すれ違う王女と女護衛騎士

「あそこです。宿屋の前の茶色の――質素な法衣ローブにフードで顔を隠してますけど間違いありません。王女様です」女神官ミアが小声で一行に伝えた。


「敵戦方士は?」不老不死ハイエルフの女忍者ホークウィンドも小声で尋ねる。


「何処かは分かりません――でも近くに居るのは間違いないです」


 王女付き女護衛騎士カレンは敵戦方士――たしかコールドゥという名だった――の背丈を思い出して王女の周りを探る。


「居た――王女から左に四人離れた所に居るわ――今晩泊まる所を探しているんだと思う」


 カレンの視線は王女と同じ茶色の法衣を着た背の高い男を捉えていた。


 冒険者達は王女とコールドゥの確保の為二手に分かれて移動を開始した。


 カレン、エルフの女魔法戦士キョーカ、ミアが王女の保護に向かい、ホークウィンド、女魔術師マーヤ、勇者の一族のマキ、ドワーフの女戦士シーラの四人がコールドゥにそっと近づく。


 隠蔽の魔法も掛けていたが上手く接近できるかは運頼みだった。


 分かれたパーティは殆んど同時に目標に辿り着いた。


 *   *   *


「アナスタシア様――」聞き覚えの有る小さな声に王女は驚いた。


「――カレン!」


「助けに参りました――会いたかった」感極まってカレンが王女を抱き締める。


「帰りましょう――トレボグラードに」


 しかし王女の言葉にカレンは頭を殴られた様な衝撃を受けた。


「ごめんなさい。カレン、貴女の事は愛してる。でも――行けないの」


「姫様――どうして――」カレンには信じられない言葉だった。


「分かって――」王女は必死に訴えた。


 *   *   *


 カレンがアナスタシア王女と話していた時、コールドゥは首筋に冷たい金属の刃が当てられるのを感じた。


「久しぶり――秩序機構オーダーオーガナイゼーション戦方士バトリザード


不老不死ハイエルフの女忍者――ホークウィンドか」コールドゥは僅かに驚いた様だった。


「いくら不死身でも首を搔き切られれば半刻は動けないだろう――その間に王女様に掛けられた魔法を解くくらいは出来る――キミの負けだよ」


「それはどうかな――」落ち着き払った声だった。


強制ギアスの魔法を無理やり解呪ディスペルするつもりか――失敗すれば王女は死ぬぞ」


 ホークウィンドは一瞬怯んだ。


 その隙にコールドゥはホークウィンドの腕を払う――苦無が音を立てて転がった。 


 同時に鳩尾に魔力を乗せた左肘を打ち込む。


 ホークウィンドは左掌で受け止めたが魔力を防ぎきる事が出来なかった。


 息が詰まる。


 コールドゥは左手の悪魔を王女アナスタシアに接触させていた――そのまま無詠唱で転移魔法を使う。


「だから――」王女のカレンへの言葉は途中で途切れた――コールドゥと王女の姿が消える。


 周りがざわめいた。


「洞窟憲兵を――」そんな声が周囲から上がる。


 ホークウィンド達はまずい事になったのを悟った。


「どうしましょうか――」マキが心配そうに尋ねる。


「どうもこうも――警吏の元に出頭するしかないね」ホークウィンドは肩をすくめた。


 ホークウィンド達は人垣をかき分けてドワーフの警吏達がやってくるのを見た。


「いさかいを起こしたのはお前達だな――来てもらおうか」長いひげを三つ編みにした警吏が言った――恐らく隊長だろう。


 七人全員が同行を求められた。


 天井の低い詰所で七人は尋問を受ける。


「誰とどんな理由で争ったのかね――」


 まさか王女がさらわれた等と言える筈も無かった。


 奴隷として連れ去られたさる商家の娘を取り戻す為、彼女をさらった魔法使いを追い詰めたが逃げられた――ホークウィンドはそう説明した。


 事実をもとに組み上げた虚構が一番疑われない。


 一方カレンは王女の言葉に打ちのめされていた。


“――ごめんなさい”頭の中で先ほどの言葉が反響する。


 警吏への対応も殆どカレンの頭に残らなかった。


 門番たちの元で留め置かれていた事も有ってすぐに解放とはいかなかった。


 半刻ほど質問を受けた後、指定の宿に泊まり翌日も出頭するよう命令された。


 カレンと王女の会話を他のメンバーは聞いていなかった――茫然自失に近いカレンを他のメンバーはいぶかしんだ。


「何が有ったんですか」ミアが心配そうに聞いてくる。


「姫様が――」カレンは王女に言われた事を説明した。


「カレン様――お気を落とさずに」キョーカがカレンを慰める。


「まだ王女様に捨てられたと言い切るのは早いと思います」マーヤが指摘した。


「でも――」カレンの目から涙があふれそうになる――歩きながら嗚咽を何とか抑えた。


「まずは敵に追い付いてからだね――何か理由が有っての事だよ、王女様がカレン様を裏切るとはボクにも思えない。強制の魔法を掛けられていたのかも」ホークウィンドもカレンをなだめた。


 宿屋までの道のりを七人はエセルナート語で話した。


 道案内兼監視のドワーフ警吏が前後を挟んでついてくる。


 人間の容疑者を入れておく簡素な宿は男部屋と女部屋で分けられていた。


 個室など無く大部屋に放り込まれる。


 二十人程が横になれる一室は満杯に近かった。


 入浴施設がない事に七人は文句を言ったが施設を管理するドワーフは犯罪者として拘束されないだけマシだと思えと言った。


 他の拘置者に聞かれない為、そして監視役の女ドワーフに犯罪の企みを抱いていると思われない為に王女の話はしなかった。


 七人は与えられた毛布を被ると横になった――翌日の取調べに備えて。


 *   *   *


 エセルナート王国一の軍偵忍者ライオー=クルーシェ=フーマはいざという時にはカレン達の援護――又は始末に入れる距離を保って七人を追いかけていた。


 ドワーフ王国で一戦仕掛けた事は協力者の魔法で掴んでいた。


 王女は敵戦方士にほだされたのか――分からないが助かるチャンスを棒に振ったのは間違いない。


「思ったよりも状況は複雑になっているな――結構な事だ」唇を歪めて笑う。


 魔導専制君主国の謀略組織、秩序機構に潜入させた部下の連絡では敵戦方士と機構総帥ゲルグにも浅からぬ因縁が有るらしい。


「まずはお嬢さん方の救出からだな」笑みを残したままカル=デ=ラクルグの北門――朝一番で到着する予定だ――に向かって歩を進め始めた。


 協力者の魔術師と部下は既に都市に入っていた。


 ライオーは後ろに自分を監視する“目”がいる事に気付いていた――それを知った上でライオーは故意に“目”に凄みのある笑みを浮かべた。


 恐らくは秩序機構かその仲間だろう――何であれ脅威にならない内は放っておこうがどうしようが構わない――それがライオーの結論だった。


 *   *   *


 秩序機構総帥ゲルグ=アッカムは自分の魔法が感づかれた事に衝撃を受けた。


 信じられぬ――魔法も使えない忍者如きが。


 コールドゥのみならず奴も消さなければいけない――ゲルグは認識を改めた。


 <憎悪>の神ラグズに予言された自分の死まで後二ヶ月を切った――何とかその運命を変えるべく手を尽くしたゲルグがティールの助けで最後に辿り着いたのが混沌の女神アリオーシュだった。


 女神はエセルナート王国の王女を捧げれば命を助けるべく<憎悪>に取りなしてやろうと言質を与えたのだ。


 神など信じていないゲルグだったがその言葉にすがり、コールドゥを王女誘拐に差し向けた。


 僅かでも可能性が有るならそれに掛ける――ゲルグは必死だった。


 女神との接触を提案した部下ディスティ=ティールは皇位継承権すら持つ三十六魔導士の家系の一人で、最年少の機構のメンバーだった。


 のちに彼は機構の指導者となりアリオーシュを現世に召喚させる寸前までいき、あと僅かで世界を破滅させる所で異世界から召喚された勇者に倒されるに至るのだがそれは別の話だ。


 ともかくもライオーとコールドゥの二人を消すにはどうすればいいか――増えた厄介事を呪いつつゲルグは部下を集める様ティールに命令を下した。


 *   *   *


 ドワーフ王国の洞窟都市カル=デ=ラクルグの人気の無い一角に戦方士バトリザードコールドゥ=ラグザエルとエセルナート王国の王女アナスタシアは転移した。


 事前に左手の悪魔の力を使い転移先が安全かつ人の居ない場所を見つけ出して跳んだのだが、危ない所だった。


 敵の女忍者――ホークウィンドとかいった――はコールドゥの弱点を掴んでいた。


 悪魔の浸食の薄い右半身を狙っていた――忍者には相手の急所を把握する能力が有るという噂だった――或いは祖父ゲルグが情報を流したのか――有りそうな事だったが真相は分からない。


 転移先は洞窟都市の裏通りだった――コールドゥは灯りの魔法を唱える。


「行くぞ」人間向けの宿屋が近くに有ればいいが――そう思いながら王女に声を掛けた。


 下を向いたまま王女は答えなかった。


 何かあったのか――コールドゥは慌てて王女の顔を見る。


 王女は泣いていた――涙を流している事にも気付いていなかった。


「どうした」


「――え?」王女は手に落ちた涙を見て自分の様子を悟った。


「やだ――私――」王女は指で涙を拭う。


「――カレン――」――私は彼女を――彼女に抱きしめられて――嬉しかったのに、私――彼女に――


 コールドゥは王女を暫く泣かせておくことに決めた――泣かれたまま人込みに入れば余計な詮索や誤解を招きかねない。


 十分ほどもそうしていたろうか、王女は力を込めて立ち上がった。


「私がここに居た証拠を残しても良い――?」


「消させてはもらう――今回の様な事になると厄介だ」


「そう簡単に消えはしないわ」王女は自分の絹のハンカチを裂くと地面に置いた――呪文を唱えて痕跡を刻み付ける。


 今度はコールドゥが解呪の魔法を掛ける――ハンカチの切れ端が燃え上がった。


「どちらが勝つか――私はカレンが追いかけて来る方に賭ける」


「俺は賭けは嫌いだ」コールドゥの返事は素っ気なかった。


「負けるのが怖い?」


「他人にどう思われるかなどどうでも良い事さ」


「見上げた態度だとは思うけど、賛同はしかねるわね――私はカレンに嫌われたくない」言葉の最後の方がかすれた――カレンの絶望に満ちた表情を思い出し、王女の胸は痛んだ。


 ――ややあって戦方士と傷心の王女は表通りに向かって歩き出した――。

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