憎悪の戦方士コールドゥ=ラグザエルの死
転生者無口蓮は次々と転移してくる“憎悪の戦方士”コールドゥとその仲間を見やった。
転生者はコールドゥの姉を抱えて右腕に手綱を掛け、“破壊不能”の日本刀を突き付け、母は最近お気に入りの情婦に見張らせた――姉は無口蓮の目を睨んだがその瞳には無力感が宿っていた。
「せいぜい役に立ってもらうぞ――阿婆擦れ共」無口蓮は酷薄な笑みを浮かべた。
最後に転移してきたのは王女アナスタシアと護衛女騎士カレンだった――互いに握り合った手を放してそれぞれに邪神チャウグナル=ファウグンに向かい合う。
コールドゥ達は邪神と戦う為の隊列を組み始めた。
「これを見ろ、火傷野郎――!」無口蓮は透明化――下からの視線に対処する為の魔法だった――を解いた。
戦闘態勢に入っていたコールドゥ達に大音声で呼ばわる。
コールドゥ達は乱入してきた無口蓮とその性奴隷達を見た。
「出たわね――小悪党」王女が吐き捨てた。
「大人しく王女アナスタシアと護衛女騎士カレンを引き渡せ――さもなくば」無口蓮は音を立てて日本刀の刃をコールドゥの姉に向けた。
「この期に及んで人質かい。何処まで性根が腐ってるんだか」ドワーフの女戦士シーラが罵る。
「大方真っ当に戦っても勝ち目が無いとみての事でしょう――仲間を捨て駒にする卑劣漢らしいわね」カレンも嫌悪感を露わにした。
「何とでも言え――負ける奴の言う事等すべて戯言だ」自分が二度も負けたことを無視して無口蓮は吠えた。
邪神も予想外の事の成り行きを見守っていた。
“余計な事をするな――転生者”怒りに燃えた声で邪神が唸る。
“我がこ奴らに負けるとでもいうのか”
「そうは言わない。只御身の力になりたいだけだ――」無口蓮は慌てた。
“ならば黙って見ていろ”
邪神の体躯は身長30メートルほどにまで成長していた。
この身体なら――しかしその思いは覆された。
<憎悪>の魔剣イェルブレードに焼かれ再生できなかった触腕が勝手に再生した。
――どういう事だ――邪神はわが身に起こった異変に驚く。
途端に右腕が持ち上げられ巨大な二支剣――イェルブレードを持った戦方士コールドゥを襲う。
コールドゥは寸前で腕を躱すと同時に魔剣で斬りつけてきた。
イェルブレードは腕に当たる寸前で邪神にも分からない謎の力に止められていた。
“何奴――”邪神は自らの肉体を操る正体不明の存在を必死に探す。
しかしコールドゥ達への警戒を怠らずに探るのは限界が有った。
その間にも触腕が邪神の意思に反し勝手に相手を襲う。
“チャンスだ――”無口蓮は飛竜を突進させる。
飛竜が炎の
飛竜の脚が王女を捕らえた――王女が悲鳴を上げる。
「姫様!!」カレンが叫ぶ。
「王女付女護衛騎士カレン。お前も付いてこい。さもなくば王女は――」無口蓮が勝ち誇る。
邪神の攻撃は止んでいた。
カレンは魔槍を“深緋の稲妻”の鎧に収納すると両手を上げて降参の姿勢を取った――無口蓮の飛竜に向かって歩き出す。
「いけない!カレン卿」エセルナート王国軍偵忍者ライオーが叫んだ。
「ライオー殿、騎士は忠誠を誓った主を護る者です。二度も目の前で主君をさらわれる訳にはいきません」一瞬沈黙が落ちた。
「後は頼みます」カレンは微笑んだ。
「おっと、ライオー。貴様は動くな」無口蓮は一人の情婦の乗る飛竜の口をライオーに向けさせた。
別の一人が転移の魔法を唱えた――置き土産に飛竜はライオーに炎の息を吹きかけていく。
ライオーは指一本動かさずに炎を受けた――髪一本すら焦げなかった。
闘気を身体にまとわせていたのだ。
――転生者とその仲間が王女と護衛騎士ごとコールドゥ達の視界から消える。
その様子を見ていた邪神は怒り狂った――しかし先程から指一本動かす事も出来ない。
口吻と触腕が意に反してコールドゥを襲う――触腕は躱されたが口吻がコールドゥの胸に突き刺さった。
「コールドゥ!」
血を啜ろうと口吻が脈動する――しかし血は流れ込んでこなかった。
“止めろ――”邪神は自分の肉体を操る何者かを恫喝した。
<憎悪>の
遅まきながら邪神はイェルブレードが<憎悪>の神器である事に気付いたのだ――長年の眠りから蘇った歓喜で完全に不注意になっていた。
邪神は全てを呪った。
バキバキと音を立てて口吻が心臓を潰す――見る間にコールドゥの顔が土気色になった――地面に倒れ伏す。
だが同時に口吻もズタズタに引き裂かれた。
邪神は覚悟を固めた――やって来るであろう<憎悪>に立ち向かうしかない――その前に身体の自由を取り戻さねば――。
目の前の人間共を叩き潰す――しかしまだ思う様に身体は動かない。
必死に感覚を巡らせて辺りを探す――だが邪神は何も怪しいものを探り当てる事が出来なかった――。
* * *
「やったか――」
声に驚いた部下達が個室代わりの書斎に飛び込んできた。
既に転生者無口蓮の視界から幼女神エリシャの視界に感覚共有の魔法は切り替えていた。
イェルブレードが地面に落ちて音を立てる――確実にコールドゥは死んだ。
――蘇生魔法も恐らく効果を発揮すまい――いかなる魔法でも無理だろう。
“終わりよ”エリシャの言葉が脳内に伝わってくる。
突然訪れた解決に心がまだ追い付いていなかった。
女神の視界が黒衣の老魔術師、宿敵ラルフ=ガレル=ガーザーを捉える――。
“ガーザーも殺しておく?ゲルグ”エリシャが尋ねてくる。
「いや、結構だ――奴とは儂が直接決着を付けねばなるまい」
“それが貴方の
「無口蓮に貸した人質を返して欲しい――まだ儂の役に立つからな」あの二人にコールドゥが死んだと言ったらどんな反応を返すだろう。
絶望に満ちた表情に更に絶望が上書きされるのか――魔法も使えない女共には良い調教になりそうだ。
「幼女神エリシャ――礼を言わせて貰う。邪神はどうするつもりか?」
“放っておくわ――邪神にガーザーが負けても構わないなら、だけど”
「邪神如きに殺される奴では無いだろう――好きにしてくれ」
“私もあと少ししか現世に留まっていられない。余計な力は使いたくないわ――面倒は御免よ”エリシャが欠伸する。
唐突にゲルグの視界が黒く染まった――幼女神が自分の領域に帰ったのだ。
ゲルグは感覚共有の魔法を切る――目の前に部下達が不安げな表情を浮かべて勢揃いしていた。
「運命は覆った――コールドゥは死んだ。もうこの件で動く必要は無い。かねてよりの計画――世界征服の大計画を進める――」ゲルグは秩序機構の構成員に宣言した。
部下達は顔を見合わせていた――数拍後その内容を理解し歓声を上げる。
「いよいよ我らの宿願が叶う時が来たのですね――総帥」幹部の中で一番若いディスティ=ティールが冷静さの中にも満面の笑みを浮かべて言った。
「呪われた街ウツロ――いや、今は“幸せの地”ヴェルメインに改名したのだったな――で実験を行う。実行部隊を組織しろ、ティールよ。お前を責任者に任命する」ゲルグは意気高らかに宣言した。
――この時より秩序機構はその最大の目的――世界征服に向かって全力で動き出したのだった。
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