船上で
「来て、カレン――」
「姫様――」
ドワーフ王国の洞窟都市ゴモータル以来、余り入れなかった風呂を楽しんだ後、リルテイス一の宿屋の一番高級な部屋で王女アナスタシアと直属護衛騎士カレンは久しぶりに激しく愛しあった。
コールドゥとライオー達は隣の部屋に居る。
二人きりで夜を過ごす事になったのはエセルナート王国を出発して以来だ。
ホークウィンド達は反対側の隣に居た。
空いた時間の分だけ互いを求めあう――相手そのものを貪るように身体を合わせて二人は果てしない高み――深みと呼んでも良かった――に何度も達したのだった。
* * *
ガランダリシャ王国連合首都ガランダルへの船上――
普段は
カレンやホークウィンド達は透明化の魔法で隠れていた。
空中に魔力を持つ者のみに視える目玉――まさに眼球だ――が現れた。
目玉はぎょろぎょろと辺りを見回すとコールドゥに焦点を定めた。
〝我が不肖の孫コールドゥ。先日の贈り物はどうした〟念話の魔法でコールドゥと王女に語り掛ける。
〝エセルナートの忍者に倒されただろう――その後は知らん。追えと言われてももう遅い〟コールドゥは憎しみを宿した目で目玉を見る。
〝王女は生かしたまま連れているのだろうな〟
コールドゥは顎で王女を指した。
王女もゲルグを――正確にはゲルグの視点の目玉だ――を睨む。
〝次は王国連合首都ガランダルで閉ざされた神殿に入り、祀られている神像を持ち出せ――おかしなことを考えれば――〟ゲルグは言葉を切った。
〝何時か吠え面をかかせてやる――ゲルグ、貴様が俺を罠に掛けようとしている事は知っている。人質を取っていい気になって居られるのも今の内だけだ――〟
〝今の所は儂が優位だぞ――運命の三女神のする事は計り知れぬが、それでも儂が負ける事等無い〟
目玉が震え始める――徐々にその姿は薄れ、そしてそこには初めから何も無かったかの様な虚空だけが残った。
念話も途切れている。
海エルフの船長のベレシルオンはその様子を盗み見ていた。
「只事では無いと思っていたが、こんな大事だとは思っても無かったよ」
「分かっていると思うが――」
「言わなくてもいい――結局、お前さんは王女を意に反してさらってきた――家族を人質に取られて。秩序機構がどんな組織かは私も知っている。エルフにも犠牲になったものは数知れない――倒す手助けなら私もするぞ」ベレシルオンはコールドゥの言葉を遮った。
他の海エルフの水夫達も頷く。
透明化していたホークウィンド達の魔法が解かれた。
「エルフ達の中で〝閉ざされた神殿〟について知っている人はいらっしゃいますか、ベレシルオン」コールドゥが返事をする前に王女がベレシルオンに話し掛けた。
「エルフの中でも知る者は少ない――遥か昔より存在する――それだけが知られています。王女アナスタシア」
「助けてくれるという事だけど、仕事も有る中で出来る事は限られるんじゃない」
「この先停泊する街に助けになってくれる人物が居る――他にも私のつてを当たってみよう」
「感謝する――」コールドゥが言った。
「ガランダル迄後四日――〝閉ざされた神殿〟に入ればガランダルが壊滅する可能性も有ると力有る魔術師より聞かされました。万一の場合に備えて市民が避難する様呼び掛けては貰えませんか」
「出来るだけの事はしましょう――しかし信じては貰えないかも知れない。我ら海エルフは何処に居ても特殊な目で見られる」
「何かが起きる前から逃げる様準備をしてくれというのも難しいだろう」コールドゥが指摘した。
「海エルフの長からガランダリシャ王国連合の王家に働きかけてみましょう――そう――やってみる価値は有る」ベレシルオンが言い聞かせるように言った。
「ライオー達は先にガランダルに入る手筈でしたわね――」マーヤが小柄な身体に似合わない大きな胸を揺らす。
ホークウィンド――彼女はエルフらしく、いや、エルフの中でも際立って胸の無い女性だったが――に最初に手を出されたのがマーヤだった。
ホークウィンドの数少ないコンプレックスの一つが胸が殆ど無い事だ――他の女性陣でそれを気にする者は殆ど居なかったが、ホークウィンドは気に病んでいた。
マーヤの胸を触る所から始まり――今や肉体関係を持つ迄に至っている。
コールドゥを追跡していた一行の中でホークウィンドと肉体関係が無いのはカレンだけだった。
正確にはカレンは王女が自分に愛想をつかしたと勘違いしてホークウィンドに抱いて欲しいと頼んだことが有ったのだが、事実を把握していたホークウィンドにやんわりと断られて――結局王女を裏切らずに済んだのだ。
最も思春期の性欲を持て余していたカレンにはそれはそれで半分生き地獄ではあった。
自分で慰めるだけで収められたのは奇跡だったと後々振り返ったカレンは冷汗をかくような思いをした――その分、王女と再会した時にはまるで飢えた野獣の様にその身体――と心と魂を求めたのだが。
「上手くゲルグを欺けましたでしょうか――姫様」そのカレンが王女の手を握る。
「多分――もう少しはなんとかできると思うわ――痛いわ、カレン――」王女に言われカレンは慌てて手を握りなおす。
「す、すみません――姫様」汚されなかったとは言え、カレンはどうしても最愛の人が他の人間――しかも男と数ヵ月を過ごしていたという事を受け入れられずにいた。
「ですけど、いつまで欺けるか――せめてガランダルを越える所位迄はいってほしいですわね」マーヤが二人の世界に入りそうになる王女とカレンに待ったをかけた。
ゲルグが遠見の魔法を不意に使ってくれば、コールドゥとカレン達が手を結んだのはすぐに露見する。
しかし遠見の魔法は遠い程消費する魔力が増えていく――魔都から離れたこの辺りではかなりの魔力を消耗する――従ってそうそう魔法でこちらが見られる事は無い筈だった。
「ところで、次の街で私達を助けてくれる方ってどんな方ですの? ベレシルオン殿」マーヤが海エルフの船長を見上げて聞いた。
「
白エルフ、極地に住むエルフ達――数は少なく、全員合わせても数百人にも満たないと言われていた。
「祖父から聞いたところによれば彼も不老不死エルフだとの事だ――名は知られていないが、魔術師としても腕は確かだと言っていた」
「白エルフの巫術師――まさかね」ホークウィンドは何かに思い当たった様だった。
「どうかされまして――お姉さま?」マーヤが疑問を顔に浮かべた。
「いや、多分――」ホークウィンドの言葉は突然遮られた。
何かが落ちるような音がした――ホークウィンド達が振り返った――それはコールドゥが崩れ落ちる音だった。
跪いたコールドゥの口から血が溢れる。
「がはッ――」コールドゥは口を右手で押さえる――ゴボゴボという音――自らの血でせき込んでいるのだ。
「コールドゥ!?」王女と一行が駆け寄る。
「だ…丈夫……だ……」一言一言喋る度に口から血が零れた。
激痛に襲われているのが傍目にも分かった。
「ちっとも大丈夫じゃないわ――ミア、急いで――」王女がミアに回復魔法を掛けるよう促す。
王女達は最初、魔法か何かにコールドゥがやられたのかと考えた。
しかし――
「攻撃された形跡は有りませんわ――」マーヤが断言した。
「身体に植え付けられた悪魔の拒絶反応です――悪魔の活動を抑えないと」女神官ミアが悪魔系の怪物の活動を鈍らせる魔法を掛ける。
うずくまりながら左目と口に手を当てて苦悶していたコールドゥだったが、呼吸が少しずつ落ち着いてくる。
「聖都リルガミンでダバルプスに悪魔を活性化されたのと状況が似ていたわね――すぐ気付くべきだった」王女は判断が甘かった事を悔いていた。
「ここまで浸食が進んでいるとは――予想以上に症状が悪化していますわね」マーヤの声には同情が有った。
「――とにかく――助かった」コールドゥはぜいぜいと肩で息をしていた。
「今の所は魔法で抑える事も出来ますけど――じきに効かなくなってきます――それでもこの魔法を習得した方が良いわ」ミアがコールドゥを諭す。
「急ぎたいけど、船旅ではそうもいかないね。河の流れの速い所を選んで行く位しか出来ないだろうし」ホークウィンドがどうしたものかと考え込む。
「水の精霊に船を押させる事は出来るだろう――船足も倍には出来る。今日の夕方迄には白エルフの居る街に行ける」
「その白エルフの名はなんて言うのですか?」ミアが思い出したように尋ねる。
「本名は誰も知らない――皆には〝
「船を速めて頂けるならそれに応じたお金は出しますわ――ガーファルコンを紹介して頂く事と王国連合への働きかけもなさって頂く事の礼も含めて。エセルナート王家として恩を受けっぱなしという訳にはいきません」王女がベレシルオンを見据えて言った。
「水の精霊を呼び出せ――船足を上げるぞ」ベレシルオンが部下の
「帆も上げろ――」
竜が翼を広げた程の大きさの船は身体にもそれと分かる程一気に速度を上げた――。
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