ドワーフの女戦士シーラ=トーガ あと今日5日の近況ノートに王女付直属護衛騎士カレンのカラーラフ載せてます。興味ある方どうぞ

「アタイとホークウィンドの姐さんが出会ったのは、アタイらドワーフの山中王国ゴモータルの下町だったんだ」


〝憎悪の戦方士〟コールドゥの母と姉の質問に答える形でドワーフの女戦士シーラ=トーガが語り出した。


「アタイの家は貧しい石炭掘りだった。子供だったアタイも手伝いに出る程のね」


「親父もお袋も必死に働いてたけど暮らし向きは一向に良くならない——よくある話だけど」


「アタイもそんな生活に希望を持てずに荒んでった」


「ゴブリンに親父が怪我を負わされて増々稼ぎが減った——家賃はおろか食費さえ危ぶまれる程にね」


「アタイはむしゃくしゃして歓楽街に出かけて——街で喧嘩になった。絡んできたチンピラが居てね」シーラは自分の生活を変える切っ掛けになった過去を思い出した。


 *   *   *


「姉ちゃん達、ちっと顔貸して貰おうか」シーラはゴモータルの色街で自分と連れ合いの女友達にちょっかいを掛けてきた男どもを睨み付けた——下卑た笑みを浮かべた男が二人。


 背の低いドワーフ男がリーダーの様だった。


 腰にナイフを差している。


 まだ若い——自分とそう変わらない年齢の、髪を逆立てて赤く染めた不良だ。


「ここじゃ皆に迷惑が掛かるだろ。付いてき——」シーラは言いかけたドワーフ男に飛びかかった。


 不意を突かれた男はあっさりと転倒する。


 馬乗りの態勢になったシーラは男の顔面を何度も殴りつけた。


 咄嗟の事にドワーフ男の仲間は動揺した。


 一番腕っぷしの強い仲間が手も足も出ずにやられるのを見て相方は後じさる——逃げようとして、女風情に仲間がやられている、その事実に怒りを覚えた。


 足音を立てずにドワーフ女の後ろに回ろうとする、棍棒を抜こうとした。


 だが、その目論見は成功しなかった、ドワーフ女の連れの女が目の前に立ちはだかったのだ。


「どきやがれ——」どすの効いた声で脅す。


 相手は動こうとしなかった——棍棒で殴ろうと腕を振り上げる。


 喉元にひやりとした感触があった——連れの女がいつの間にかナイフを突きつけていたのだ。


「さっさと退散しなさい——只の怪我じゃすまなさないわよ」凍り付くような声だった。


 男は尻もちをつくと慌てて逃げ去った。


 一方シーラは完全に頭に来ていた——今迄の鬱憤を全て目の前の男にぶつける。


 男が意識を失っても尚も攻撃の手を緩めなかった。


「そこまでにしておきな——これ以上は死んじゃうよ」突然、振り上げた右腕を後ろから掴まれた。


 シーラは後ろを見た。


 背の高いエルフが腰をかがめて自分の腕を握っている。


「エルフ風情が口出しするな——お前が代わりに殴られるとでも言うのか。引っ込んでろ」


「殴れるなら殴っても構わないよ」エルフの言葉に完全にシーラは逆上した。


「うるさい!」シーラは男を放り出して殴りかかる。


 拳が当たる直前でエルフはたたらを踏むような動きをした。


 目の前からきれいにその姿が消えていた。


 野次馬たちからどよめきが上がる。


「素人にしては悪くないね」シーラは声のした方を見た——目の前にいた筈のエルフが後ろにいた。


「クソっ」シーラは今度は牽制気味に左拳を振るった。


 どんな魔法を使ったか知らないが、今度は見切ってみせる——しかし凡そ人間とは思えない動きでまたしてもエルフは視界から消えた。


「汚いぞ——真っ向から勝負しろ」シーラは怒鳴る。


「いいよ」エルフは無構えでシーラを見つめた。


「舐めるな——」シーラは相手を睨み返す。


「まさか、ボクは本気だよ」


「後悔するなよ」エルフの言葉が終わる前にシーラは拳を振るった。


 エルフは拳を掌で受けた——拳を掴んでシーラを投げる。


 地面に倒される——腕が痺れた。


 シーラは無事な左手でエルフを殴ろうとした。


「痛ッ——」右肩と右肘、そして右手首に激痛が走る——三か所の関節を同時に極められてる事に初めて気づく。


「キミの負け——大人しく認めなよ。悪い様にはしない」


「好きにしろよ。この世は勝った者が思うままにしていいんだ」自分の敵う相手じゃない——シーラはそれを認めざるを得なかった。


「そんな事は言うもんじゃないよ。普段から鬱憤をため込んでるみたいだけど」


「余計なお世話だ——」あけすけな物言いに再び怒りがぶり返してくる。


「炭鉱掘りに余計な情けを掛けんじゃねえ」


「炭鉱掘りね。情けついでにキミをお茶に誘いたいんだけど。付いてきてくれるかい? キミの連れも一緒に」エルフは屈託のない笑顔を見せた。


「エルフに酒をおごられる? 嬉しくな——」シーラの言葉は途切れた——極められた関節に力を入れられたのだ。


「分かった分かった。先ずは手を放してくれ」


 エルフは素直にシーラを解放した。


「おお痛い。その瘦せっぽちの体の何処にアタイを押さえつける力が有んのかね」


「関節技はテコの原理を使って最小限の力で最大の効果を発揮するんだよ、腕力は余り要らないんだ——近くの酒場まで案内してよ。ボクよりキミの方が詳しいだろ」


「付いてきな。行こう、ゾーラ」シーラは衣服を払うと連れと共に歩き出した。


〝石頭のトロル亭〟と看板に書かれた高級酒場に入る。


「エルフ様の舌には合わないかも知れないよ」シーラは笑いながら言った。


「キミ——ボクのお金だと思ってワザと高い店に来たね」エルフはジト目でシーラを睨んだ。


「良いじゃないか。こんな機会でもなきゃ庶民にゃ中々入れないんだ」


「ドワーフは女の子でもがめついのかい」やれやれとエルフは大袈裟に天を仰いだ——ドワーフの地下都市の高い天井を、が正確な描写だったが。


「おごるって言ったのはそっちだろ。兄さん一番高いジンを。それと干し肉」


「私はブランデーを」ゾーラと呼ばれた女の子が注文する。


「ボクは炭酸水を——」


「——で、アタイ達をお茶に誘って何を企んでるのさ」


「キミ達は今の暮らしに満足していないんだろう——」


 シーラ達は頷いた。


「だから危険だけどもっと人間らしい生活を送れるような職を勧めようかと思ってね。嫌ならいいんだけど」


「身体を売る仕事なら御免だよ」


「そんな仕事じゃないよ——ただ、ある意味そっちの方が楽かもしれない」


「勿体ぶるなよ」


「冒険者——それも飛び切り高給取りの。命の危険が有るから無理にとは言わない」エルフは真剣な面持ちになった。


「確実に稼げる冒険者稼業なんて絶対値上がりする投機みたいな騙し文句じゃないか」シーラはジンの入ったグラスをあおった。


「エセルナート王国首都トレボグラード城塞都市の〝狂王の試練場〟の話を聞いた事は無いかい」


「挑んで帰って来た者は居ないと有名な——まさかそこに行こうってんじゃないだろうね」


「いや、穴は有る——ボクは最下層地下十階迄潜った事が有る。一歩一歩ゆっくりと進んでいけば必ずワードナの元に辿り着ける」エルフの言葉に力が籠った。


「ボクはワードナを斃す為の仲間を集めている——キミ達なら確実に戦力になる」


 エルフは改めて二人を見た。


「力を貸して欲しいんだ」


「地下十層まで潜ったエルフ——アンタもしかして不老不死ハイエルフの女忍者ホークウィンド!?」シーラもゾーラも驚きに目を丸くした。


「それなら教えといてくれよ——知ってたらあんな真似はしなかったのに」


「自分の事を宣伝して回るのは好きじゃないんだ。命懸けの仕事だ——娼婦の方が安全と言えば安全だよ。それでも自分の意に沿わない事はしなくていい」


「考えさせて欲しい」


「私は無理だわ。流石に命を懸けるのは」ゾーラは即断した。


 結局、シーラは親族に相談し——冒険者となる事を決めた。


 ホークウィンドがドワーフの山中地下都市を出立する当日の朝になってシーラはホークウィンドの留まる宿屋にやってきてその事を報告した。


 後にワードナを斃す事になるパーティの二人目の加入者の誕生だった。


 *   *   *


 転生者、無口蓮むぐちれんは大陸南端のガランダリシャ王国連合首都ガランダルに敢えて留まっていた。


 国際謀略組織、秩序機構オーダーオーガナイゼーションの連合首都での活動家が無口蓮に接触してきたのだ。


「私達は機構中央に疎まれています」法衣ローブ頭巾フードに顔を隠した活動家はそう言った。


「私はレハーラ=ランクロス」声で初めて女である事が分かった。


「機構に対して弓でも引くつもりか?」秩序機構総帥ゲルグに見捨てられた格好の無口蓮は興味を引かれた様だった。


「いえ、中央の連中に代わって権力を握れればそれでいい——かつての同志を殺すまではしたくない」


「中途半端な事をすると生き残れないぞ。覚悟は固めておけ」無口蓮は無詠唱で魅了の魔法を唱えた——この世界への転生を助けた幼女神エリシャから与えられた力だ。


「無駄です——私だから怒りませんが相手に寄っては殺されかねない力の使い方ですよ」レハーラは冷たい目線を向けた。


「何の事だ?」無口蓮はとぼけようとした——まさか感づかれるとは思ってもいなかった——思わず冷汗をかく。


「まあいいでしょう。互いの利益になる事を考える事にします」溜め息交じりに言う。


「我々には前衛が足りない。貴方は刀を振るって戦う事が得意。謀略は我々に任せて貴方は実行役になってくれればいい」


「俺はこう見えても——」


「前世で特務機関所属の軍偵だったのでしょう。調べはついてます」無口蓮の言葉をレハーラは遮った。


「潜入は貴方の外見では難しい。西方人とは見た目が違い過ぎる。片っ端から魅了出来るほどの力は持ってない。諜報に関してだけは学ぶところは多い——そこは事実です」


「人を怒らせて協力を仰げると思ってるのか? ふざけるのもいい加減に——」


「貴方が置かれている状況を考えれば我々の協力を拒むのは得策ではないでしょう——元大日本帝国特務少尉、無口蓮どの」


「——貴様、どうしてそれを——」異世界こちらに来てから一度も話していない自分の階級の事を知っている事に無口蓮は驚いた。


「分かった——聞こうじゃあないか、お前の話」自分の魔法を弾いた事といい、この女は只者では無いと悟った。


「このガランダリシャ王国連合のテュライマ=ディーダリシャ女王とその娘達の事は知っていますね」


「当たり前だ」次のレハーラの言葉に無口蓮は飲んでいる酒を吹き出しそうになった。


「そのうち一人、二人でも良いですが——をさらいます」


「馬鹿を言うな。どうやって近づくつもりだ」むせながら尋ねる。


「それは我々が考えます。貴方は指示通りに動けば良い」レハーラは自信満々だった。


「いざという時の脱出経路は」


「事前に伝えます。嫌なら手を出さなければいい。その時は同盟解消ですが」


 無口蓮は決定権を握っているのが自分では無い事を思い知らされた——それでも何とか表情を取り繕う。


「で、報酬は?」


「クラウン金貨で二千枚。前金は二百枚、残りは成功したら払います。今後も同盟を維持するならそれに応じて払います」レハーラは金貨の入ったと思しき袋をテーブルの上に置いた。


 悪くない条件だ——無口蓮は心の中でその言葉を反芻した。


 袋を取る——ずっしりと重かった。


 中を開けて金貨を取り出す。


 持ち歩いている試金石に金貨を擦り付けた——本物だ。


「良いだろう。話に乗らせてもらう」この女は信用できないかも知れないが金は信用できる——秩序機構を乗っ取る所までいけばアナスタシア王女とその護衛騎士カレンを我が物に出来るかもしれない——貧民窟の娼婦で満足させていた性欲を満足いくまで解消できそうだ、そんな思いに心をつかまれた。


「先ず誘拐の件を受けて頂ける——期待していますよ、転生者無口蓮」レハーラはそう言うと立ち上がった。


 後ろに控えていた法衣姿の二人が後に続く。


 無口蓮は自分のみならず多くの人間の運命を変える——良い方向か悪い方向かは分からない——重大な選択をした事に気付いていなかった。


 運命の車輪は回り始めたのだ——それは神々の思惑をも超えて動く巨大な生き物だった。

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