女魔術師 レディ=マーヤ=アッパーヴィレッジ

 不老不死ハイエルフの女忍者ホークウィンドのパーティに最後に加わったのが女魔術師レディ=マーヤ=アッパーヴィレッジ——大陸北西に浮かぶ白亜の島アーヴィオンの伯爵家の箱入り娘だった。


 魔術貴族の家系に生まれた彼女は魔術に天才的な才能を示し、物心ついてすぐに初級とはいえ幾つかの魔法を覚えたのだ。


 父親はマーヤを溺愛していた——結果、彼女は殆ど自由が無い暮らしを送る羽目になった。


 何処に行くにしても侍女か両親が同行する事を求められたのだ。


“狂王の試練場”の噂を聞いて腕試しをしたいと思ったマーヤは両親の監視付きで試練場の有るエセルナート王国に一カ月逗留する事を許された。


 マーヤが十三になって一月ほどたった時の事だ。


 そんな彼女が王国首都トレボグラード城塞都市で最初に参加したのがホークウィンドのパーティだった。


 女性だけの冒険者一行パーティだというのが——悪い虫はつかないだろうと思われたのだ——両親の眼鏡にかなった。


 顔合わせでホークウィンドを初めて見た時、マーヤは胸が締め付けられるような、息苦しい感覚に戸惑った。


 エルフを見た事は有ったが、こんな風になった事は初めてだ。


 ホークウィンドの中性的な美貌——だが、その美しさに見惚れる以上の切ない気持ちになった。


 ホークウィンド達が帰った後も“狂王”トレボーの城に与えられた部屋でマーヤは侍女達に付きまとわれられながら悶々とした気持ちを持て余していた。


「そろそろ寝ますわ——貴女達も部屋に戻って良いですわよ」侍女たちは一礼すると隣の控え部屋に戻った。


 気持ちが昂って眠れない時はいつもしている事を思い出す。


 普段する時は特定の誰かを思い浮かべる事は無かった——だけど今日は違う。


“私、どうしたの——?”目を閉じても思い出されるのは彼女の顔だった。


 それだけで神経を直に触れられた様な感じになる。


“マーヤ”想像のホークウィンドが自分に迫ってくる。


 女エルフが自分に口付けしている――そんな妄想を抱いてしまった。


 自分の身体が自分のものでは無いかの様に勝手に指先が大切な所に触れる——そこは既に濡れていた。


 左手で双丘の右側を揉んだ——マーヤの細身の身体には不釣合いなほど大きな胸だ。


 マーヤはそれが嫌いだった——兄弟姉妹や遊びに行った貴族の子女にいつもからかわれた——羨ましいと言ってくれる女性も居たが嬉しいと思った事は無かった。


 あの人は私の胸を見てどう思ったんだろう——そんな事を考えてしまう。


 奇形みたいだと嫌うだろうか、魅力的だと褒めてくれるだろうか。


“マーヤの胸。綺麗だよ”妄想の中のホークウィンドが自分の劣等感を癒してくれる。


「ホークウィンド様」独り言だと分かっていても、その声は自分を慰めた。


 シーツを噛んで声を抑えた——指が勝手に動くのを止められない。


 そのまま果てた——高みから急に奈落の底に落ちていくような感覚におののく。


 一回だけでは足りず、何度も自らを慰めた。


 毎回思い浮かべたのはホークウィンドの腕の中で悶える自分だった。


 自分がホークウィンドを絶頂に悶えさせる妄想さえした。


 こんな劣情を抱く自分は汚れている——そんな自己嫌悪に陥った。


 次にホークウィンドに会う時――それは二日後に訓練場でマーヤの実力を確かめる時だ——その時何の欲望も無い顔で彼女を見ることが出来るだろうか。


 試験の日が来るまで、毎日そんな事を繰り返して、前日は寝不足だった。


 試験前の夜もまんじりともせず日の出の前に起き出した。


 城内は既に下働きの者達や城住みの騎士達等が日々の仕事をこなしていた。


 交代で二十四時間マーヤの要望に応える様手配されたお付きの侍女達も準備万端だった。


 パーティを組む女性達——ホークウィンド、エルフの魔法戦士サムライキョーカ、“龍の王国”の勇者の末裔マキ、ドワーフの戦士シーラ、神官ミアの五人に認められないといけない。


「その若さで爆裂魔法を使えるの?」マキが信じられないという声を出す。


 実戦形式ではなく、標的に向かってマーヤの使える最大級の魔法をぶつけるのがホークウィンドの課した試練だった。


「ボクが始めと言ったら詠唱を開始して下さい。マーヤ様」


 ホークウィンドの合図と共にマーヤは爆裂魔法を唱え始めた。


 緊張で舌を噛みそうになる——呪文の構成に必要な身体の動作も間違えそうになるのを辛うじて堪えた。


 六拍で呪文を完成させる——魔法の突風が巻き起こり、標的の鎧を着せられた案山子に最大限のダメージを与えられる位置で魔法を発動させた。


 熱風がマーヤたちに吹き付けた。


 爆発が収まると、案山子は跡形もなく消えていた。


「威力はまだ改善の余地が有りますが、この速さで爆裂魔法を完成させるとはね。文句なしに合格ですよ」ホークウィンドが感心する。


 その言葉にマーヤは膝が抜け落ちる様な安堵感を覚えた。


「我が娘がお役に立ちそうで何よりです、ホークウィンド殿。何卒よろしくお願いしますぞ」父親が恭しく頭を下げた。


 マーヤの母親も父に倣う。


「明日から“狂王の試練場”に潜る事になりますがそれで宜しいですね、アッパーヴィレッジ伯」


「娘の腕試しです。あくまで一月の間——これを守って頂きたい」


 その言葉へのホークウィンドの返事にマーヤは心臓が飛び跳ねそうになる。


「分かりませんよ——マーヤお嬢様は美しいし腕も立つ。ボクのものになってもらいたいと思う程ですから」


「お上手——流石エセルナート王国一の冒険者ですわね」マーヤの母親が笑う。


「ボクはいつでも本気ですよ」ホークウィンドがマーヤにウィンクする。


 またしてもマーヤは心臓を鷲掴みにされた。


 自分は彼女——不老不死ハイエルフの女忍者ホークウィンドに恋をしている——その事を実感させられた一幕だった。


 ホークウィンドが言った事は冗談かもしれない。


 それでも期待してしまう。


 冒険は一緒に行っても寝泊まりする場所は違う——ホークウィンド達は城下の宿屋でマーヤは王城の賓客用の寝室だった。


 ホークウィンドが自分をさらいに来てくれる——そんな夢を見た夜も有った。


 一カ月はあっという間に過ぎていく。


 後四日で期限が来る日——マーヤは隙を見てホークウィンドに思いのたけを打ち明けた——夕食を城でとっていた時の事だ。


「好きです……ホークウィンド様。わたくし、ホークウィンド様の事を……愛して……います」


「ボクもマーヤ様の事を愛してますよ。でもその気持ちに応える事は——」


 どうしてですの?貴女が他の誰かを愛していても、私はあなたを愛する事を止めませんわ」マーヤはホークウィンドが両性愛者バイセクシャルでパーティの一行と関係を持っている事を知っていた。


 それでもホークウィンドを見る度に胸が締め付けられた——独り占めしたいが一緒に居られるだけでもいい——それすら叶わないならせめて最後に思い出を残して欲しい。


「わたくしを——抱いて下さいませ」マーヤは懇願した。


「ですが——」ホークウィンドは言いかけてマーヤの瞳に籠った想いに負けた。


「今夜、鍵を開けておきますわ——ホークウィンド様なら城に上ってこれますでしょう」


「後悔なさいますよ。それでも良いのですか?」


「自分で選んだ道ですわ——初めて両親に縛られずに。ここでそうしなければ一生わたくし後悔します。その方が酷い結末ですわ」


 マーヤはそれだけ言うと身を翻して駆け出した。


 ホークウィンドは止める事も出来ずに後を見送る事しかできなかった。


 *   *   *


——その晩、ホークウィンドは窓からマーヤの部屋に忍び込んだ。


「ホークウィンド様」寝間着一枚のマーヤは今にも泣きそうな顔だった。


「マーヤ様……」まだ覚悟を固めていないホークウィンドにマーヤは飛びついて抱き締めた。


「永遠にとは言いません。今だけは私の恋人に——」その言葉も終わらない内にホークウィンドの唇に自らの唇を重ねる。


 力の籠っていない身体をベッドに押し倒し、ホークウィンドの薄い胸に豊かな胸を押し付けて、女エルフの身体を貪った。


 ホークウィンドも少女の欲望に応えて相手を攻め立てる。


「ホークウィンド様——」少女が感極まった声を上げた時だった——部屋の扉が乱暴に開けられ、衛兵がなだれ込んでくる。


「マーヤ!これはどういう事だ!」先頭にアッパーヴィレッジ伯爵がいた。


「お父様——」マーヤは驚きに固まった——その一方、ホークウィンドは落ち着きはらっていた。


「ホークウィンド殿——いや、ホークウィンド。よくも我が娘を汚してくれたな」


「そうですか?貴方は全て知っていたのでは?」ホークウィンドの問いに伯爵の顔が歪む。


「どういう事ですの——ホークウィンド様?」マーヤが蒼白になりながらもホークウィンドを見る。


「こういう事だよ」ホークウィンドはマーヤを抱えると窓へ向かって一散に駆け出した。


「逃がすな——」駆け寄ってくる衛兵より早く少女を抱えたまま窓の外へとホークウィンドは身を躍らせた。


「きゃあああ——!」マーヤが恐怖に叫んだ——突き出たバルコニーを蹴りながら二人は地上へ飛び降りる。


 城内の中庭だ——ホークウィンドはマーヤをさらうついでにベッドシーツを剝ぎ取っていた。


 マーヤと二人でシーツを被ると裏門目指して走り出す。


 自分はともかく、年頃の少女が裸なのは可哀想だと思っての事だった。


「認識阻害の魔法は魔術杖スタッフ無しでも使えるね——門が近くなったら掛けて」中庭の端を歩きながらホークウィンドが指示する。


「ホークウィンド様、さっきおっしゃっていた事は——」


「ああ、キミの父親はキミを抱こうとしてたんだ。最低の憶測だったけどどうやら当たってたみたいだね。実の娘に劣情を抱くなんて本当に言葉も出ないよ」


「父を調べていたのですか?」


「そう。キミがパーティに加わった時から目に見えない精霊でボク達を見張ってた——精霊の跡を追ったら伯爵の元に着いていたんだ——気付かなかったかい」


「はい。父も魔術師ですから、魔法で私達を監視してた——そんな」


「伯爵は嫉妬してたみたいだ——キミがボクに恋した事を知ってね。合法的にボクを始末する機会を狙ってたんだと思う」


「確かに父はわたくしを溺愛してました——けど——そんな——」マーヤは父アッパーヴィレッジ伯爵が自分達を見た時の憎悪と欲望の入り混じった瞳を思い出した。


「わたくし、もう帰れないですわね——責任、取って下さいませね、ホークウィンド様」マーヤは十三歳の少女らしい気弱な表情を見せた。


“良かったのかい”という言葉をホークウィンドは飲み込んだ——あのまま故郷のアーヴィオンに帰っていたらマーヤは実父の毒牙にかかっていたろう。


「キミへの責任は取るよ。マーヤ」


「いつの間にか敬語じゃなくなってますわね」


「これは失礼致しました。レディ=マーヤ様」ホークウィンドが慌てる。


「良いの——わたくし、そのほうが嬉しいですわ。ホークウィンド様」マーヤはようやく笑った。


「いけませんわね——」甲冑の鳴らす足音が聞こえた。


マーヤは裏門近くの衛兵が中庭の警備に近づいて来るのを見て認識阻害の魔法を唱える。


 ここに邪悪な魔術師ワードナを倒した女性だけの冒険者達として知れ渡る最後のメンバーが加わったのだった。

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