幼女神エリシャと秩序機構総帥ゲルグ=アッカム
国際謀略組織、
転生者無口蓮が当てにならないのは分かっている。
転生者はエセルナート王国王女アナスタシアとその直属護衛女騎士カレンをさらって逃げる可能性が有った。
同じくエセルナート王国最強の軍偵忍者ライオー、そしてコールドゥに殺された恨みを持っているが正面切って戦いを挑むとは思えなかった。
勝てると確信した時のみ仇を討ちにいくだろう。
最も自分とて予言された破滅を避ける為コールドゥを殺す事しか考えていない――他人の事は言えない身だとゲルグは自嘲した。
ガランダリシャ王国連合の街ソーコルから拉致した白エルフの
巫術師ガーファルコン、
魔力を全く使わずに人を蘇らせたり、傷を癒したり、末期の癌患者を快癒させたりと個人を救うものから世界を破滅の淵から救った事すら何度か有った。
ゲルグもそれなりに礼節を尽くしてガーファルコンを迎えていた。
ガーファルコンはゲルグの事も無口蓮の事も咎めなかった――その事について尋ねた時、ガーファルコンは神はいかなる者も罰しはしない――同様に私も裁かないと当然のように言った。
その言葉を聞いた時、誰も罰されはしないとガーファルコンが言った時、ゲルグはこう言った――人は誰も死という罰を受けるのではないかと。
人は生死を繰り返してかくありたいという自分になっていく――生命は永遠であり、決して失われる事は無い――それがガーファルコンの答えだった。
如何にも挫折を知らない――神の導きの有る者が言いそうな事だとゲルグは鼻白んだ。
実際何と言おうと人は死んで土に還る、そしてそれっきりだ――それを少しでも先延ばしにしたいのが人というものだろう――かくいう自分もだ。
理論で説明できないものは存在しない――それがゲルグの信条だった。
自分の死を先延ばしにする為に孫を殺さなくてはならない。
ゲルグは邪神がコールドゥを殺せるか、それを確認する為転生者の視覚を共有していた。
遠目から見守る戦いでは邪神は噂程の力も発揮していなかった――あと少しで滅される直前だった。
手を貸している転生者は不死身だったがそれは殺されないという事では無い――殺された後に復活する迄数日から一週間程度時間が掛かるのだ。
王女と女騎士をさらえなかったらコールドゥ達に挑む意味が無い――そう考えているのは間違いなかった。
転生者の実力ではとてもコールドゥ達に太刀打ち出来ない。
そもそも協力関係であって配下ではないから命令も出来なかった。
ガランダルの手下も頼りにならない――近くに送った直属の部下を転移魔法で飛ばして邪神と戦っている背後を突くか――?
人質として拘束しているコールドゥの母と姉を殺すと脅しをかけるか――?
――いや、恐らく人質が殺される覚悟を固めてコールドゥは王女達と手を結んだのだ。
人質を殺せば確実に自分は殺される――殺さなければまだ使い道は有るかもしれない――そう思わせて圧力を掛ける腹積もりだろう。
或いは今のまま凌辱され続ける人生より死んだほうがマシだと考えたか。
復活魔法を掛けても蘇生できない様に殺す事は出来るが今は早すぎる。
邪神は力を増したとは言え負けるかもしれない――。
ゲルグは脳をフル回転させてコールドゥを殺す方法を考える――虚空をぼんやりと見詰めている様な様子に見えたろう――邪神が負けた時から籠っていた個室で一人考えを巡らせていたその時――。
「お悩みの様ね――秩序機構総帥ゲルグ=アッカム様」その場に不釣合いな声がした。
ゲルグは感覚共有を一時的に解いて声の主を見た。
目の前に羽衣の様な衣装をまとった白金の髪に空の色を思わせる碧い目、雪のように白い肌の少女が居た。
おおよそ実用性とは縁遠い服装だ――女性の大切な部分が辛うじて隠れる様な扇情的な格好だった。
「私はエリシャ。初めまして」親し気な笑みを浮かべて近づいて来る。
「エリシャ――?」ゲルグは何処かで聞いた様な名だと記憶を探った。
「それ以上近づくな」この場にこんな幼女が来ること自体おかしいのだ――幻覚魔法か何かで変装した暗殺者か?
「無口蓮をこの世界に転生させた女神と言えば分かる?」
「その女神が何の用だ?」ゲルグは訝しむ。
「お困りの様だから助けに来たの――迷える子羊を導くのは神の役目――でしょ?」外見に不相応な艶めかしい笑みだった。
「儂は神の助けを借りる程落ちぶれてはいない」
「でも八方塞がり――それをどうにかしたい――それは事実でしょ」
ゲルグは無口蓮が自慢げに言っていたことを思い出した――彼はエリシャを抱く事を条件にこの世界に転生したのだと。
「ああ、あれね。私、
女神と人の交わりは禁忌の筈だ――そう言おうとしたゲルグだったがその質問は先取りされた。
「貴方の同期生のラルフ=ガレル=ガーザーも斃さないとね――かつての友人にして貴方の最大の宿敵」ゲルグの耳元で幼女神は囁いた。
ゲルグは目の前の少女が間違い無く神だと認めざるを得なかった。
読心に敵の事を知っている――神でもないと説明がつかない。
「無口蓮にあそこまで強力な力を与えたのは何故だ――?」
「彼には適性が有ったわ――私、こう見えても人の特性を見抜くのは得意よ」幼女神エリシャはくすくすと笑った。
「私もせっかく神なんだもの――持ってる力は最大限使いたいわ」
「私の配下にならない――? <憎悪>の神の言うまま予言が成就するのは
ゲルグは己の内から膨らむ欲望を抑え込もうとした――エリシャは<憎悪>の様な絶対不死の神では無い。
「求めるのはそれだけでは無いだろう――」
「そう、白エルフの巫術師ガーファルコンも私にちょうだい。救世主が
「白エルフが欲しいなら直接本人の元へ行けば良い」
「貴方のお墨付きが必要なのよ――それに<憎悪>とガーザーにもちょっとした貸しが有るの。ここで一矢報いておかないと。神を信じない事で有名な貴方が私に屈するならそれも良い宣伝になる。魔法使いとして最高位の一人だもの」媚びを含んだ笑みをエリシャは浮かべた。
「望むことはそれだけか? もっと対価が要る筈だ――何が望みだ?」ゲルグは己を襲う欲望が神による精神操作だと悟った――何者を前にしても冷静さを失わない、それが自分の筈だ――ゲルグは頭を振って気持ちを落ち着かせた。
「つまらないわ――貴方は無口蓮とは違うのね」
「感情を理性で飼いならせなければ良き魔法使いとは言えぬ」
「感情を理性でふるいに掛ける機械みたいな人生に喜びが有ると思うの――若いわね――それに私がその気になれば貴方を生かすも殺すも自在なのよ」エリシャはむくれた。
「それでも儂にも誇りが有る――御前の配下にはならぬ」冷汗をかきながらもゲルグは気丈に言った。
エリシャは頬を膨らませていたがゲルグから離れると真正面からゲルグの顔を見つめた。
「コールドゥに死んで欲しいんでしょう――〝憎悪の戦方士〟に」ゲルグの言葉を待たずにエリシャは続けた。
「コールドゥの母と姉を我が下僕無口蓮に人質として使わせるのよ――」
「今から転移魔法で海上都市ガランダル迄飛ばせる筈が無い――仮にできたとして無口蓮に人質を使いこなす交渉力も戦術眼も無いだろう」ゲルグはエリシャの提案を疑問視した。
「私も邪神に力を貸す――それに私なら人質――貴方の娘と孫娘をガランダル迄送れるわ」幼女神エリシャは玉を転がすような笑いと共に言った。
「無口蓮は暴れすぎた――私の評判を下げかねないわ――失ったとしても痛くは無い」女神エリシャは幼子らしい残酷な笑みを浮かべる。
「私、飽きた玩具は放っておくの――でも新しい玩具を得る為なら壊しても良いわ」
「無口蓮は捨て駒か――」
「不死身と痛覚無視、それに愛刀の破壊不能の力は最後まで奪わないわ――この難局を見事に乗り切る事が出来たら我が軍の幹部候補として考えても良い――思し召しってやつね」
「儂にも選択肢は無いのだろう――上手くいくかどうか賭けてみようでは無いか」
配下になるかどうかも選択肢は無い――それをゲルグは思い知らされた。
「決まりね――利口で物わかりのいい人間は好きよ」幼女神エリシャは秩序機構総帥ゲルグの頬に口付けした。
* * *
〝元気してた――蓮?〟そんな場違いな台詞を聞いた転生者、無口蓮は跨った飛竜の手綱を思わず放しかけた。
無口蓮と仲間は海上都市ガランダルの上空を四体の飛竜に乗って遊弋していた。
〝女神エリシャ――何をふざけておられるのです〟少し前まで役立たずだの何だのと罵っていた当の相手からよもや連絡が有るとは思っていなかった為焦りが滲んだ。
〝コールドゥに対して有効な武器をあげる――壊れやすいものだから丁寧に扱いなさい〟
中空に光が集まると二人の人の形を取った――女の一人が空中浮遊の魔法を掛ける。
粗末なドレスをまとってもなお美しい女二人――コールドゥの母親と姉だった。
無口蓮は二人を見た瞬間に女神の意図を理解した――有力な駒だ――小躍りしそうになる。
コールドゥを従わせることは出来ても王女達が従うかは分からない――そんな簡単な事すら頭に浮かばなかった。
敵は敵――自分の思うままにならないものは全て敵でそこに区別など無い――余りにも単純なものの見方だ。
「さっさと出てこい――火傷野郎とその取り巻き共」眼下の邪神が海上都市を蹂躙する様を眺めて悦に入る。
自分のすぐ上に幼女神エリシャが転移してきている事にもまるで気付いていなかった――。
邪神の周囲に風が舞った――騎士団が駆けつけるより早くコールドゥ達が転移してきたのだ。
「さあ、お楽しみの始まりだ――」無口蓮とその情婦達は飛竜の高度を下げる――人質を見せつけられる様に。
邪神に人以上の知能が有るのは先程確認済みだ――味方すれば攻撃はされまい――万一攻撃されても上空に逃げれば良い。
事実では無く希望的観測で状況を捉える――多くの大日本帝国軍人が犯した過ちだった。
それがエリシャの不興を買い――ある意味で放置される状況に繋がっていたとも知らなかった。
〝私に与すればどんな凡俗でも何処の馬の骨でもここまでの力を与えられる――それはそれで良い宣伝になるわ〟幼女神エリシャが秩序機構総帥ゲルグにそう語った事を無口蓮は知る由も無かった――。
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