白エルフと黒龍
夕刻、日の入りギリギリで
ソーコルには城壁が無かった――
その結界の外、森の近くの民家にガーファルコンは居候していた。
ベレシルオンが家人の女性――人間だった――にガーファルコンの力を借りたいという旨の話をする。
コールドゥ達はベレシルオンの後について家に入った――狭い部屋がいっぱいになった。
家そのものも玄関も無く二間程度というあばら家で、王女アナスタシアとその直属護衛女騎士カレンも含めて全員この様な所に
歩いている間にすっかり日は落ちてしまっていた。
家人の女性とその娘だろう――七、八歳位の女の子が心配そうに入口からコールドゥ達を見ていた。
部屋には灯りとしてランプが掛かっている。
そのランプに照らされたガーファルコンは真っ白な装束に同じく白い肌、白銀の長い髪に同じ色のまつ毛の瞳を閉じてソファに座っていた。
足元に同じく真っ白の狼が寝そべっている。
ホークウィンドや魔法戦士キョーカと同様に長い耳がエルフである事を示していた。
「コールドゥ=ラグザエル、ですね」深く響く男とも女ともつかない中性的な声。
「貴方方が来ることは分かっていました――唯一創造女神リェサニエルの思し召しでしょう」
「では、俺達の目的も分かっていると――」コールドゥが確認する。
「貴方の実祖父、秩序機構総帥ゲルグ=アッカムを斃す事でしょう――悲しい話です」
部屋の隅に有る止まり木に白い隼が止まっていた。
ガーファルコンは目を閉じたままだ。
もしかして――王女達は有る事に気付いた。
ガーファルコンは盲目だ。
「良く分かりますね――そう、私は目が見えません」止まり木から白隼が飛んできてガーファルコンの肩に止まる。
“――心を読まれた?”王女達は更に驚いた。
「それもその通り――そして私自身は目が見えませんが――私の友と感覚を共にしています」
白隼の鋭い瞳が並んだ王女達を見渡す。
コールドゥは白隼の視線が自分の視線とぶつかったのを感じた。
「左手を中心に身体に巣くった悪魔、<憎悪>の神ラグズにちなんで付けられたラグザエルの名――貴方の復讐は為されるとも為されないとも言えます」
「それはゲルグが死なないって事?」ホークウィンドは頭に押し寄せる既視感に翻弄されていた。
白隼がホークウィンドを見つめる。
「ホークウィンド、私が真の名を与えた赤子がここまで育つとは」
「やっぱりボクの名前を付けたのは――」
「そう、スカラ=ブラエの森で生まれた貴女に名前を付けたのは他でもない――この私、ガーファルコン。ホークウィンド、貴女の真の名は誰にも明かしてはならない――エルフ族の運命を担う
ガーファルコンが頭を下げた。
次に白隼は同じくエルフの魔法戦士キョーカを見る。
「キョーカ、貴女は自由に生きなさい――運命に縛られず、自ら運命を紡ぐ乙女」
一時沈黙が訪れた。
「貴方方一人一人の運命は、貴方達が想像するより大きい――全ての人に言える事では有りますが」
「アタイ達が世界を救うって事?」ドワーフの女戦士シーラが割り込む。
「そうです。それも一度ならず」シーラの無作法ともいえる質問にもガーファルコンは穏やかさを崩さなかった。
「ガーファルコン、貴方の助けを得る為に私達は何を捧げればいいのですか?」王女が尋ねた。
「何も――富も名声も私には不要です。ただ為したい事を為すのみ」
「――ですが――」
「ガランダルに出向いて、起こるべく“災厄”を防ぐ為同道して頂けませんか?ガーファルコン殿」カレンも重ねて請う。
「それは叶いません」冷たさを一切感じさせない穏やかさだった。
「どうしてですか?王国は出来る限り貴方の望みを叶えます――そうですね、姫様」
「ええ――」王女は首を縦に振ってカレンの言葉を肯定した。
「私は今以上の生活を望んではいないのです。断ればエセルナート王家の顔に泥を塗る――それは分かります。ですが私はガランダルに向かう事は出来ないでしょう」
ガーファルコンは呼吸さえもしていないかの様に静止していた。
「聞こえませんか――」
「何かが空を飛んでくる音がする――それも巨大な何かが」ホークウィンドが目を閉じて耳を澄ませた。
「近いわ――」カレンも微かに何かが吠える様な声を聴いた――。
「確かに――聞こえます」「こっちに近づいて来る」キョーカとシーラも感づいた。
全員が戦闘態勢を取った――途端に地響きが辺りに響いた。
質素な家具が揺れる――家人の女性とその娘が部屋に飛び込んで来た。
「王女様――矢張り一つだけ頼みが――私がいなくなった時は彼女達を宜しくお願いします」ガーファルコンが家人達を抱きとめた。
辺りに低い咆哮が轟いた――巨大な何かが音を立てて迫ってくる。
「打って出るわ――前衛はシーラ、ホークウィンド、マキ、キョーカ、カレン。後衛は私とマーヤ、ミア、それにコールドゥ。近づいて来るのが敵だったら即時攻撃。ガーファルコン、ベレシルオン、貴方達は隙を見て街まで逃げて」王女が素早く指示を出す。
マーヤとミア、それにコールドゥが防御の結界を張る。
「行くわよ――」王女の合図でコールドゥ達は隊列を組んで飛び出した。
王女達が目にしたのは夜闇を背景になお黒い巨大な影だった。
「
敵か、味方か、それともたまたま辺りを通りがかってこのあばら家に興味を引かれたのか――
警戒する王女達を長い首の先についた頭が睥睨する。
「王女アナスタシアとその直属護衛騎士カレン、そして戦方士コールドゥと女忍者ホークウィンドのパーティーだな――」
「何の用向きかしら――偉大なる龍族」王女が気丈に答えた。
「ガーファルコンを呼べ――俺は黒龍グレーニウス。お前達に敵対するものだ」
「グレーニウス――あのビゼルトの街を壊滅させた邪黒龍」カレンが魔槍を構える。
「私ならここです」白一色の装束の不老不死エルフ、ガーファルコンが白狼と白隼をつれて背後の家から出てきた。
家人達が心配そうに陰から様子を見ていた。
「ガーファルコン、お前を秩序機構総帥ゲルグが呼んでいる。ついてきてもらうぞ」
「そうはさせないわ――」半ば予想していた言葉に王女達は散開隊形を取った――王女の前にカレンがついてその身を護る。
「ここで戦えば彼女達が傷つくのは避けられない――私が行けば争いが避けられるなら――」ガーファルコンの言葉を王女は遮る。
「ゲルグは信用ならない卑劣漢よ――邪黒龍だって――」
「それでも私は行かねばならない――分かってくれとは言いません、賢き王女。私は恐らく死ぬ事になるでしょう」
その言葉を聞いた家人の女性とその娘が走ってきてガーファルコンに抱きついた。
「簡単に死ぬ事を選ばないで――貴方――貴方は数少ない不老不死エルフなのよ」
「行かないで――おじさん」
「下がりなさい、二人とも」ガーファルコンは優しく、しかし反論を許さない強さで二人を諭した。
ガーファルコンが軽く触れると二人は眠り込んだ――倒れそうになる二人を白狼が受け止める。
「グレーニウス、貴方も龍なら誇りが有る筈でしょう――私がついていけば他の人は見逃す、その条件なら要求に従います」
「良いだろう――白狼と白隼も連れて行く――
「いけない――ガーファルコン!」王女が必死に止めた。
ガーファルコンは微笑んだ。
魔法で出来た球体の力場にガーファルコンとその使い魔達が囚われた。
邪黒龍グレーニウスは羽根を広げると大きく羽ばたいた。
巨体が舞い上がる――ガーファルコン達を捕らえた球体ごと。
見る間に高く昇っていく。
王女達はグレーニウスの去り際に龍族の攻撃手段――黒龍の場合は強酸を吐きかけて来る――が来るのではと警戒したが、それは無かった。
「龍族としての最低限の誇りは持っていた――という訳ですね」カレンが溜めていた息を吐いた。
「でもやる事は増えたんじゃない――アタイ達はガーファルコンも助けないと、それに――」シーラは地面で眠る親子を見た。
「この二人の事も頼まれたしね」ホークウィンドが後を引き取った。
「ガランダルの“災厄”を防ぎ次第魔都マギスパイトに向かって出発するわ――その前にこの二人に当座の生活費を渡しておかないと――」
夜空に黒雲が湧き始めていた――じきに雨が来るかもしれない。
倒れた二人をあばら家の粗末なベッドに運び、毛布を掛ける。
気付けの薬を二人に嗅がせてみたが、まるで起きる様子が無かった。
「ベレシルオン――貴方は船に戻らなくていいの?」王女が海エルフの船長に問う。
「一人で雨の中を歩いて帰る程酔狂ではありませんよ――私の部下も船一つ守れない程のやわではない」
防御の結界を応用して家の脇に雨風よけの簡易なシェルターを作る。男性陣はこちらに泊まる事になった。
女性陣は二間の家にすし詰めになって眠る。
床には厚く藁をひいたおかげで、直接床に寝るよりは大分マシになった。
降り出した雨はあっという間に大雨になった――そのまま夜明けまで降り続けた。
そして翌朝――雲の切れ端から陽が覗いた。
夜明けと共にほぼ全員が起きた。
手際よく井戸から水を汲み、濾過の魔力の籠った腕輪を通して清め、洗顔と朝食の用意をした。
魔法でテーブルと椅子を作り、そこに収納魔法でしまってあった皿を置く。
朝食と言っても、携帯したパンに牛乳、腸詰、葉物野菜を包丁で切って街で買っていたヨーグルトにジャムを混ぜた物を沿えた程度だった。
家人の二人は朝食の準備中に起きて来た。
「あの人は――」母親の方が朝食の最中に尋ねてくる。
「心配いらないわ――必ず私達が連れ戻してみせる」王女が二人を安心させる様に胸に手を当てた。
「それより――当座の生活費を」
「大丈夫です――あの人はソーコルの
「娘さんは?」ホークウィンドが尋ねる。
「針子の組合で見習いをやっています――生活の心配はいりません――だけど、あの人が意のままに動かない時は私達は人質にされるかも知れない」
「どうしたものでしょう――」一同は考え込んだ。
「それならこれを使え」コールドゥが左手に嵌めていた指輪を差し出す。
「これは――?」
「一日二回、最大五人迄一斉に跳べる転移の魔法を使える指輪だ――長距離は無理だが、危険な場所を離れるのには役立つ」
「ですが貴方は――」
「俺自身も転移の魔法は使える――念の為に持ってきていたものだ。ゲルグにお前達が利用される様な事になるのが気に入らないだけだ」コールドゥはわざとつっけんどんな物言いをした。
「それにお前達迄さらわれれば余計な心配事が増える」
「――ありがとうございます。ほら、貴女もお礼を言って」
母と娘はぺこりと頭を下げた。
「これを――」母親は首から下げていたペンダントをコールドゥに渡す「一度だけ“死んだ”時に身代わりになってくれる護符です、貴方からいただいた物とは釣り合わないとは思いますが――」
コールドゥ達は簡単に礼を述べるとソーコルの港に向かって転移の魔法で飛んだ。
午前中の内に準備を整え、いよいよガランダルに向けて出発したのだった。
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