王女アナスタシアと女護衛騎士カレン

 エセルナート王国の女騎士カレンとアナスタシア王女は幼少の頃から姉妹の様に育てられた。


 幼い頃は共に遊び、一緒のベッドに寝たりしたが、カレンが六歳の頃から騎士としての訓練を受けるようになり、十一歳からアナスタシアを主人として従うようになった。


 王女と従者として振舞う――それは王女にとってカレンが他人行儀になる――それ以上の耐えがたい事態だった。


 王女は何度もカレンに以前の様に遊ぼうと事ある毎に頼み――時には命令し――何とか昔の関係に戻ろうと必死になった。


 カレンはアナスタシアへの慕情を抱いていたが、主君と家臣の間にそれは赦されない事だと教育され忠実な家臣であろうと、自分の思いを抑えて王女に仕える事に集中していた。


 王女にとってもカレンにとっても良き主君と家臣という関係は幸せをもたらすものでは無かった――責任ある立場に生まれた者の宿命としてそれを受け入れろという周囲の圧力にも次第に耐えかねる様になった。


 カレンも王女も一緒に二人だけで逃げ出して何処か遠くの国に行ければ――等と言った到底かなわない事を夢想した。


 王女が十二、カレンが十四歳になった時、転機は訪れた――身に着けたものを無敵にするという国宝の護符を邪悪な魔術師ワードナが奪い去り、首都トレボグラード城塞の真下に迷宮を掘って立て篭もったのだ。


 アナスタシア王女は父――〝狂王〟トレボーが自ら地下迷宮に軍を率いて突撃しようとするのを何とか家臣と共になだめ――同時にカレンを自らの専属護衛騎士に任命させる事に成功した。


 こうなってしまえばこっちのものだ――王女はそう思ったのだが、カレンは予想以上の堅物だった。


 王女はカレンが自分に恋愛感情を抱いている事を知っていたので、すぐにでも思いを受け入れてもらえると踏んでいたが、カレンは自らを厳しく律しアナスタシアへの慕情をしっかりと抑え込んでいた。


 このままではらちが明かない――王女は焦った。


 もしかしたらこの数年でカレンは私を主人としてしか見なくなったのでは無いかと疑うくらい、カレンは感情を隠していた。


 湯浴みにもカレンだけを連れて行き――王女たるアナスタシアには身の回りの世話をする女官達が沢山いた――裸体を見せて反応をうかがったのだがカレンはまるで表情を変えずにアナスタシアの身体を洗った。


 王女の精神年齢は実年齢より高く、性の知識もちゃんと有ったのでカレンと恋人同士になりたいという――その意味する所も良く分かっていた。


 実力行使にでないと駄目かもしれない――王女は計画を練った――。


 *   *   *


「カレン、今夜は私と同じベッドで寝て頂戴」一緒に湯浴みを済ませたアナスタシア王女の言葉にカレンは胸の奥に疼く思いを無理やり押し殺して返事をする。


「分かりました――」この王女は私の想いを知っていて、お互いその想いに応える事は赦されないと知っていて、こんな事を――なんて残酷な女性ひとだろう。


 カレンは十四になったばかり――思春期の女性らしく性欲に目覚めて間も無い彼女は、自身を抑制しなければとんでもない事になると自分を戒め、自慰行為さえ殆どしなかった。


 行為の際に思い浮かべるのはいつも王女だった――罪悪感と背徳感が却ってカレンの性的快感を増幅させた。


 それが増々カレンに王女に触れてはいけないとの思いを強めさせた。


 王女もカレンを想って自慰行為をしていたのだが、恥ずかしさでその事を誰にも明かしていなかった。


 王女はカレンに抱かれたいという欲求に疼いていた。


 この想いが通じたらどうなっても構わない――もし叶えば――想像するだけでも死んでしまいそうだ。


 天蓋をくぐってベッドに王女が潜り込む――王女の計画を知らない一方のカレンは心臓が爆発しそうに感じた。


 王女をできるだけ見ないようにして後に続いた。


 カレンが横になる――王女から離れた所に。


「そんなに私のことが嫌い?」王女が不満気に言う。


「そんなことは――」カレンは動揺を悟られない様に応えた。


 アナスタシア王女に背を向けて眠る――そうしないと欲情が暴発しそうだった。


 背中に頭が押し当てられる感覚が有った。


「犯して――」カレンは最初、その言葉を何かの聞き間違いだと思った。


「聞こえないの――? 私を――犯して」王女はカレンの手を掴むと自分の股に持っていった。


 そこはしとどに濡れていた――カレンは喉から心臓が飛び出す様な衝撃に息を呑んだ。


「いけません――姫様――」


「私が嫌いなの?」


「命令ならお受けします」カレンは王女の問いに答えなかった――やっとの事で言葉を絞り出す。


「それじゃ駄目なの――貴女の気持ちで動いてくれないなら意味がない」


 狼藉者が侵入して来た時に備えて枕の下に短剣が置いて有った。


 カレンはそれを取って自らの喉に突き立てようかと本気で考えた。


 しかし現実にはカレンの手はまだ王女の幼い秘所をまさぐっていた。


 いけないと思いながらそれを止められなかった。


 王女はカレンの首筋にキスした――カレンは自分の中で秘蜜が花唇の中で洪水の様に溢れたのを感じた――それがとどめになった。


 今まで抑え込んできた思いが一気に吹き上がった。


「――姫様!!」カレンは遂にアナスタシアを襲ってしまう。


 余裕も無く乱暴に王女の唇を奪った。


 華奢きゃしゃな体をかき抱いた――まるで折れてしまいそうだ。


 王女は優しくカレンの顔を両手で包むと唇を開いて舌を受け入れた。


 カレンは王女の瞳に映る自分の顔を見てまるで野獣の様だと思った――罪悪感が一瞬彼女をひるませる。


 それでも抑えてきた想いは止まらない。


「姫様、姫様、姫様――!」舌を絡ませあいながらカレンは必死に叫ぶ。


 それでも乱暴にならない様に何とか自制した。


「やっと私の想いに応えてくれたのね――カレン」ひとしきりディープキスが終わると、王女は願いの叶った嬉しさでカレンの身体にキスの雨を降らせた。


「愛してる」王女の直截な言葉にカレンは胸が詰まった。


「貴女は――?」


「愛して――います」


「敬語は止めて」本当にこの方は十二歳なのだろうか――改めてカレンは王女の肉体と精神年齢の落差に驚かずにいられなかった。


「でも姫様って呼ばれるのは良いわ――いけない事をしてるって感じで」小悪魔の様な笑みを浮かべて王女は言った。


 王女は膨らみかけのカレンの胸に手と舌を這わせる。


 空いた手でカレンの秘所をもてあそんだ。


「安心して――貴女が私の初めてよ」ぎこちなさをまるで感じさせない手付きで王女は言う――カレンは弱い所を責められて思わず嬌声を漏らしてしまう。


「姫様――」カレンはどうにか王女の身体を攻めた。


「もっと私をめちゃくちゃにして――私を壊して――カレン!」王女も余裕を無くしていた。


 王女は感覚共有の魔法をカレンに掛けた。


 お互いの弱点を知る為と快感を倍加させる為だ――予め自分には同じ魔法を掛けていた――それで王女はカレンの感じる所を的確に見抜いていたのだった。

「んっ、あッ――」王女の感じている快感と自分の快感でカレンは気も狂わんばかりの声を上げてしまう。


 二人とも怖さも感じていた――このまま最後までいってしまうのが恐ろしい――。


「あああ……ッ――!」頭の中に白い光が走る――王女も同時に達したのが伝わってきた。


 二人の絶頂の声が部屋の中に響き渡った。


 絶頂の余韻も冷めやらぬ中、王女はカレンの唇を求めた――カレンも朦朧としながらそれに応える。


 奈落の底に落とされた様なそんな感覚の中、二人は更に欲望のままに相手を求めた――。


 *   *   *


 コールドゥは寝ている王女の記憶から二人が愛し合っていることを知った――悪魔に寄生されてから性欲や殆んどの欲が無くなった彼にとって、快楽も愛も性も興味を引かない事だった。


 ただ、二人がお互いを大切に思っている事は伝わってきた。


 幸せな家族の記憶が有るコールドゥにとってそれは共感を持てることだった――今では秩序機構オーダーオーガナイゼーションへの憎悪がそうした感情を上回っていたが。


 自分の命は残り少ない――尽きる前に祖父への復讐を果たさなければ――。


 人質に取られている姉と母を殺される事無く祖父を殺さなければならない。


 <憎悪>の魔剣イェルブレード、別名パイア(火葬用の薪)が有る今なら可能かもしれない――コールドゥの身体を武者震いが襲う。


 秩序機構の最高指導者にして最強の魔法使いゲルグをこの手で――いかにコールドゥが能力のある戦方士バトリザードといってもイェルブレードが無ければ到底成し得ない事だった。


 祖父だけでは無い――各地で無道な行いを繰り返す秩序機構そのものを破壊しなければ気が済まない。


 〝コロセ、コロセ――コワセ、コワセ――スベテヲ、スベテヲハカイシロ――〟左手に宿る悪魔が脳内に語り掛けてくる。


「…………」コールドゥはその言葉を否定しようとは思わなかった。


 世界は残酷だ――残酷さに満ちている世界をコールドゥは嫌と言うほど見てき――その一端に手を貸してきた。


 敵や生存の為に沢山の人間を殺してきた――コールドゥはその時自分は笑いながら人を殺しているのでは無いかと自身を疑っていた。


 人を殺すときは悪魔の声が強くなり――相手を絶命させた時の目も眩む様な感覚に自分がそう言っている様に思われる事が殆んどだったのだ。


 自分達に人体実験を行った祖父達が嗤っていたのを思い出す。


 とどのつまりは自分も祖父達と同じなのでは無いか――それはコールドゥにとって考えたくない事だった。


 宿の二階の一室、王女を魔法で眠らせ、窓際から満月を見ながらコールドゥは物思いにふけった。


 最近は睡眠の時間さえ短くなっていく――それは自分がより人外の魔物に近づいてきた証拠だ。


 食事も味を感じなくなってきている――或いは食事そのものが必要なくなりつつあるのか。


 王女をさらったらすぐに魔都マギスパイトに帰還するものだと思っていた――しかしコールドゥに下された命は大陸南端の海洋国家ガランダリシャ王国連合の首都ガランダルに有る神殿から神像を盗み出せと言うものだった。


 一体何を考えている――そうは思いながらも命令をできるだけ早く実行する事しかコールドゥに出来る事は無い。


 エセルナート王国から王女奪還の為の追跡部隊が出発している事も承知していた。


 追手はコールドゥの想像を超えてきた――聖都リルガミンまでは追いつかれまいと思っていた。


 しかし実際には――相手とはその遥か手前――エセルナート王国とリルガミン神聖帝国の境、商都アメルガートで干戈を交える事になったのだった。

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