呪われた街ウツロ—―“幸せの地”ヴェルメインと改名された都市で
エセルナート王国王女アナスタシアと彼女を警護する一行は魔導専制君主国首都魔都マギスパイトに向けて出発した。
王国の軍偵忍者ライオーとその相棒――かつて魔術神オーディンとして崇められた隻眼の老魔術師ラルフ=ガレル=ガーザーの二人は先行して魔都に入っていた。
王女達は魔都に向かう途中、国際謀略組織、
* * *
「助けて――」人間の四分の一程の背丈――
「ウツロが滅ぼされそうなの――街は既に悪魔に乗っ取られたわ」
妖精は身体に傷を負っていた――ミアが治癒魔法を掛ける。
「魔法使いの呪いで太陽が昇らなくなったと言われる〝呪われた街〟の――秩序機構の仕業かい?」
「分からないわ――少し前に黒い龍が街の上を飛んで、キラキラ光る埃を撒いていった――それから街の住人が少しずつおかしくなっていったの」
「どんな風に?」王女付女護衛騎士カレンも尋ねた。
「いつもは何も変わらないの――ただ真夜中になると住人が一斉に街外れに有る〝黒の塔〟に向かって祈り出すの――中には祈りながら自ら命を絶つ人もいるわ」
「でもどうしてアタイ達に――? 君主国の植民都市なんだろ、マギスパイトに助けを求めればいいじゃないか」ドワーフの女戦士シーラが疑問を口にする。
「求めたわよ――でも全く取り合ってくれない。吸血邪神チャウグナル=ファウグンを斃した冒険者でしょう。頼れるのは貴女達しかいないの」
「どうします。王女様――余計な時間を取られる事になるかもしれませんよ」エルフの
「〝祈りを捧げている〟――そう言いましたわね」女魔術師マーヤが妖精に訊いた。
「そう、そうなの」
「思っているより事態は深刻かもしれないですわ――王女様」
「どういう事?」王女が怪訝な顔をする。
「単なる祈りではなく、その人の生命力を差し出させている可能性が有ります――魔法を強力なものにする時とかに使われる術ですわ。放っておけばウツロは破滅するかもしれないです。秩序機構と関係なく、魔族が跋扈しているのかもしれませんわ」
「でも、罠の可能性も有るんじゃないの」女勇者マキが口を挟む。
「街を破滅から救えるならそうしないといけません――創造神カドルトならそうおっしゃいます」女神官ミアが反論した。
全員が王女を見る。
王女は素早く考えをまとめた。
「行ってみましょう――もしかすると秩序機構が関与しているのかもしれない。そうでなくても街が危機にあるなら救わなくては。コールドゥが生きていてもそうするでしょう」
王女がコールドゥの名を出した事にカレンはいい気はしなかった――姫様の心を奪われた、実際はそうでは無いのにそんな気がしてしまう。
単なる嫉妬だと分かっていても胸が苦しくなった。
「エセルナート王国アナスタシア王女と彼女を守るパーティは呪われた街ウツロを探索し、街に危機が迫っているならそれを防ぎます――良いですね、姫様」カレンは王女の手を握って宣言する。
妖精は安堵に包まれた――表情が緩くなる。
「ありがと――あああぁっ!」一行の前で飛翔していた妖精が突然悲鳴を上げた。
顔を手で覆って暴走したように飛び回る。
妖精の背中から光る菌糸が噴き出した。
「危ない!」カレンは王女を抱きかかえて伏せた――直後に妖精少女は爆裂魔法の様な光を発して爆発した。
菌糸が撒き散らされる。
「吸い込まないで下さい――悪魔の体組織ですわ!」マーヤが叫ぶ。
手で口を押えて一行は立ち上がる。
「先ずはこの場を離れましょう――ミア、妖精少女(あの娘)を蘇生させることは――」
ミアは首を振った、身体が四方八方に飛び散ったのだ――完全に蘇生は不可能だった。
一旦風上に逃れると一行はウツロに向かう街道へと向かった――妖精が辿ってきた道だ。
「あの娘の仇も取ってあげないとね。ウツロには伝説の黒メノウ――永遠の命と莫大な富を所有者にもたらすと言われるブラックオニキスが眠ってるって話だけど」ホークウィンドがウツロ、魔導専制君主国フェングラース語ではヴェルメイン――幸せの地の意味だ――と改名されていた――の言い伝えについて語った。
カレン達は馬車に乗っていた。
幌馬車ではなく、扉の付いた密閉式の車室と荷物入れを持つ大型馬車だった。
完全武装の人間が十人は乗れる――。
御者は主にカレンが務めていた。
馬車を引く馬は四頭の黒馬だ――馬車にも馬にも認識阻害の魔法が掛けられている。
馬も包む様にマーヤが結界を張る、目に見えない程極小の異物や毒の空気などから身を守る為だ。
一日一回、
浄化を唱えられるのはマーヤだけでなくキョーカとマキ、そして王女もだった。
ウツロまで二日――その間は何もなかった。
三日目――遠く真っ暗な半球状の黒い山の様なウツロの姿が見えた。
丘陵が折り重なる地形を左右にうねる古リルガミン時代の街道が走っている。
ウツロの歴史自体は最古の文明国リルガミン神聖帝国よりもっと古い――街外れに立つ〝黒の塔〟は古代の超魔法文明時代の代物だ。
思ったよりも早く、夕暮れ前にはウツロの城門に着いた――中は真っ黒な壁の様になっているが、エルフやドワーフの暗視能力なら見通すことが出来る。
有事の際は――そそり立つ魔法の光、真っ黒な光の壁、魔都マギスパイトを模して造られたものだ――が街を防御する――こちらは〝狂王の試練場〟の
城門は開きっ放しだった。
ここに来るまで会った郊外の村の住人達にも異常は無かった。
街に入る――城門の外は太陽が傾きかけた青空だったのに中は夜空が天を覆う――正に呪われた街だった。
認識阻害の魔法が効いているのだろうか――人々は普通に談笑し、市が立っていた――王女達を気にかける者は居ない。
「マーヤ、魔力検知の魔法をお願いできる?」王女が指示を出す。
魔法を唱えたマーヤは驚いた――結界の外全てが輝く。
「辺り一面魔力に覆われてますわ――何なの、これ――」
「表に出ない方が良いって事かい」シーラが唸る。
「でもどこかで外に出ないと――馬車ごと酒場に入るわけにもいかないわ」マキも困惑していた。
「ウツロの外と仲は行き来自在なのよね――余りやりたくないけど馬車を表に止めて野宿しますか、姫様?」カレンが提案した。
助けを求めてきて死んだ妖精少女の事は皆覚えていた。
身体に菌糸が入り込む可能性は否定できない。
「情報収集もしなければいけない――危険は有るけど結界を強くかけて表に出るしかないわ」王女達は覚悟を固めた。
王女達は街に入る前に完全武装していた。
王女アナスタシアは青と白と赤の装飾の
王女付護衛騎士カレンは深緋の稲妻〝スカーレットライトニング〟の赤い
ホークウィンドは鎖帷子を中に着込んだ黒い忍装束に苦無型の手裏剣。
キョーカは深緑色の東方風の意匠の板金鎧に日本刀、
マキは白の板金鎧に白い大盾、白い陣羽織に
シーラはそのグラマラスな肢体を黒と銀の板金鎧に包み、
ミアは白と青灰色の僧服に
マーヤは金糸を織り込んだ紫と黒の
夜の明けないウツロでは時間を知るのは街の中央に造られた時計塔か、魔法で時刻を調べるかしかない。
夕食時だった――王女達は中央通りから近い酒場に入る事にした。
街外れにそびえる〝黒の塔〟が見えた――そこからは殊更強い魔力が感じられる。
馬車に認識阻害の魔法をかけたまま、街路に降り立つ――ウツロは冒険者が多い――自分達もそう目立たないだろう。
空気を浄化して街に漂う魔力を発する菌糸――悪魔の体組織を吸い込まない様にする。
食事にも菌糸が入っている様子は無かった――それでも食べた後で浄化の魔法を全員が掛ける。
黒の塔に眠ると言われる秘宝の黒メノウはもう持ち去られたと言う者もいれば、一定の資格を示した者には今も与えられると言う者もいた。
黒の塔には入口は無く、塔を造った魔法領主の邸宅――今は廃墟になっていた――から地下を通って行く以外に道は無いという噂だった。
街の情報屋からこれまで塔に挑んだ冒険者の情報から作った地図を金貨百枚で買い取った。
まず真夜中に住民がどうなるかを見届け、今後の方針を決める――恐らくは黒の塔に異変の原因が有るだろうと推測は出来た。
果たして真夜中――王女達一行は神経にやすりをかけられたような感覚で目を覚ました。
街路中に住民が溢れていた――黒の塔に向かって手を突き出して呻き声とも悲鳴とも金切り声ともつかない声を上げている。
中には血を吐いて――同時に菌糸も口から零れる――絶命する者もいた。
住民の身体からは金色の菌糸が伸びている――菌糸が光り黒の塔へと光の球が飛んでいた。
「人の生命力を奪っているんですわ――一刻も早く黒の塔に行かないと」マーヤが指示を出す。
宿屋の受付に一泊分の銀貨を置くと王女達は武装し結界の魔法をかけて表に飛び出した。
馬車に乗り込み魔法使いの邸宅の廃墟へ向かう。
事前に仕入れた情報で黒の塔へは地下から入る以外の道が無いと聞いていた。
廃墟に乗り入れ、馬車から降りる――敷地の一角から一旦地下に潜り、黒の塔への入口へと急いだ。
途中、
地下六層から黒の塔に侵入する――怪物も〝狂王の試練場〟の最深部並みの強さになっていた。
無傷とはいかず、攻撃、支援、治癒魔法の為、魔力を消耗していく。
黒の塔は壁も床も黒い石で作られ、闇に溶け込むかの様だ。
地上六階が黒の塔最奥部だ――だが、そこへ立ちはだかったのは予想もつかない相手だった――。
「お父様――」マーヤの喉から牝鶏が首を捻られた様な声が出た。
紫の
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