秩序機構に仇なす者達――女魔術師レハーラ、邪黒龍グレーニウス、転生者無口蓮

 秩序機構オーダーオーガナイゼーションガランダリシャ王国連合派遣部隊指令レハーラ=ランクロスは転生者の無口蓮むぐちれん、そして邪黒龍グレーニウス、女海賊アザレル=リード、幼女神エリシャ、聖都リルガミンの“救世主”ダバルプスなど連絡の付く者全てに自分の味方になる様働きかけていた。


 全ては秩序機構主流派ゲルグ達と一戦交える為だ。


 魔導専制君主国フェングラース現魔導帝ゲネスにもゲルグの動きを報告していた――決定的な証拠を掴めばゲルグ排除――ゲルグは帝の双子の兄マクダフ派の重要な役職についていた――に動く筈だ。


 レハーラはダークランドにある呪われた街ウツロで機構がカビ悪魔による人間奴隷化実験を行う事を掴んでいた。


 ――それに横槍を入れてゲルグ達の目算を崩すつもりだった。


「――私達には他の道は無いわ――そうでしょう」彼女レハーラは魔導専制君主国の領事館近くの豪華な宿屋、君主国が借り上げていた――の一室で、最愛の人間――コールドゥ=ラグザエルを模して造った複製人形ドッペルゲンガー――人間と同じ血と肉と骨とを備えた、外見は完璧にコールドゥと変わらないそれだった――の顔のケロイドに触れながら口付けした。


 複製には本物と同じ知能は無い――レハーラの命令には従うが、自発的に彼女を愛してくれる訳ではない。


 何より彼女は複製等で満足していない――本物が死ぬ前から人形を造り自らの望みを満たしてきたが、一時的に満ち足りるその度に逆に虚しさが強まっていった。


 <憎悪>の神ラグズの神託を聞いて、コールドゥが蘇る事に一縷の望みを賭けていた。


 コールドゥの最期も看取っていた――あの状態から生き返る等到底信じられなかったが。


 転生者無口蓮をたきつける事は出来た――不始末をしでかさなければエセルナート王国王女アナスタシア達にもダメージを与えられるだろう――レハーラは王女に嫉妬していたのだ。


 コールドゥが心を許した唯一の女性――それだけでもレハーラは身を焦がす様な感情に包まれたが、不老不死ハイエルフの女忍者ホークウィンドやその仲間達の警護を突破して王女を傷つける事は出来ない事も理解していた。


 無口蓮に自らと配下の二人の魔術師を付けて、王国連合の王女イルマ=ディーダリシャを誘拐させる。


 イルマ王女はアナスタシア王女と関係を持ったとの情報を得ていた。


 王女アナスタシアの情の深さを逆手に取る――最悪、殺すだけでもアナスタシア達は塗炭の苦しみを味わう筈だ。


 レハーラは秩序機構総帥ゲルグも赦すつもりは無かった。


 コールドゥが憎悪に狂う元凶――ある意味王女アナスタシアよりも遥かに赦し難い敵だ。


 アナスタシアを餌にゲルグに近づくことも計画していた。


 邪黒龍グレーニウスはレハーラに力を貸すことを約束してくれた――額面通りには受け取れないかも知れないが。


 他の者達は様子見だった。


 レハーラが上手くやる様なら力を貸さない事も無い――その程度が限度だった。


 戦力ではゲルグに見劣りする。


 コールドゥの母と姉も庇護下に置きたい所だったがそれはあきらめざるを得なかった。


 先ずは王女アナスタシアだ――その為にも王国連合王女イルマを手中に収めなければいけない。


 今夜イルマは恋人の少女との逢瀬を楽しむ為に、王国連合首都ガランダルの貧民窟スラムに出向く筈だった――そこを強襲する。


 太陽は中天を遥かに過ぎていた――レハーラは法衣ローブをまとい浄化魔法を自らにかけると部下達を招集した。


“いよいよだな――”転生者と念話テレパシーで連絡を取る。


 レハーラは眉をしかめた――誘拐に成功すれば転生者が何を言い出すか分かっていたからだ。


 早めの夕食を摂ると転生者と合流した。


 更に一人、不敵な笑みを浮かべる辺りを圧する気を放つ長い黒髪、黒衣の長身の男がいる――邪黒龍グレーニウスが人の形を取って手助けに来たのだ。


 レハーラはこの男には敵わないだろうと直感した。


 転生者無口蓮には勝てるだろうが、グレーニウスは格が違う。


 転生者もグレーニウスの前では借りてきた猫の様だ。


 王女とその恋人に気付かれない様目的の娘達が居る長屋の周りを囲む――果たして夕闇に紛れる様に一頭立ての馬車がやってきた。


 長屋の裏口に停まると一人の少女が降り立つ――褐色の肌に碧い瞳、金髪に眼鏡――王国連合の王女、イルマ=ディーダリシャその人だ。


 傍目には男にしか見えない短い髪の少女が弾けるような笑顔でイルマを抱き締める。


 今晩の逢瀬の邪魔はしない――それがせめてもの情けだった。


 レハーラは二人が出会ったきっかけを知っていた。


 王女アナスタシアを見送りに来たイルマが彼女に渡されたペンダントを人込みで掏られた――掏ったのが今の恋人、その場で捕まえられたのだ――に情けをかけた事が出会いだった。


 彼女に一目惚れしたイルマが王城の地下牢で恩赦の代わりに自らを抱くよう求めたのだ。


 真っ当とは言い難い出会いだったが二人は幸せになった――王女付きの侍女の仕事を与えられる予定だったが、周囲がそれを許さず、結局彼女の実家に王女が通う形で愛を実らせることになった。


 王女には認識阻害の魔法が掛けられていたがレハーラには通用しなかった。


 一晩中長屋を見張っていたレハーラ達は中の様子を確認していた。


 転生者が下卑た笑みを浮かべ、二人の行為を覗き見ている。


 一方グレーニウスは皮肉に口元を歪めてその様子を眺めていた。


 夜が明け始め、イルマ王女が恋人の少女と出て来る。


 人目をはばかりながら口付けを交わす。


 イルマが馬車に乗ろうとした時、邪黒龍グレーニウスが動いた。


 魔法で御者――隠密として訓練を受けている手練れだった――の心臓を破裂させる。


 御者が下りてこないのを不審に思ったイルマはそのくずおれた身体を見て悲鳴を上げた――しかし音は全く聞こえない。


 レハーラの部下が沈黙場の魔法をかけていたのだ。


 転生者が縮地と呼ばれる歩法で一気に間を詰めるとイルマの鳩尾に一撃を食らわした――王女イルマは昏倒する。


 イルマに駆け寄った恋人もレハーラの昏睡魔法に眠らされた。


“人の楽しみを奪うなよ”転生者がレハーラに文句を言う。


“夜が明ける――言い争ってる時間は無いぞ”


“当然二人共連れて行くんだろ。お楽しみが増えるぜ”


“王女に自殺されでもしたら困る――抑止としてこいつも連れて行くべきだな”グレーニウスも転生者の意見に賛同した。


 レハーラは転移魔法を唱えた――証拠を発見されない様馬車もろとも王女達を街の外に運ぶ。


 部下達はここに留まって証拠を隠し、レハーラと無口蓮が呪われた街ウツロに向かう算段だった。


 ガランダルの城壁を遠くに臨む郊外で邪黒龍グレーニウスは龍の姿を取るとレハーラ達を背に乗せ――そのまま一気に大空に舞い上がった。


 飛竜ワイバーンに勝るとも劣らない速度でグレーニウスは北へと翔ける。


 陽が中天を超える頃にはガランダリシャ王国連合とリルガミン神聖帝国の国境、標高三千メートルを超える異界山脈を飛び越え帝国の領内に入った。


 レハーラ達は結界を張って風を防ぎ気温を一定に保っていた。


 夕暮れ時には帝国と敵対するエセルナート王国との国境まで迫っていた。


 邪黒龍グレーニウスは夜闇でも目が効いたが人間達は睡眠をとらなければいけない。


 昼食は携帯食料と水で済ませていたが夕食は暖かいものを摂りたい――誘拐した王女達にも食事を与える必要が有る。


 レハーラと転生者無口蓮、王女イルマとその恋人、この四人が邪黒龍グレーニウスの背に乗って飛んでいた。


 人里離れた森の空き地にグレーニウスは舞い降りた。


 着地と同時に昏睡魔法が切れる――王女達はそのうち目を覚ますだろう。


「こいつらは好きにしても良いだろう――どの道助けるつもりは無いんだろうからな」転生者の顔に飢えた狼めいた笑みが浮かぶのを見たレハーラは嫌悪の念を抱いた――しかし一かけらも表情には出さない。


「アナスタシア王女達の恨みを買いたいならそうすればいい」邪黒龍は事の成り行きを見守る以上の事はしない――イルマとその恋人の運命は決まった。


 転生者は二人を魔法で拘束すると気付け薬を嗅がせる――二人が呻いた。


 イルマ王女は無意識に眼鏡をかけ直す、そして自分が狼藉にあった事を思い出した。


「ごきげんよう。ガランダリシャ王国連合王女イルマとその恋人」転生者が岩に腰掛けて二人を見下す。


「無礼でしょう――私達が何をしたっていうの」王女が食って掛かった。


 転生者無口蓮は指を鳴らす、とたんに雷に打たれた様な激痛が彼女を襲った。


「お前らは俺達の奴隷だ――誰が御主人様か教育してやるからそのつもりでいろ」


 そう言うと無口蓮は王女の恋人の服を引きむしった。


「止めなさい――止めて!」恋人が蹂躙される様を見て王女が必死に叫ぶ。


「私はいい――王女様を汚すのだけは――」言いかけた恋人の頬を転生者が張った。


「ならどうすればいいか――言わなくても分かるよな」


「王女様に乱暴するなら――王国連合を敵に回すことになるのよ」


「それがどうした。大人しくお前が犯られれば王女の事は考えてやる――これでいいか?」


 転生者無口蓮は王女に見せつける様に恋人を犯した――王女の制止の悲鳴を楽しみながら。


 たっぷり半刻ほども恋人を嬲った後、無口蓮は涙に濡れた顔の王女の唇を奪った。


「待て――話が違う!」乱暴に半ば意識を失っていた恋人が声を張り上げる。


「考えてやるとは言った――凌辱しないとは言ってない」勝ち誇った顔で無口蓮が嗤う。


「止めて――嫌!」制止の声を無視して、無口蓮はイルマに己の男性を突き立てた。


 王女が破瓜の悲鳴を上げた――処女を守るのは他国に嫁ぐのであれば当たり前の事だ。


 この阿婆擦れの処女を奪ってやった――イルマの秘所から零れ出た血を見て無口蓮は快哉を叫んだ。


 王女の悲鳴も心地良い――無口蓮はすぐに果てた。


「これから毎晩可愛がってやる――喜べ、阿婆擦れ共」無口蓮はそう吐き捨てるとレハーラが作っていた夕食を摂りに向かった。


「王女様――」拘束魔法が切れた――駆け付けた恋人は放心状態の王女の服と自分の服とを整える。


「水を頂戴――」恋人が誘拐犯達に懇願した。


「食べなさい」レハーラが木皿に入ったスープと黒パンを持ってきた。


 中にカビ悪魔が仕込んであることは言わずに――レハーラは弱々しく食事を取る王女と恋人の目を覗き込んだ。


 たちまち二人は自我を破壊された――脳髄をカビ悪魔に浸食され、レハーラの意のままに操られる奴隷と化したのだ。


“勝手な言い草でしょうけれど、あのまま屈辱の中に生きるよりマシだったと思わせて――”レハーラは心の中で呟く――二人に罪悪感を感じていた。


 罪悪感を感じる位なら始めからやらなければよい、それは分かっていたが他の手段を見つけることが出来ないのも事実だ。


「明後日には呪われた街ウツロに入る――フェングラース語で“幸せの地”――ヴェルメイン――と改名された街だったな」邪黒龍グレーニウスが狩ってきた野牛――怯えて悲鳴を上げていた――を一飲みにしてレハーラ達に語りかける。


「秩序機構相手に一戦構えるわけだ――最愛の人を取り戻す為に、主に弓引く気分はどうだ」


「軽口はもういいわ」レハーラはわざと気が無さそうに返答した。


「王女アナスタシア達をおびき寄せる餌にするわ――ウツロ近郊の知的生物にそれとなく機構の企みを知らせて」


「もう済んでいる――王女達は機構の実験開始とほぼ同時にウツロに入るだろう。その前に俺達がウツロで手ぐすね引いて待ち構える訳だ」グレーニウスは楽しそうだった。


 秩序機構の謀略を利用して王女達と機構への打撃を同時に行う。


 ウツロで行われる集団洗脳――おおよその計画は掴んでいた。


 ――予想通りに事が進めば、レハーラの望み――機構総帥ゲルグへの復讐は成功する筈だった――。

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