秩序機構総帥ゲルグの理想

 エセルナート王国王女アナスタシアとその仲間――王女付直属女護衛騎士カレン、軍偵忍者ライオー、その相棒の隻眼老魔術師ガーザー、不老不死ハイエルフの女忍者ホークウィンド、彼女とパーティを組むエルフの魔法戦士サムライキョーカ、勇者の末裔マキ、ドワーフの女戦士シーラ、女神官ミア、女魔術師マーヤ——更に助け出したコールドゥの母と姉がいた——の十二人という大所帯のパーティはガランダリシャ王国連合女王テュライマ=ディーダリシャの計らいで連合首都ガランダルに来た時とは違い海路を経由してエセルナート王国首都トレボグラード城塞都市まで戻る事になった。


 トレボグラード迄戻る船は往きに乗った海エルフ、ベレシルオンの船だった。


 今回は水霊ウォーターエレメンタルを使わず、普通の速さで――それでも海エルフの船は人間の船より速度が出る――聖都リルガミンを経由し王都に戻る。


 テキパキと出港準備をする海エルフ達を見ながら王女達は王国連合首都で執り行われたコールドゥの“国葬”――<憎悪>の言葉通りコールドゥが蘇るなら秩序機構オーダーオーガナイゼーションの目を欺く為の芝居――邪神廃滅の為に戦って死んだ事に代りは無いが――を思い出していた。


 ガランダリシャ王国連合首都ガランダルの王宮に逗留して五日経っていた。


 邪神と戦って死んだ英雄――コールドゥは“憎悪の戦方士”と呼ばれる様になり、

<憎悪>その人が戦いに加わった事は隠されたが、<憎悪>の名を高める一助となった。


 国によっては信仰することを禁じられる神であり、決して一般の人間に歓迎される神格ではないが、人間を滅ぼそうとするものとは敵対してくれる神だと広く知られたのだ。


 国葬には多くのガランダル市民と各国の代表者が参列した。


 その中には秩序機構の本拠地、魔導専制君主国フェングラースの外交官も居た。

 秩序機構は国葬の様子を遠見の魔法で確認している筈だ。


 王国連合の守護神、海神フォントゥースの神官団が祈りを捧げ、葬儀は終了した。

 歴代の王や英雄の祀られる神殿はひと月の間、コールドゥへの献花台を設ける事になった。


 三日間の喪に服した後、王女達は出発する事になった。


 その間中、王女達はイルマ王女を慰める事となった。


 ホークウィンドはテュライマ女王と双子の娘達を逆に屈服させることに成功した。


 出発の日、テュライマ女王達は出航を見届けに来ていた――華やいだ装飾の馬車から降り、王女達に手を振っていた。


 王女達も手を振り返す――ここから聖都リルガミン迄エルフ船で十日、さらにそこからトレボグラード城塞迄八日――城塞都市には大型船も入港できる河川港が有った。


 順調にいけば半月と少しでトレボグラードに帰れる計算だ。


「出航!出航!」快晴の空の下で船長ベレシルオンの声が響く。


「またいらして――!」見送る女王達が精一杯に手を振る。


「いずれ――!」王女達も負けない位に手を振った。


 水霊に押されたエルフ船は見る見るうちに桟橋から外海へと滑り出した。


 王女は外海を航海する船に乗ったのは初めてだった――飽きる事無く甲板から海を眺めていた。


 快晴の青い空に碧緑の海が陽光に煌めく。


 船が完全に海に出ると船足はさらに上がった――その船の周りに大きな魚の様な影が煌めくのを王女は見逃さなかった。


 尾びれを動かし、船と速度を合わせて動く影が十体以上有った――。


「カレン、――人魚かしら?」王女は怖がる様子も無く舷側から身を乗り出す。


「姫様――危ない」カレンが王女を後ろから抱き抱えた。


「大丈夫よ――船べりから落ちる程運動が苦手だと思う?」王女は笑った。


 動き易い様デザインされた水夫服にエセルナート王家の紋章が入っている。


「あれはイルカですね、人魚も二人まざっている」いつの間にかベレシルオンが隣に来ていた。


「イルカ――?あれが?」王女が振り返る。


 その時、イルカがジャンプした。


 二頭、三頭と続けてジャンプする。


「カレン――見て!」王女は叫んだ。


「壮観だね――」ホークウィンド達もイルカを見に来た。


 人魚も長い髪をなびかせて海上に姿を見せる。


「元気でね!人魚さん!イルカさん!」王女は手を口に当てて叫んだ。


 人魚二人が手を振って王女達を見送った。


 帰りの旅は幸先よく始まった――。


 *   *   *


 一方、魔都マギスパイトでは秩序機構が世界征服の動きを本格化させていた。

 魔法で拘束させられている囚人が一人、恐怖の目でゲルグ達を見つめていた。

「始めろ」ゲルグが命令を下す。


 囚人――男だった――はライオー達に協力して情報を流していた密偵スパイだった。


 二人の魔術助手によってフラスコに入った蜘蛛の巣の様な埃の様な綿毛状の物質を無理やり飲み込まさせられる――男は嘔吐しようとしたが、胃液が出ただけだった――激しくせき込む。


 不意に拘束が解かれた――男は身を襲う不快感から逃れようと頭を振った。


 目の前に短剣が放り出されるのを見た。


 ――どういう事だ――男は呆気にとられた。


「さて、マギスパイトの裏切り者。お前への質問だ――お前を密偵行為に及ばせたのは誰だ?」


 ――答える訳にはいかない、秩序機構の野望を砕く為にも協力者の名前は絶対に言えない。


 だが、意志と裏腹に言葉が口を突いて出るのを男は信じられない思いで聞いた。


「エセルナート王国軍偵忍者ライオー=クルーシェ=フーマ」


「その協力者は?」


「魔術師ラルフ=ガレル=ガーザー」


「お前以外に機構に潜伏している密偵は誰だ?」


 男の口から裏切り者の名前がすらすらと出てきた。


 事情聴取に得心したゲルグは腹心に残りの密偵を捕らえるよう命令すると男に向き直った。


「お前は正直に話した。褒美として名誉の自殺を遂げさせてやろう――その短剣を取って自分に始末を付けろ」


 男は短剣を拾った――カタカタと震える手で短剣を頸動脈に当てる――自分の意志では無かった、勝手に手が動いて首に刃を立てようとしているのだ。


「そんな――馬鹿な」男はゲルグに襲い掛かろうとしてそれが出来ないことを悟る。


 ゲルグの意のままに身体が操られている。


 隷属の魔法ですら相手を自殺させる程の強制力は無い筈だった。


 必死に両手に力を込めて剣を止めようとする。


「さらばだ。勇敢な魔術師」ゲルグが手を振った。


 同時に男は短剣が首の中程迄も食い込むのを感じた――灼熱した棒を突きこまれた様な熱さと痛みが走る。


 男はゲルグに操られるまま短剣を首から離した――一拍ほど置いて噴水の様に血が噴き出した。


 男はどうと倒れた。


 見守っていた魔術師達が感嘆の声を上げる


カビ悪魔に寄る人体操作の実験は成功ですね、総帥」幹部の一人ディスティ=ティールが言った。


「後は精神操作だ。脳に悪魔を侵入させて我々の意のままに動く奴隷を作る。最後の仕上げをダークランドで行う」


「了解しました。総帥」ティールが退席する。


 極小の身体を持つ黴悪魔を人体に侵食させて特殊な魔導念波で操る実験は最終段階に進んでいた。


 この魔術を完成させ、世界中に黴悪魔をばら撒き、マギスパイトから魔道波を発信して全知的生物を秩序機構の支配下に置く――それが世界征服の目的だった。


 全人類――いやそれ以上の者達を愛玩用の性奴隷、軍事用奴隷、その他の労働を担う奴隷とする。


 魔都の真の魔術師のみが支配される事無く奴隷共――いや世界に命令を下すのだ――ゲルグは自らの野望が叶うのを確信して哄笑した。


 *   *   *


 それから六日後。


 風魔法で密閉された部屋に十数人の人間、亜人が閉じ込められている――マギスパイトの法を犯して捕まった囚人達だった。


 殆どの者は恐怖に怯えていた。


「実験開始。実験開始」実験監督官を務めるディスティ=ティールの声が響く。


 埃の様な塵が部屋に散布された。


 囚人たちは煌めく埃を吸い込まないよう必死に息を止めた――だが儚い抵抗だ。


 一分と経たずに埃を吸い込んでしまう――皆むせて中には吐く者も居た。


 覚悟を固めて息をするのを止めなかった者もいたが、後悔する羽目になった。


 被験者達の目から光が失われる。


 黴悪魔が吸収されたのを見計らい空中に残った悪魔を風魔法で吸引する。


 囚人達が解放された――部屋の密閉が解かれたのだ。


 囚人達に魔道念波が送られる――囚人達は跪いて唱和した。


「御主人様――我らの忠誠を受け取り給え」ゲルグ達に向かって知性を持ったまま支配された奴隷たちが誕生した――体内から悪魔が取り除かれるか、魔道念波が途切れない限り、この魔法は破られる事は無いのだ。


「次は散布実験ですね。ゲルグ様――いよいよ邪黒龍の出番ですな」ティールが満足気に報告する。


「準備は滞りないな」


「勿論です。早ければ一月後には実行できます」


「上手くいけば数ヶ月から数年で世界中に黴悪魔を散布できる――その時こそ我ら秩序機構の望み――この惑星に巣くう全ての不条理を廃絶する事が出来るのだ」ゲルグは世界を憂う賢者の顔を見せた――実際に彼なりに憂いていたのだ――たとえ歪んでいたとしても。


 愚かな民衆は知識ある者に支配されなければ自滅の道を歩むのだ——それを止める為にも優れた者が凡俗な一般人を率いなければならない——それがゲルグの結論だった。


 人類を滅びの道から救うのだ——ゲルグは正しい目的の為なら如何なる手段も正当化される、そう信じていた。


 ——それが傲慢だとはひとかけらも思っていなかった——。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る