古よりの災厄

 果てしなく地中深くに伸びる石造りの迷宮の螺旋階段を降りていく。


 まるで地球の中心にまで続くのではないかと思わせる程深い。


 先頭は戦方士バトリザードコールドゥ、ホークウィンドのパーティが続き、王女アナスタシアと護衛騎士カレン、最後に隻眼の老魔術師ガーザー、最後尾が軍偵忍者ライオーだ。


 途中に分かれ道は一切無かった。


 ランタンの明かりを下向きにし、階段を照らしている。


 幅は人二人が並べる程度だが、もちろん手摺り等無い――落下の危険を避ける為全員の腰を丈夫な魔法の縄で繋ぎ一列になって階段を降りていった。


 転移魔法で下まで飛ぶには深さが分からず、空気が澱んで呼吸できない可能性も有り――同様に浮遊の魔法で降りようにも魔法が切れて落下する恐れがある為、それも危険で不可能だった。


 入口を確認しておいた為、帰りは転移魔法で飛べるのが救いだった――体力の無い王女は息を切らしている。


 筒状の空間の直径は十メートル程だろうか――深さはどれ位有るのか――見当もつかなかった。


 休憩を挟みながら、一刻弱で底に着いた。


 そこは縦横幅二十メートルほどの立方体の部屋になっていた。


 一行は腰から縄を外して収納する。


 扉らしきものは何処にも無かった。


「ここまで来てこれなの――?」王女が不満をぶちまけた。


「いや、入口も消えかかってはいたが魔法で隠されていた――多分ここも」コールドゥが解呪ディスペルの魔法を使う。


 降りて来た階段が部屋の隅に有り、その左側の壁が一瞬光った。


 光がおさまると石でできた扉が光の消えた所に有り、扉の両脇に柱が立っていた。


 扉には古語で“開けてはならない”旨の言葉が書かれていた。


 僅かな隙間から空気が漏れ出てきている――そのせいだろう、空気はここまで降りてきたにもかかわらず呼吸に支障はない――部屋の中に空気が入らない様になっている。


 外の空気が部屋の中に流れ込むと何か罠の様な物が発動するのだろうか。


 ここに安置されている神像を持ち帰る――それがコールドゥの祖父にして仇、秩序機構オーダーオーガナイゼーション総帥ゲルグの命令だった。


 そして老魔術師ガーザーがいずれ海上都市ガランダルを壊滅させる程の災厄が起きると予言した場所だ。


 残念ながら他の冒険者達を援軍にする事は出来なかった。


「マーヤ。この扉の向こうから何か感じる?」不老不死ハイエルフの女忍者ホークウィンドが小柄な女魔術師に訊く。


「いいえ――特に何も無いですわ、お姉様」マーヤが魔法を唱えて言った。


「扉は魔法で封じられているな――ここも解呪で」


「先ず戦闘隊形を組みましょう」


 王女の言葉で前衛と後衛に分かれる――コールドゥは<憎悪>の魔剣イェルブレードを抜いた。


 皆も各々の得物を構え、戦闘態勢に入った。


 王女は胸のペンダントを意識する――白エルフの巫術師シャーマンガーファルコンと共に暮らしていた人間族の女性が預けた物だ。


 最初は自分が持つ事になるとは思ってなかったのだが、コールドゥが王女が持つべきだと主張して、王女以外の皆がそれに賛成したのだ。


 その時の様子を王女は思い出す――。


“まるで私が足手まといみたいじゃない――”王女はそう反論したのだが残りの者はその言葉を全く否定しなかった。


“姫様――率直に言ってそれが真実です”救いを求めるように見た直属護衛騎士カレンの言葉に王女は返す言葉に詰まった。


“何もそこまで言わなくても――”王女は機嫌を損ねてそれが表情にも出てしまう――後で後悔したのだが。


「じゃあ、扉を開けるぞ」コールドゥの言葉に王女は現実に引き戻された。


 コールドゥが魔法を使う――石同士がこすれ合う軋み音と共にゆっくりと扉が開いていく。


 中から風が吹きつけてきた――それが止むと一面暗闇だ。


 ランタンの明かりに照らされたのは台座の上に乗った高さ十メートル程の禍々しい異形の姿だった。


 石像だ。


 だが、人の手で彫られたにしては細部が緻密すぎる。


 人間以外の何かがこの像を造ったのか――。


「これを持って帰る――無理でしょう」王女が呆れたと言わんばかりに首を振った。


 ホークウィンド達は像も見つつ辺りを警戒していた。


 ガーザーとライオーは後ろを見張っていた。


 迷宮探索では最前列と最後列が一番危険だからだ。


 冒険者を後方から不意打ちするのは怪物――特に知性ある怪物の得意手段だ。


 部屋を片隅から点検して回る――罠が無いか調べていく。


 落とし穴も無ければ毒ガスを噴霧する装置も無い――入口は閉まらない様魔法の力場で固定していた――入り口をふさぐ落とし戸も無い。


 三十分程探索したが像以外何も見つからない――宝物の類も無かった。


「無駄足だったのか――?」ライオーは納得のいかない様子だった。


 空気は台座の四方から噴き出しているらしかった――まるで像を取り囲む様に。


 その時空間に穴が開いた――魔法で作られた物だ。


 その穴からどさりと何かが投げ込まれた。


 ホークウィンドがランタンで照らす――体のあちこちから血を流した少女だった。


「大丈夫――?」王女とカレンが駆け寄る――王女が治癒魔法を唱え始めた――だがこれこそが罠だったのだ。


 神像を見ていたコールドゥは違和感を感じた――光の反射のせいか神像の色が灰白色から黒っぽい色になった様に思えた。


 見る間に石造りの神像が色を帯びる――長い口吻――先端に牙が生えていた――が血まみれの少女を襲う。


 コールドゥはイェルブレードで即座に斬りかかっていた――それだけではない――カレンも同時に魔槍で口吻を叩き切ろうとする。


 だが口吻は少女の身体に突き刺さった――少女が痛みに絶叫する。


 少女の顔から見る間に血の気が引いて顔色が青白くなる――口吻は少女の血を吸っていた――石像は本来の姿――吸血生物のそれだ――を取り戻す。


 少女の身体は物の数分も経たない内にミイラの様な無残な姿と化した。


“血を寄こせ――”コールドゥ達の脳裏に声が響く。


「誰がそう言われてはい渡しますなんて言うかよ――」怒りに燃えたドワーフの女戦士シーラが戦斧で吸血生物に斬りかかった。


 鈍い音が響き、シーラは両手を襲った痺れに顔をしかませる――硬いだけでなく恐ろしい程の弾力も併せ持っていた――只の石なら一撃で粉砕されていた筈だ。


 まだ完全に力を取り戻していないのだろう――吸血生物の動きにはぎこちなさが残っていた。


 エルフの女魔法戦士サムライキョーカが火炎放射の魔法を使う――魔法は敵に当たる直前で掻き消えた。


“血を――”吸血生物の姿が一陣の風とともに消えた。


「透明化した――!?」勇者の末裔マキが叫んだ。


「違う――転移です!」女神官ミアも呼応するように叫ぶ。


「皆集まれ――奴を追う」今まで戦況を見ていたガーザーが指示を出した。


 その時、部屋中に笑い声が響いた。


「久しぶりだな、クソ異世界人共」


「この声は――転生者――無口蓮むぐちれんとか言った――死んだはずじゃなかったの」王女が信じられないという顔をした。


「心臓を食い破っただけじゃなく、灰もまき散らして蘇生魔法を使えなくした筈なのに――」西方中部の魔法では灰になった人間を蘇生させることも可能だが、灰は一つまみでも失ったら蘇生できなくなる――灰を完全に吹き飛ばした筈の男が何故蘇生したのか――。


「チャウグナル=ファウグン」無口蓮は楽しそうに言った。


「まさか――」ガーザーの顔色が変わる。


「そう、古の吸血邪神だ――王女アナスタシアとその護衛騎士カレンを俺様に渡せば、奴を止めてやってもいいぞ」


「誰がお前なんかのものに――」カレンが怒りに唸る。


「ま、いずれ俺様のものになる運命は変えられない――それより急いだ方が良いぞ――邪神はガランダルの繁華街に転移した」そう言って哄笑した。


 それきり声はぷつりと途切れた。


「邪神の正確な場所は――」王女が緊迫した声を出した。


「俺の悪魔の一部を邪神に植え付けた――それを辿れば大丈夫だ」コールドゥが落ち着いた声で言う。


「それと血を吸われた娘も転移させよう――もしかすると救えるかも知れない」


「分かったわ。ミア、蘇生魔法をこの娘にお願い。街の寺院に預けるより今蘇生させた方が良い」王女は頭脳を精一杯回転させて状況に対処する。


「いと慈悲深き至高神カドルトよ――御神のしもべの願いにどうか御力を――」ミアが魔法を唱えだした――。


 *   *   *


 自称元大日本帝国陸軍特務中佐――実際は最終階級は少尉に過ぎなかった、自分を大物に見せる為の経歴詐称だ――にして転生者、無口蓮は飛竜ワイバーンに跨りながら邪神が地上に顕現するのを見物していた。


 上を向いた鼻、大きく歪んだ口が何処となく猿を思わせる風貌の男だ。


 前回の反省から手を出すのは最終局面に掛かってからにするつもりだった――邪神がコールドゥとライオーを弱らせてから割り込んで仇を討ち、ついでに王女とカレンを略奪する。


 自分の手で止めを刺さなければ気が済まない――前に完敗した時の事を思い出し怒りが身をよぎった。


 邪黒龍グレーニウスに騎乗させろと直談判したがけんもほろろに断られた――その事で更に怒りを募らせた。


 結局以前と同じ飛竜に乗る羽目になり、邪黒龍も無口蓮の復讐予定一覧表に加わる事となった。


 合計四体の飛竜に乗った仲間と自分を透明化の魔法で隠している。


 散らばった奴隷達を秩序機構に集めさせると同時に、自らの“スキル”――“不死身”“痛覚無視”そして“破壊不能”と化した愛刀――この世界に自身を転生させた幼女神エリシャに“特典”として貰ったものだ――を分析させることを条件に今後も協力を引き出す約束をした。


 自分を守れなかった奴隷は傷を負わせて邪神の前に捨てた――封じられた邪神チャウグナル=ファウグンは血の匂いと共に石化から目覚め辺りを無差別に襲う――ディスティ=ティールとかいう秩序機構の若造からそう聞いたからだ。


 それを利用したのだ――丁度良い口減らしだ――無口蓮はそううそぶいた。


 ゲルグもティールもその態度と識見に呆れ果てていたが使えるものは使う、敵の敵は味方という観点から手を貸していた。


 壊れているのは自分達も同じだ――その諦観もあった。


 “不死身”は確かに効力を発揮した――蘇生魔法無しで一週間足らずで無口蓮は復活した。


 これ程の力を与えて幼女神エリシャは何の得が有るのか――それを推し量るべく秩序機構は無口蓮に協力する事を決めたのだ。


 コールドゥがカレン達と手を組んだ――無口蓮からもたらされた情報を確認する為、秩序機構の手先――ガランダルにも協力者が居た――がコールドゥ達を見張っていた。


 しかし、確たる証拠は掴めず、邪神が復活した際に無口蓮の視野を感覚共有の魔法を使ってようやく確認できるといった有様だった。


 無口蓮とその視覚を通して状況を見守る秩序機構総帥ゲルグとその弟子ティール達構成員の前に活気ある街が広がる。


 海上都市ガランダル――その町の広場に突然邪神が姿を現した。


 余りにも前触れなく登場した為、最初人々は何らかの魔法の悪戯だと勘違いしていた――幻影イリュージョンの魔法か何かだと。


 長い口吻が人を襲って――行商人の一行だった――その首を嚙み千切った時も殆どの人はこれは良く出来た作り物だと思い込んでいた。


 行商人の連れていた馬が降りかかった血に反応して高くいなないた。


 攻撃を免れた行商人達が喚きながら逃げ出す――初めて人々はそれが幻影等で無い事を知った。


 ――我先に逃げ惑う者、呆然と立ち尽くす者、悲鳴を上げてうずくまる者、只々邪神を見つめる者――広場は騒然となった。


 邪神が暴れ始めてからかっきり五分後、コールドゥ達が転移してきた。


 ――いよいよ復讐の始まりだ――無口蓮はほくそ笑む。


 ――邪神の複眼にコールドゥの姿がはっきりと映った――。

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