてるんじゃないか」ドワーフの女戦士シーラが戦斧を構えて邪黒龍を真っ向から睨み付ける。


「龍の王国ヴェンタドールの勇者セトル一族に伝わるドラゴンスレイヤー〝ジャスティスブレイド〟を持たないお前達に俺が負けるとでも――勘違いしているのはそっちだろう。セトルの名を継げない身で俺と戦う事になった不幸を嘆くのだな、マキ=ライアン=ミドルリバー」


「読心術――私の家系を知ったの」仲間にも教えていなかった秘密を暴かれたマキは、愕然とするよりも羞恥に近い感覚を覚えた。


「傍流故にセトルを継げない――それで家の名誉のために〝狂王の試練場〟に挑むことにしたのか――泣かせる話だ」


 マキの顔に見る間に怒りが宿っていく。


「落ち着いて、マキ――バラバラに挑めば邪黒龍の思う壺よ」エルフの魔法戦士サムライキョーカがマキをなだめる。


「さっきからカビ悪魔に取り付かれた怪物が襲ってこない――どうして」女神官ミアは冷静に状況を見ていた。


「人間如きに助太刀を頼んだとあれば龍族の恥だからな――せいぜい俺を楽しませろ」言いしなにグレーニウスは酸のブレスを吐きかけてきた。


 ミアは結界を張る――際どい所で酸は防がれた。


 飛び散った酸が煙を上げて床石や壁石を腐食する。


 実力差は歴然としている――救世主ガーファルコンの力がどこまで通用するかが勝敗を分ける――誰もがそう思った。


「私には彼を攻撃する手段は有りません。出来る事は――」ガーファルコンが結界から出る。


「アナスタシア王女、貴女はこれから辛い選択をしなければなりません。全知全能の女神リェサニエルが貴女を祝福なさるよう」


「いけない! 戻って、ガーファルコン!」王女が叫ぶ。


 ガーファルコンの身体が光を発して邪黒龍へと飛んだ。


 龍は酸を吹き掛ける――しかし光の勢いは止まらなかった。


 邪黒龍の身体が打ち砕かれた――同時に救世主の身体も砕け散る。


 邪黒龍が轟音を立てて倒れ伏した。


「ガーファルコン……」皆が呆然となった。


 暫し沈黙が落ちた。


 砕け散った邪黒龍の身体が震え出すのを王女は見た。


「――まこと恐るべきは救世主ガーファルコン。この俺を殺しかけるとは」響いた声に王女達は愕然とした――邪黒龍グレーニウスは死んでいなかったのだ。


「そんな――」王女達は恐怖と絶望に包まれた。

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