殲滅
元大日本帝国陸軍特務少尉、転生者無口蓮は戦方士コールドゥの母と姉を連れて邪神チャウグナル=ファウグンの元へと
飛竜の速度なら十分と掛からない――あっという間に邪神の上空に到達する。
邪神の元に着いた時、邪神が甲高い声を上げた――無口蓮には知る由も無かったが邪神が兄弟神を呼ぶ声だった。
邪神は身体より大きい広場に出ていた――辺りには邪神に血を吸いつくされた干からびたミイラの様な遺骸が無数に転がっている。
無口蓮が透明化の魔法を掛けようとすると邪神は伝えた。
〝隠れても無駄だ。二度同じ手が通じる相手だと思うのか。それに<憎悪>もやって来る〟
「聞いてないぞ――」
〝今更逃げるな〟邪神は猫撫で声で無口蓮に語り掛ける。
〝王女達を手に入れる最後の機会だぞ〟魅了の魔法だった。
無口蓮はそれに気づかない――抵抗する事も出来なかった。
「そうだな。あの阿婆擦れ共を手に入れるには――」魅了の魔法は知性まで奪う訳では無い――判断力を捻じ曲げ、掛けた相手が味方だと思い込むだけだ。
「お前の仲間はいつ来る」
〝じきだ――そう時間はかからん〟
「女共、戦闘に備えろ。<憎悪>諸共敵を討ち果たす!」出来る限り邪神を助けなければならない――そう思わされた無口蓮は誇らしげに宣言した。
眼下で風が渦巻く――いよいよパーティーの始まりだ――無口蓮は戦いの高揚感に包まれていた。
* * *
「無口蓮――まだいたの」転移したエセルナート王国王女アナスタシアとその直属護衛騎士カレンは呆れ気味に呟いた。
無口蓮は不遜に笑っていた。
〝先に転生者を潰せ〟<憎悪>は
隻眼の老魔術師ガーザーが動いた。
「もうわかっていると思うが――」無口蓮の言葉を無視して呪文を唱える。
無口蓮は突然胸を掻きむしった――心臓を蹴られたような痛みが襲ったのだ。
「貴…様……――」ガーザーを睨み付ける。
無口蓮の心臓は破裂した――顔が青を通り越して土の色になる。
魔法で拘束されていたコールドゥの母と姉は落下した。
女魔術師マーヤが咄嗟に
邪神は人質を攻撃しなかった――王女達はそれを意外に思う。
わざわざ攻撃する必要も無いと思ったのか――それとも別に理由が有るのか。
鞍上に有った無口蓮の身体も二人に遅れて真っ逆さまに落下を始める――数十メートルを落下して地面に叩き付けられる――その上半身が胸まで潰れた。
無口蓮が連れてきていた仲間の情婦達は以前の様に無力化された筈――そう思った皆だったが、女達はその場を離れなかった。
邪神の魅了は無口蓮だけで無く情婦達にもかかっていたのだ。
「厄介だな――」軍偵忍者ライオーが呟く。
飛竜が炎を吹きかけて来る――転移してくる前から掛けておいた結界の魔法にそれは遮られた。
王女達は後衛はまとまって、前衛は邪神を取り囲む様に隊形を取った。
カレンは王女を護るべく後衛に入る。
コールドゥが持っていたイェルブレードは一時的にガーザーが持っていた。
元神の彼しかコールドゥがいない今<憎悪>の魔剣を持てる者は居なかった。
ガーザーは必要に応じて前衛に入る予定だ。
コールドゥの母と姉は気絶していた――彼女らを護るのは王女とカレンだった。
だがガーザーは王女達が思いも寄らない行動に出た。
「王女アナスタシア、お前がこの剣を持て」ガーザーは魔剣を王女に放った。
「――え?」王女は辛うじて魔剣の柄を掴む。
魔剣は重かった――王女はよろめく――柄を握りなおした瞬間今迄<憎悪>の代理としてこの魔剣を握った者の全ての感情が王女の体内に流れ込んできた――圧倒的な憎しみに王女は気圧された。
同時に目の前の敵に圧倒的な怒りを覚えた。
<憎悪>は王女達のパーティの力を増幅させていた――魔力も直接攻撃も神器を持った者並みの威力と化している――その上に魔剣イェルブレードの力を与えられた王女は半神と言っても過言では無かった。
王女に無口蓮の情婦二人が乗った飛竜が襲い掛かる――
魔剣が念じるだけで勝手に動く――飛竜の首が刎ね飛ばされた。
切断面からあっという間に灰と化していく――騎乗していた情婦達は辛うじて魔法で落下衝突の衝撃を抑えた。
一人は戦士、もう一人は魔法使いの様だ。
残る三体の飛竜の内、無口蓮の乗っていたワイバーンにはもう乗り手は居なかった――咆哮を上げながら飛び去る。
残りは飛竜二体に二人ずつ跨った情婦達と邪神だけだ。
飛竜の炎は役に立たなくなっている事を情婦達は悟っていた。
王女に接近戦を挑めばどうなるかは先程の一件で思い知っていた。
弱いものから狙うのが戦闘の基本だ。
後衛でまとまっている女神官ミアと女魔術師マーヤは狙えない――前衛でばらけている勇者の末裔マキか
魔法が使えないドワーフを襲うのが確実だ――二体の飛竜に跨った魔法戦士二人が前と後ろからシーラを襲う。
後ろに騎乗した残り二人は炎と凍気の魔法を唱えた。
シーラは呪文の隙間を抜けながらすれ違いざまに前から来た女に両手持ちの戦斧を振るう――狙い違わず女の鎧を直撃した。
攻撃を受けた女は鞍から落ちた――致命傷では無い。
しかし立ち上がろうとして果たせなかった――肋骨が折れていたのだ――口から血が零れた。
殆んど同時に女神官ミアが後ろの女に随意筋の全てを麻痺させる魔法を掛ける。
<憎悪>の加護が効いている――シーラは躱さなくともダメージにはならなかったろう。
それでも躱したのは余裕のなせる業だった――<憎悪>の助け無しでも私はやれる――そう誇示する事で相手の戦意をくじこうとしたのだ。
マキとキョーカは魔法を使う――マキは最後の一頭の飛竜の手綱を取っている女に昏睡の魔法を掛ける。
魔法の威力だけで無く、反射神経も上がっていた――相手が次の行動に移る前に魔法は発動した。
深い眠りに落ちた御者の女は無口蓮よろしく落下した――マキは魔力でクッションを作って女が傷つかない様地面に下す。
後ろで鞍に座っていた女にも昏睡の魔法が及んだ。
キョーカは単音詠唱の風魔法で落下直前に後ろの女を助ける。
主を失った飛竜二頭は辺りを二、三度旋回したが主人が動けないのを見ると飛び去った。
キョーカ達が戦ってる間に
既に邪神の大きさは四〇メートルを超えていた。
〝<憎悪>は隠れたか――それとも時間切れか〟言いしなに触腕――<憎悪>に焼かれた一本も多数の人間の血を吸う事で回復した――を三人に向ける。
八本だった触腕は体が大きくなるにつれ十二本にまで増えていた。
一人当たり四本の触腕、それに口吻を最大限に伸ばして脅威となり得る武器イェルブレードを持った王女を狙った。
口吻はものすごい速度で王女を襲った――そこに深紅の光が割り込んだ。
カレンだ――連続で突き出された魔槍が口吻をハチの巣の様に穴だらけにした――<憎悪>の助力が有るにしても深緋の稲妻〝スカーレットライトニング〟の名に恥じない恐るべき速度だった。
邪神は激痛に咆哮する――痛みにライオー達を狙った触腕は狙いを大きく外した。
ホークウィンドとライオーが一気に間を詰める――それぞれ苦無と日本刀、
ガーザーが魔法を唱えた――邪神は抵抗したが回避できない。
重力魔法だ――邪神は暫くふら付いたあげくにどうとあお向けに倒れた。
<憎悪>の加護を受けた皆は相手を憎むだけでなく、それ以上の力がみなぎってくるのを感じていた。
触腕を道代わりに邪神の身体に上っていったホークウィンド達は落下の衝撃をものともせずに突っ走る。
邪神は必死に触腕を振るう――だが二人は障害など無いかの様に身体へと辿り着いた。
触腕を一本ずつ解体するかの様に切断し始める。
〝――頼む――止めてくれ――〟邪神は恐怖の悲鳴を上げた。
「ガランダルの人間にそう言われてお前さんは吸血を止めたのか?」ライオーが言い放つ。
口吻もズタズタにされ、腕はバタつかせる事すら出来ず、杭に縛り付けられて死刑を執行されるのを待つのも同然だ――。
〝待ってくれ――あの戦方士を生き返らせる方法を教える。だから命は――〟
「その必要は無い。お前の思考を読ませて貰った――命乞いをするにはお前は人間を殺し過ぎた」ガーザーは冷酷だった。
〝何故だ――なぜこうも容易く――〟
「私が加護を与えたからだ」<憎悪>が現身をとって現われた。
〝卑怯だぞ――神でありながら現世に干渉するとは〟
「それは自分自身とアザトースに言え」<憎悪>の青色の顔と金色の瞳が皮肉に歪んだ。
「王女アナスタシア、邪神に止めを」<憎悪>は振り返って言った。
王女はこの場で邪神に殺された無辜の人間達――そしてコールドゥの憎悪に同調していた。
イェルブレードを引き摺りながら怒りをたたえた目で邪神を睨む。
「邪神チャウグナル=ファウグン――年貢の納め時よ――死の王ウールムの国へと堕ちなさい!」邪神の身体に上って心臓をイェルブレードで貫く。
この世のものとも思われぬ絶叫がほとばしった――全員が思わず耳を塞いだ。
邪神の全身から熱風が吹き出した――巨体が信じられない程の速度で灰と化していく。
見る間に灰は風に吹かれて消えていく――全身が燃え尽きるまで数分と掛からなかった。
〝――兄弟達よ――〟それが邪神の最後の言葉だった。
人間の持ち得る最悪の感情に圧倒されていた王女が解放された。
「姫様――」カレンが倒れかかる王女を抱き止める。
「終わったの――?」王女はカレンの腕の中で疲労困憊していた――魔剣に精神を消耗させられたのだ。
邪神は斃された――しかし全てが終わった訳では無かった。
空間が歪む――中から邪神と寸分違わぬもう一体の邪神――兄弟神が現れたのだ。
「少しくらい休ませてくれよ――」何とか言葉を発したシーラも残りの皆も疲労困憊していた。
――邪神の兄弟との連戦が始まろうとしていた。
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