王女と王女――闖入者
「我が王国連合首都ガランダルの危機を良く救って頂きました――エセルナート王国王女アナスタシア=トレヴァヴナ=エリストラトヴァ=エセルナートとその仲間達」玉座に座った三十代前半の女性――ガランダリシャ王国連合女王テュライマ=ディーダリシャに謁見した王女達はひざまずいてその言葉を聞いた。
女王は褐色の肌に見事な金髪、海青色の瞳の如何にも女盛りといった外見だった。
「戦方士コールドゥ=ラグザエル。彼の者は惜しくもその命を散らしたとか。王国連合は彼を国葬に値すると考えます。彼の者同様貴方達にも褒賞と名誉を」長い髪を振って女王は宣言した。
「勿体なき言葉に感謝します。ディーダリシャ女王陛下」王女が皆を代表して返事をする。
「
女王の目は一同を見渡し、ホークウィンドに興味深げに留まった。
邪神を斃した被害の復旧は当日から再開され、その日の内に女王と謁見する事になった。
「転生者、
転生者に魅了の魔法を使われていた情婦達は
ガランダリシャ王国連合は大陸の最南端に位置する国家だった――北辺の魔都マギスパイトからは遥かに離れている。
その分危機意識は薄かった。
安心安全を貪っていたと言っても良かった。
世界征服を目論んでいると専らの噂だった〝狂王〟トレボーについてもだ。
多くのガランダリシャ人にとって平和は当たり前のものだった。
海賊や盗賊の輩と戦う位が関の山で本格的な戦争は百年程前に有った連合統一の為の内戦くらいだった。
王女達はコールドゥの弔い合戦――<憎悪>はまだ死んではいないと言っていたが、復活出来ない可能性も高いと思っていた――を果たすべく先ずはエセルナート王国首都トレボグラード城塞都市で態勢を整えようと計画していた。
〝不死身〟である転生者も片を付けなければいけない。
ディーダリシャ女王は褒賞と王国連合騎士の位を王女達に授け、帰りの船を手配してくれた。
コールドゥの国葬が終わったらトレボグラード城塞への帰還だ。
「邪神共を斃した話を私めに報告して頂けますね」
「それは――」王女が話し始めた。
* * *
戦いは呆気なかった。
やってきた邪神の兄弟達のどの柱を取ってもガランダルで復活した邪神には見劣りする力しかなかったのだ。
<憎悪>の加護を受けた王女達の敵では無かった。
魔剣イェルブレードの持ち手こそ
全員が〝憎しみ〟にこれ程の力が有るとは思っていなかった――。
身を焼く様な心地に空恐ろしさを覚えながらも仲間を殺された王女達は手加減しなかった。
複数同時に顕現されて多少てこずった事も有ったが斃されるまでの時間が長くなっただけだ。
むしろ邪神達が出現した先を探し出す方が手間だった。
イェルブレードと並んで隻眼の老魔術師ガーザーが恐るべき力を発揮した。
二柱はガーザー――かつては魔術神オーディンと崇められた彼の魔法で心臓を破裂させられて葬られた。
勿論邪神とは言え、神は神だ。
時が廻れば復活する事も充分有り得る。
王女は簡潔かつ飾らない言葉で起こった戦いを叙事的に語った。
武人の父を持つ彼女は話も簡潔で単純な、軍隊的な話しかたの方が得意だったのだ。
家庭教師から詩の吟じ方等も習ってはいたが王女は美文をあまり好まなかった。
言葉に詰まりそうになった時は直属護衛女騎士カレンや
半刻ほどで説明は終わった。
女王は話を反芻している様だった――少しの沈黙が有った。
「大変等という言葉では言い表せない戦いを強いてしまった様ですね。我が王国連合騎士団も間に合わず――多大な迷惑を掛けてしまいました」
王女達は<憎悪>が邪神討伐に一役買っていた事を敢えて伏せていた――公にすれば秩序機構総帥ゲルグが警戒を強めるかもしれないからだ。
信じ難い事に<憎悪>はその旨を飄々と了承した。
神として名声を高める機会なのに何故見逃すのか、そう尋ねた王女達に<憎悪>はこう答えた――我が名はそのような事をしなくとも既に知られている――と。
「戦方士コールドゥの国葬も出来るだけ早くに行いましょう。それまでは王城に留まって頂ければ」女王が提案した。
王女達はその申し出を受けた――王城ならゲルグにのぞき見される可能性は格段に減る。
秩序機構に逆ねじを食わせる計画を練り始めるには都合が良かった。
それぞれに個室を――と言っても家一軒が入る程の大きさが有った――与えられ、王女達は話しあった。
軍偵忍者ライオーとガーザーが先行して魔都マギスパイトに潜入し、王女達とホークウィンドのパーティが然るべき時に魔都に入る。
ライオーとカレンは王女はトレボグラードに留まるべきだと主張したが王女は聞き入れなかった。
イェルブレードはコールドゥの復活に必要になると言われ、カレンの深緋の稲妻の鎧に収納魔法で収めておく事になった。
「トレボグラード城塞迄はライオー達も一緒に行きましょう。船旅になるから手勢を分けない方が良いわ」王女の作戦に反対する者は居なかった。
「問題は何時魔都マギスパイトに入るか――ですわね」女魔術師マーヤがライオーを見た。
「王女殿下を隠れて都に入れるのに下準備がどの位要るかだ。一週間から二週間程度を見て貰えればまず大丈夫だと思う――どうだ、ガーザー?」
元神だった男に不敬では無いか――ライオー以外はそう思ったが、当のガーザーはまるで気にしていなかった。
「おおよそそれ位で良い――不意を突いて秩序機構に殴り込みをかけるならな」
「余裕を見て二週間後に私達が出発しましょう。王宮には私の替え玉を置いておきます。ホークウィンド達が〝狂王の試練場〟に挑んでない事は恐らくバレるでしょうけどそこから秩序機構打倒に向かっていると気付かれる可能性はそう高くないはず」
「後はコールドゥが復活するとして、何時復活するかですね――余り早すぎてもゲルグに気付かれるかも知れないし、ゲルグを斃してから復活しても復讐にはならないですし」勇者の末裔マキが思案気に言った。
「でもあまり時間は有りません。早くにゲルグを斃しに向かわないと気付かれて守りを固められてしまいます」女神官ミアが指摘した。
「コールドゥが復活するかどうかを考えずに秩序機構を倒しに行くべきだね――転生者はその後でもいいと思う」ホークウィンドも頷いた。
結局、ミアとホークウィンドの意見が採用された。
晩餐会が催される事になり、その前に全員で入浴した――その後で一波乱――波乱というほどでもないといえなくもないが――起きたのだった
* * *
王宮の別棟に設けられた大浴場で王女達は侍女達に身体を洗われそうになったのを何とか断って自分で済ませようとした。
王女はエセルナートの王宮に居た頃にはカレンに身体を洗ってもらっていたのだがコールドゥにさらわれてからその機会はめっきりと減っていた。
他人の居る所で身体を洗われると変に意識してしまう。
身体を重ねる時は出来るだけ皆とは別に入浴していたのだが、今回はそうはいかなかった。
皆と一緒に入る時はホークウィンドが不躾な視線を向けてくる事が多かったが更に今日は勝手が違った。
王国連合のディーダリシャ女王も皆を労いたいと浴場に乱入してきたのだ。
こうなっては身体を洗われるのを拒否する事は出来なかった。
「お美しい肌――」王女もカレンも溜息を吐かれながら侍女達だけでなく女王――とその三人の娘達――にまで身体をまさぐられた。
邪神を斃した英雄の相伴にあずかりたいとの思いも有ったのかもしれないが、それにしても行き過ぎではないか――それぐらい過剰なスキンシップだった。
大浴場は王女達が入っている間は男子禁制だった。
女王達から解放された王女とカレンは髪を乾かすとバスローブのままベッドに文字通り倒れ込んだ。
受けた悪戯のせいか指先が触れ合うだけで身が跳ねるような衝撃が二人を襲った。
意識すまいとすると却って逆効果だ――昼間に大立ち回りをしたのも神経を覚醒させる方に働いた。
身体は疲れ切っているのに頭だけは冴えた気分だ――<憎悪>の加護がこんな所まで及んでいるのか。
晩餐会までもう少し時間が有る。
体力を回復させる魔法を掛けに王宮勤めの術師が来るだろうし、衣装も化粧も召し替えに宮女達が来る筈だ。
カレンは王女の指と自分の指を絡めた――せめて今少し――そう思ったのは王女も同じだった。
「カレン――」王女が唇を求めてきた――カレンは熱のこもった視線でそれに応える。
王女の手がカレンの両胸に伸びた――優しく頂きの周りを撫でる。
カレンの腕も王女の双丘に伸びて――もう少しでカレンの手が――そう思った時カレンが王女の耳元に唇を持ってきて囁いた。
傍から見れば王女の耳朶を噛もうとしているように見えただろう――しかしカレンの言葉は恋人のそれでは無かった。
〝賊がいます〟
〝何処に――何人?〟声だけは甘い囁きで王女は尋ねる。
〝一人です――透明化の魔法を掛けて――もう少しで寝台の脇に来ます〟
カレンは王女の控え目な乳房を掴んだ――甘い声と吐息が王女の喉から漏れた。
胸を揉む――王女も力を込めて胸を揉み返した。
「もっと――」そう言いかけた時カレンが突然身体を反転させて跳んだ。
手に
王女も枕元の短刀を持って敵が見えたら加勢すべく目を凝らした――魔法は使い切ってもう今日は唱えられない。
女の悲鳴が上がった――カレンのものでは無い。
何処かで聞いたような声だった――ホークウィンドが自分達を襲おうとしたのかしら――王女はそう思った。
「待って――私が悪かったですぅ」間の抜けた声が辺りに響いた。
カレンが見えない相手を取り押さえていた。
賊の掛けていた透明化の魔法が解けた。
褐色の肌に碧い海色の目、金髪――ディーダリシャ女王が子供だったらこんな姿かと思わせる少女の姿が露わになる。
歳の程は思春期真っ只中といった感じだ――どう見ても十三から十四歳だった。
この世界では珍しく眼鏡を掛けている――瞳は女王よりエメラルドに近い、ガランダリシャの海の色だ。
利き手を背中に回され、喉に短刀を突き付けられている姿が似合わなかった。
「イルマ王女?」王女アナスタシアは素っ頓狂な声を上げてしまう。
賊はテュライマ=ディーダリシャ女王の長女、イルマ=ディーダリシャ王女だったのだ。
カレンも極めた腕をそのままにしていたが、驚きは隠せなかった。
「いや、あの――」舌足らずな語調だった。
「違うんです。決してお二人の秘め事を覗こうとした訳じゃなくて――」
「じゃあ、何をしに透明化の魔法迄かけてここに来たんですか?」カレンが不審気に尋ねる。
「いえ、あの、その」完全にしどろもどろになっている。
「覗きに来たんですね」カレンが駄目押しした。
「……はい……」イルマ王女は観念した。
「でででも、覗こうとしただけで、お二人の間に割り込みたいとかそんな不埒な事を考えたわけでは――」
「割り込もうとしてたんですか?」
「いえ、違います――私なんかがお二人の間になんて」イルマ王女はそこで顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
恐らくその場面を想像してしまったのだろう――その様子をアナスタシア王女はつい可愛いと思ってしまった。
「良いですよ」アナスタシア王女は微笑んだ。
「そうですよね、私なんかがお二人の間になんておこがま――え?」イルマ王女は最初何を言われたか気が付かなかった。
「ですから、よろしいですわ――晩餐会が終わった後なら私達と――良いわね、カレン」
「姫様がそう仰るなら」カレンは表情を隠していたが、自分達の間に闖入者が入るのを望んでいないのは明らかだった――しかし主人の命令なら仕方ない。
イルマ王女は耳迄真っ赤にしてその言葉を聞いた。
カレンはイルマ王女の右腕を優しく放した――イルマが前に倒れそうになるのを抱き止めて支える。
「では、また改めて――」アナスタシア王女が言った。
そして、その晩、三人は床を共にする事になった。
――それどころか王女達だけでなくホークウィンドの元にも訪問者が有ったのだった。
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