“災厄”の予言
翌朝――と言っても洞窟都市の内部は相変わらず暗く、夜明けを告げる時計塔の音でそれを知った――
「あんたらが今日最初の取り調べを受ける容疑者だよ――食事と洗顔を済ませたらさっさと行ってくるんだね――宿代は食事込みで一泊銀十枚だよ」
「高いわ――」キョーカが食って掛かるが監視役は「刑務所でないだけマシだと思うんだね」と取り付く島も無かった。
洗顔を済ませ、簡素というより質素な食事――量だけはたっぷりあった――を取る。
昨晩と違うドワーフ警吏に挟まれて昨晩と同じ詰所へと向かった。
「これは君の持っていた武器で間違い無いかね」ホークウィンドは敵の
「そうだけど――言った通りさらわれたお嬢様を救う為ですよ」ホークウィンドは落ち着いていた。
七人は取調べ用の別室でうんざりする程の質問に答える。
他にも取調べを受けている者は居たが七人程しつこくやられるものは無かった――実力が有る冒険者――何物にも縛られずに自由気ままに動ける立場の者――は力が有れば有る程危険視されるものだった。
昼に休憩をはさんで――昼食も自腹だった――七人の疲労が頂点を超えても取り調べは終わる様子が無かった。
苛立ちを超えて重苦しい気怠さが襲ってくる――しかし終わりは急に訪れた。
取調べをしていた警吏に別のドワーフ警吏が耳打ちした――それを聞いた警吏は鷹揚にこう言った「取調べは終わりだ――帰っていいぞ。これ以上問題を起こすなら今度は即刻逮捕するからそのつもりでな」
――七人は突然の釈放に驚いたがそれを詮索するような事はしなかった――さっさと退出する。
「何か有ったのかしら――」マキが訳が分からないという様子で言った。
「ボクの予想が当たってなければ良いんだけど」ホークウィンドは渋い顔だった。
「お姉さま――思い当たる事でも?」魔術師マーヤがホークウィンドの顔を下からのぞき込む。
「貴女も私と同じことを想像しているの、ホークウィンド?」カレンも苦い表情を作っていた。
「――お前たちの思っている通りさ」マーヤの唱えた灯りの魔法に背の高い人影が照らし出された。
「やはり貴方だったの――?」カレンが表情そのままの苦い声を出した「軍偵忍者ライオー=クルーシェ=フーマ」
ライオーに借りを作った格好だった――ホークウィンドとカレン以外の五人もそれが意味する所を悟った。
「そう構えるなよ――何も意に沿わない事をさせようという訳じゃない」口元に皮肉な笑みを浮かべている。
「なら良いですけど」魔法戦士キョーカも警戒を解かずに言った。
「なんにせよ、ここカル=デ=ラクルグで敵に仕掛ける事はもう止めた方が良いな――二度目は流石に俺でも庇いきれない」
「それはどうもご丁寧に」ホークウィンドが切り返す。
「後で夕飯でもどうだ?それに王国からの給金も渡さないといけないしな」
七人には路銀とは別にエセルナート王国から給金も支払われていた――今まで渡し役はその都度代わっていた。
“何か企んでいるのかしら――”七人は疑念を拭えないでいた。
* * *
七人と軍偵忍者ライオー――そしてその部下三名と協力者の魔術師とはカル=デ=ラクルグで一番と言われる高級食堂――人間やエルフも入れる様に天井の高い、洞窟都市の他の施設同様岩肌を穿って造られた店に入った。
洞窟に湧き出る炭酸水から始まりレモン汁と岩塩のかかったサラダ、南の国ガランダリシャで取れた米を使ったリゾット、遠くの海から運ばれてきた鮭の素揚げ、仔羊肉の香草焼といったコース料理がきつい蒸留酒と共に運ばれてきた。
路銀として一人当たり金三十枚、給金として別に金五十枚を受け取った。
「お前達はよくやっている――現在王女殿下を追跡するパーティとしては一番敵戦方士との接触が多い」ライオーが香草焼を食べる手を止めて指摘した。
「トレボー王陛下も期待している――だが一つ王命が有る」
「どんな命令なの?」カレンが聞き返した。
「王女殿下が敵戦方士を助けたいと言ってもその言葉を聞くな――何としても敵を倒し王女様を奪還しろ。それがトレボー王陛下の意思だ」その言葉にカレンはぞくりと身を震わせた。
「物騒な話ですね。なぜそこまでしなければいけないんです――王女様を助けられれば敵といえど命を奪う必要は無いんじゃありませんか?」神官のミアが疑念を口にした。
「王女殿下の護衛が全滅させられた事を忘れてもらっては困るな――死んでいった者達の無念を晴らせ――国王陛下の命だ。陛下がお前たちに期待している事を忘れるな」
「王命なら従わざるを得ないね」ホークウィンドはやれやれと息をついた。
「でも、いくら敵でも倒す必要が無くなった相手なら命は奪えません――慈悲と復活の神カドルトを奉ずる者としてその命令は受けかねます。ホークウィンドさんも復活神を信じていられるならそこはちゃんとして頂かないと」ミアは食い下がった。
「ミアとかいったな。お前の正義感は立派だ――だが、敵戦方士を倒さないと王女殿下に破滅の呪いが掛けられると言ったらどうする」
「それは――」ミアは流石に沈黙した。
「ともかくも、秩序機構総帥――ゲルグ=アッカムという男だ――に王女殿下が捧げられたら全ては終わりだ――敵は混沌の神を召喚すべく魔都マギスパイトで殿下を生贄に捧げるつもりだ」ライオーは言葉を継ぐ「その前に殿下を助け出さねばならない――お前達が殺せないというなら俺が殺す」
「姫様は汚されてないの――?」しばらく沈黙していたカレンが尋ねた。
「敵が神を召喚するならそんな真似はしないだろう――しかし絶対とは言えない」
ライオーは敵戦方士コールドゥがゲルグに家族を蹂躙された過去を知っていたが、あえてそれを七人に教えなかった。
教えれば彼女らは敵に同情するだろう――それは避けねばならなかった。
七人に王女を奪還してもらわねば神託通りに計画が進まなくなる恐れが有る。
王国に不利益をもたらす可能性は僅かでも排除する――それがライオーの仕事だった。
七人が自分達でその真実に辿り着く可能性は有ったがその時は王女を奪還させる様誘導し、敵を殺す事は最悪ライオー自身がやるしかない。
「仇は取るわ――あいつには幼馴染が何人も殺された。それに姫様も――」カレンは唇を引き結ぶとライオーを真正面から睨んだ。
「それでいい」ライオーは満足げに頷く。
料理もデザートも終わり、最後に茶を飲むと解散となった。
去り際にライオーは言った。
「俺達に負けは許されない――それはお前達も同じだ。何としても殿下を救い出せ」
“――失敗すれば命は無い――”それは伝えなかった。
脅せば良い結果が出ると考える程ライオーは無能では無かった。
それに知られれば余計な警戒心を抱かせるだけだ――ただでさえ信用されているとは言えない――迂闊に始末しようとすればライオーも返り血を浴びる可能性が有った。
「ライオー」カレン達が去ると魔術師が話し掛けてくる。
「何だ、ガーザー?」魔術師ガーザーは身の丈は長身のライオーよりさらに高く身の丈2メートルは有った。
左目に眼帯をしている年かさの長髪の男だ。
エセルナート王国国王“狂王”トレボーと同じくらいのがっしりとした体格の持ち主だ。
ガーザーは秩序機構総帥ゲルグの友人であり、敵だった。
本名はラルフ=ガレル=ガーザー、北辺の小国出身で魔都マギスパイトの国立魔術学院で魔法を修めていた。
「奴らが次の目的地にしている海上都市ガランダル――ただでは収まらんぞ」
「何か起きるのか?」
「災害――それで済めば良い程の何かだ」
「都市や国家が壊滅する程のものか」
「可能性は十分有る――ゲルグは実孫コールドゥを殺すのに躍起になっている――奴なら手段は選ばないだろう」
「あの女神官じゃないが、物騒な話だな――」
「部下を先行して送った方が良いかも知れぬ――機構の協力者もガランダルには居る――そやつらを探って何を企んでいるのか掴ませた方が良かろう」
ライオーはその場にいた部下の忍者二名に目配せする――部下は闇に消えた。
「さて、余り関わりたくはないが俺も“災厄”に向かわないとまずいんだろう?――ガーザー」
「無論だ――そうしないとカレン達は全滅するだろう――コールドゥも王女も含めてな」
「確かにまずいな――王家の血をひく者が居なくなるのは困る」
「それだけではない。恐らくゲルグは生き残る――それからトレボー殺害に動くだろう」
「そうか」ライオーの目に一瞬鋭い光が走った。
カレン達七人を追いつつ、場合によっては先にガランダルに入って敵戦方士コールドゥを倒させるよう仕組まなければいけない。
秩序機構本部に潜らせている部下にゲルグの企みを探らせなければ――自分自身が囮になってもだ。
「いつ頃“災厄”が起きるかは分かるか」
「コールドゥがガランダルに入ってからだな」
「“災厄”はゲルグが
「いや――」ガーザーは束の間目を閉じた「奴には直接の制御は出来ない」
ライオーはコールドゥが取りそうな行動をざっと推測する。
コールドゥはこの洞窟都市でカレン達をやり過ごそうと足を止めるか――いや、恐らく先を急ぐだろう――コールドゥの余命が残り少ない事をライオーは掴んでいた。
コールドゥは祖父に一矢報いようと足搔くはずだ――強制された任務を出来るだけ早く、可能なら遂行せずに魔都マギスパイトに戻ろうとするだろう――部下が報告してきた事が正しいならば。
「お前も秩序機構に一矢報いたいと思うか、ガーザー?」
「聞かれるまでも無い事だ」ガーザーは即答する。
「コールドゥ坊やを魔都まで泳がせた方が良いのかもしれないな――仇を討て等と煽ったのは失敗だったかもしれん」ライオーは溜息をついた。
「お前やコールドゥの助けが有ろうと無かろうと
かつて<憎悪>の神ラグズがゲルグの死を予言した事等知らぬ二人はそれぞれに――一人は半ば楽しみつつ、もう一人は暗い怒りを持って秩序機構総帥ゲルグ=アッカムを倒す方法を模索しているのだった――。
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