転生者 無口蓮
「全く転生様々だぜ」刀――日本刀だ――を腰に下げた平均より少し背の高い若い男が口元を歪めて笑った。
整った所も無くはないがどことなく猿を思わせる顔立ちの男だ。
「蓮様――お戯れも程々に――」男に抱かれていた少女――金髪に青い目の人間族だ――が抵抗する素振りを見せる。
「
「百人以上人を斬ったとの事ですわね」少女はうっとりとした視線を向ける。
「一五八人だ――」蓮は刀を抜くと女の首元に刃を当てた。
少女は恐怖の表情を浮かべた――実際は全く恐怖等感じてはいなかった――こうすれば彼女の御主人様は喜ぶ。
「怯えて体を動かすなよ――首と胴が離れ離れになりたくなきゃな――」
「ああ――蓮様」少女は喘ぐ。
少女は人格を破壊されていた――転生者の――正確には彼を召喚した神の“魅了”によって。
二人の周りには様々な種族の少女達――中には十歳以下の年齢の者まで居た。
「蓮様――次は私めを――」口々に転生者を求める言葉が響く――眼差しは何処か虚ろだった。
蓮――
四十五歳で戦犯として絞首刑となったが、彼の魂は転生した――二十歳の肉体と破壊不可能となった愛刀と共に。
「良いぜ、皆来いよ――」満足気に笑う。
転生してから彼の人生は幸運続きだった。
死刑判決を受けて魂の底から怯えていた自分に今の状況を教えてやりたい位だった。
転生して半年、望んだ女を全て手に入れ、旨いものを喰い、気に食わない奴は殺す――女も飽きた者は文字通り嬲り殺しにしてきた――意のままにならないものは無い。
いけ好かない
目的は報酬では無かった――敵の連れている王女とその護衛騎士に己の欲望を突き立てたい為だった。
雇い主からは王女は傷つけるなと言われていたが蓮は少しも意に介していない。
一目見た時から二人を自分のものにしたい欲望を掻きたてられた――それが目的の殆どだった――あの二人は
――今まで俺に抱かれて
王女アナスタシアと女護衛騎士カレンをハーレムに加え、報酬を掠め取ったら秩序機構総帥も殺すつもりだ。
少女達の嬌声――操り人形のそれに過ぎない――に満足を覚えながら無口蓮は低く唸って己の欲望をぶちまけた。
* * *
秩序機構の
洞窟都市には一晩しか留まらなかった。
だがその一晩はコールドゥに取って祖父への憎悪を一層かき立てる晩となった。
* * *
「我が不肖の孫よ――旅は順調か?」
「……何のつもりだ……」コールドゥは沈黙したまま宿の中空に表れた映像の祖父を睨む。
洞窟都市の宿屋の一室だった。
アナスタシアは初めて見るコールドゥの祖父、秩序機構総帥ゲルグ=アッカムの姿に拍子抜けした――悪の大魔王の様な風貌を想像していたが、ごく普通の老人のそれだった。
瞳がコールドゥの右の瞳――コールドゥの左の瞳は体に埋め込まれた悪魔の影響で深赤色だった――と同じ緑色である事、血縁と言われれば似た面差しにも見える――それを除けば何処にでも居る老人だ。
「さぞ儂を殺したいだろう――」
コールドゥは無言のままだった。
祖父がこんな連絡をしてくる時は自分の神経を逆なでする為だという事を知っていた。
「早く任務を果たしてマギスパイトに戻ってこい――そうせぬと愛しい母親と姉は増々汚されるぞ」
ゲルグは脇にそれた――後ろで半裸の女性二人が犯されている。
コールドゥの表情は激怒を通り越した無表情だった――。
無言のまま手を握りしめている――白くなる程力が入っていた。
「コールドゥとか言ったなぁ」母と姉を嬲り者にしていた男――東方人――或いは転位者か転生者だろう――が煽ってきた。
「――お前の母も姉も良い具合だぞ」
「コ……ル、ドゥ…」姉が首を絞められながら呻き声を発する。
母も別の男――髪に金属光沢が有る、マギスパイト人の特徴だ――に弄ばれていた。
「今度の任務を果たせば二人は解放してやろう――それまで生きていればの話だが――ガランダルまでは急いだ方が良かろうな」
映像は途切れた。
「コールドゥ……」王女が絶句する。
コールドゥは握っていた手を開いた――掌には血が滲んでいた。
何が有ろうと祖父を倒し家族を救う――その原動力になっているのが祖父ゲルグへの憎しみだった。
「見ての通りだ」コールドゥは王女に言った「俺は奴を殺す――そうしなければ気が済まない――その為なら俺は何でもする。アナスタシア王女、お前を犠牲にしてでもだ」
暫しの沈黙が有った。
「必ず犠牲にした上で――では無いのね」王女はようやく言葉を絞り出した。
「ゲルグの狙いは貴方の判断力を狂わせる事だわ。揺さぶりを掛けてガランダルで貴方が失敗する様仕組んでる。あの東方人も多分貴方への刺客よ」王女は指摘した。
「ゲルグはこう言っては何だけど――人間の屑ね」王女は続ける。
「コールドゥ、一つ約束して――私の直属護衛騎士カレン=ファルカンソスは傷つけないと――それを約束してくれるなら近衛騎士達を殺した事は置いておいてあげるわ。その上で助太刀してあげる」王女は真剣な目でコールドゥを見た。
「分かった」コールドゥは王女の迫力に気圧された。
王女は真剣な表情のまま右腕を胸に当てた。
「エセルナートの名において宣言します――コールドゥ=ラグザエル、エセルナート王国は秩序機構総帥ゲルグ=アッカムを倒すまで貴方を助けるわ」
「感謝する――とでも言えば良いのかな」
「その代わり私とカレンを守って――約束よ」
「最善は尽くさせてもらう」
「そういう時は「必ず守る」と言うものよ――」十六歳の少女らしく王女は口を尖らせた。
「次にカレン達と出会ったら、私が説得してみる。多分通じる筈よ」
「そうだと良いが」ごく普通の調子でコールドゥは応じた。
「貴方の人生を考えればその言葉が出るのも無理はないわね――戦士とか兵士ってどうして皮肉屋になるのか分かったような気がする」
「確かにな」コールドゥは軽く笑った。
「俺がひねくれているのは事実だ」
「人間としてまともな証拠よ――歪んだ環境に置かれれば誰でも影響は受けるわ」王女は先程とは違う大人びた口調で言った。
――こうしてエセルナート王国王女アナスタシアは人としての尊厳を踏みにじられきた戦方士コールドゥの為に手を差し伸べたのだった。
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