勇者の末裔――マキ=ライアン
ドワーフの女戦士シーラが語り終えた後、次に話を求められたのは龍の王国ヴェンタドールの勇者の末裔マキ=ライアンだった。
マキは見事な赤毛の短髪に真っ青な瞳、色白の少女だった。
「私は武者修行に“狂王の試練場”を選んだの。勇者の称号“セトル”を得る為にね」
龍退治で一躍名を知られた古の勇者セトル——その血を引く者に仕える白龍の一族と契約を結ぶ事を許された者がセトルの称号を名乗ることが出来る。
女性でセトルの称号を名乗る事を許された者は数少なかった。
マキは仲間となる冒険者を探すべくエセルナート王国首都トレボグラード城塞都市に来た所で、ホークウィンドと出会ったのだった。
* * *
ギルガメッシュの酒場で、マキはエールと干しだらを頼むと、テーブル席に腰掛けた。
仲間を求めて同じ様にテーブル席に座っている者、カウンター席に座る者、立ち飲み席にいる者などで店はごった返している。
宿屋と酒場を兼ねている店舗が多い中で此処は酒場と食事の提供のみだ。
「中堅以上の冒険者で女を入れてくれるパーティっている?」マキは壮年の店主ギルガメッシュ——かつて凄腕の冒険者との噂だった——にエールのお代りを注文しつつ話し掛けた。
「女ね、単純な腕力だけなら男の方が上だけど、魔法か、或いは男を凌ぐ技術や速さが有れば引く手は有る筈だ。自信は有りそうだね」
「こう見えても
「そいつは結構。ところでお前さん、験は担ぐ方かい」
「いいえ。全く気にしないわ」
「それならおあつらえ向きのパーティがいる。ホークウィンド!」ギルガメッシュは奥で飲み物を飲んでいた黒装束の人影に声を掛けた。
やってきた中性的な長身瘦躯の姿——エルフだろうとマキは見当を付けたが、エルフにしても平均をはるかに超える身の丈だった。
マキを興味深そうな目で見る。
「今試練場に挑んでる中では最も地下深くまで潜ったパーティだ。最も何度も全滅して今は二人しか仲間がいない——縁起を担ぐ冒険者が多くてね。誰もこいつと組みたがらないんだ」
「ホークウィンド様なら知ってます——有名な冒険者ですよね」
「キミがボクらのパーティに入ってくれるのかい——こちらは冒険者日照りでね。自分の身を護れる実力が有れば大歓迎だよ」
「マキ=ライアン。龍の王国ヴェンタドールの勇者セトルの末裔です」
「改めて、ボクはホークウィンド。
「初歩的なものなら。あと解毒の魔法も使えます」
「それは助かるよ。僧侶と魔法使いも当ては有るけど入ってもらえるかまだ分からないんだ。二人共この街には居るんだけどね」
「低層階に潜ってみませんか、四人で」マキは提案した。
「良いよ。今日は遅いから明日からで。お近づきの印に皆と一杯どう?」
「悪くないですね。是非」
ホークウィンドの後についていく。
壁には様々な色の小さなガラスをはめ込んだランプが室内を幻想的に照らしていた。
ホークウィンド、マキ、エルフの
ラム肉のシチューや川魚の塩焼き、牡牛のステーキ、炒めた麦飯、黒パンにベーコンとレタスや卵とハムを乗せたサンドイッチ等を、エールやワインで流し込んでいく。
皆若いだけあって食欲は旺盛だった——あっという間に木皿が積み上がる。
長い黒髪に青い瞳のキョーカ、くすんだ金髪を編み上げた
食事の後、共同浴場で皆揃って入浴し、同じ宿屋の三階の相部屋に泊まった。
武具は先に宿屋に預けてあった。
広いとは言えない部屋にごつい作りの二段ベッドが二つ。
窓は大きめで遠くに“狂王”トレボーの城の天守閣が見えた。
トレボグラード城塞都市は不夜城だ——夜でも人通りが絶える事は無い。
夜景を見ながら小さなテーブルで薬草茶を入れて飲む。
「貴女も魔法戦士なんですって?」キョーカは
「ええ」マキはキョーカを見て答えた。
マキは既に武器の手入れを済ませ窓際の椅子に座っていた。
「こちらでは
「迷宮で手に入れた品物の鑑定は貴女がやっているの?」マキは逆にキョーカに尋ねた。
「私とシーラの二人ね。ボルタック商店とかの専門の鑑定師には負けるけど、そこそこの腕は持ってると思ってるわ」
「“狂王の試練場”はどこまで到達したの?」
「地下四階の試練場管理中心部の番人達とは互角に戦える——危うい事も有るけどね」
「明日は早いよ——そろそろ皆寝床に入って」ホークウィンドが窓に鍵を掛けると
マキが布団に入るのを見てランプを消す——エルフもドワーフも暗闇でもよく目が効く——残りの三人は真っ暗な中でそれぞれの寝床に潜り込んだ。
いよいよ明日だ——マキは武者震いすると毛布を頭から被った——。
* * *
——翌朝。
「先ずは私と戦ってみて」王立の訓練場で、昨晩会話を交わしたキョーカがマキを見つめた。
言いしなにキョーカは細身剣を抜きながら突進してきた。
“速い——”それがマキの第一印象だった——板金鎧を付けてるとは思えない。
マキは左半身に構え大盾に隠れる格好で細身剣を受け流そうとする。
キョーカは軽くマキの背中側に踏み込むと細身剣を横薙ぎに払う——マキは身体ごと左旋回してその攻撃を受け止めた。
ほぼ同時にマキは片手半剣をキョーカに突き出した。
“勝った——?”しかしキョーカは斜め下にしゃがんで突きを躱しざまに斜め下から上に細身剣を切り上げていた。
マキの鎧の隙間の手前で細身剣は止まっていた——同時にマキの片手半剣も突きから切り下げてキョーカの頭上で止まっている。
「相打ちね——中々やるじゃない」キョーカが微笑む。
「貴女もね」マキは微笑み返した。
シーラとの模擬戦でもマキは際どい所で相打ちに持ち込んだ——納得のいかないシーラと三回戦う羽目になった——結果は一勝一敗一分けだった。
魔法を使ってない魔法戦士に引き分けたシーラは悔しがったが、寸止めで無ければ二勝一敗だったとホークウィンドに宥められ矛を収めた。
ホークウィンドとの戦いでは実力差を見せつけられる格好になった。
相手が動いたと思った時には喉元に苦無が突き付けられていた。
そよ風が首元に吹いたかのような感触を感じた時にはもう遅い。
西風の達人——マスターウェストウィンドの名は伊達で無かった。
一勝も拾えなかった事にマキは納得感と無念さと悔しさの混じった感情を味わった。
ホークウィンドにはここまで出来れば上出来だと言われたが勇者の末裔としていつか必ず勝ってみせるとヴェンタドール王国守護龍ヴェルサスに誓ったのだった。
戦闘訓練の後、軽い朝食を摂ってマキとホークウィンド達はトレボグラード城塞都市の街外れ——城壁を出て少し歩いたところにある大きな祠の様な建物へと歩いていった。
地下迷宮“狂王の試練場”への入り口だった。
その傍に建てられた石造りの詰所の前に衛兵が十人程たむろしている。
衛兵は地下から怪物が出て来た時に街に知らせるだけでなく直接戦う役目も与えられた精鋭実戦部隊だった。
ホークウィンド達を見かけると親しげに手を上げた。
「朝早くからご苦労さん、そちらの女性は新人だね」マキを見て中年の衛兵が声を掛けてくる。
「ええ、ちょっと肩慣らしに」
黒の忍者装束の下に
ホークウィンドとシーラが前衛、マキとキョーカが状況に応じて一応の後衛に回る。
祠の中にある地下迷宮への下り階段を二列になって降りていく。
エルフやドワーフの暗視能力も通じない
キョーカが防御力上昇の魔法を、マキが許可を取って灯りの魔法を唱えた。
他の三人には必要なくとも、マキには灯りは必要不可欠のものだった。
大抵の地下迷宮では扉は材木で出来ているものだったが“狂王の試練場”では金属か石造りの扉が殆どだった。
材木では経年劣化に耐えられないからだろうとエセルナート王国の対策本部は推定していた。
王国国宝の
——ワードナは世界征服を目指しているとの専らの噂だ、その前に奴を止めなければ——ホークウィンドはそう語った。
護符を強奪されてもう四年経つのに未だワードナの元に辿り着いた者は居ない。
ホークウィンドの最初のパーティが地下十層、ワードナのいる階層と言われていた——の最初の玄室に辿り着いたのが最高記録だった。
そこで青い肌を持つ
そのパーティを含めて五度ホークウィンドのパーティは全滅し、たった一人ホークウィンドが生き残った。
ホークウィンドはエルフらしくも無く復讐の念に燃えていた。
ワードナを斃す為ならどんな事だってする——マキはそんな台詞をホークウィンドから聞いた。
地下四層の中心部の敵に挑む予定だ。
一度戦ったら帰るつもりだった。
敵の陣取る玄室——正確には地下深くまで潜れるかを判定する王国の正規軍に所属する冒険者達を倒せるか——を四人で突破できるかを見極める。
三人だった時は途中で撤退していた。
蘇生魔法が有っても仲間を死なせない様にとのホークウィンドの配慮だった。
四人なら——マキの支援魔法が功を奏した。
——マキ達は見事に中心部を突破したのだ。
「こうして、私はホークウィンド様のパーティに加わったの」マキは手を組んで言った。
その話を聞いて“憎悪の戦方士”コールドゥの母と姉は彼女達なら秩序機構総帥ゲルグを斃しコールドゥの仇を討ってくれると確信したのだった。
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