軍偵ライオー ※8月7日の近況ノートにライオーのラフイラストあります。良ければ見てやって下さい
仲間の遺族への報告を済ませた
駆け出しだが伸びしろも成長速度も速いとホークウィンドは見抜いた。
パーティに加わってくれと熱心に懇願されたのも有った。
ただ、そのパーティは女性しかいなかった。
男性優位の社会で女性の実力が男性に劣らないと示す為に冒険者になった幼馴染を中心に意気投合したパーティだった。
挑んで三週間で、地下十層まで有ると噂される迷宮の地下三層に到達した。
メンバーは龍の王国ヴェンタドールの勇者の末裔マキ、エルフの魔法戦士キョーカ、ドワーフの戦士シーラ、神官ミア、魔法使いマーヤ、そしてホークウィンドだ。
――そして迷宮の中でホークウィンドたちは味方と呼ぶには厄介で、しかし敵に回すのも厄介な、そんな男に出会ったのだった。
「――もう少し先に進めそうね」マキが言った。
「無理する必要は無いよ。今日はこれ位で――」言いかけたホークウィンドは空気の流れにかすかに乱れが生じるのを察知した。
黒い影がマーヤに襲い掛かる。
すんでの所でホークウィンドはその攻撃を短剣で受け止めた。
長い金髪に黒い瞳の細身の男だった。
身の丈は男性の平均より遥かに高い長身のホークウィンドと同じかさらに少し高い位だ。
「忍者――!?」男は胸甲に腕当て、脛当てに東方の刀を持っていた。
「先ずは合格――」男が言った。
「何者――?」キョーカが魔法を唱え始めた。
「待て、俺は敵じゃない」
「じゃあ何なのよ」警戒を解かずに人間の冒険者より頭一つ低いシーラが言う。
ドワーフの女性は滅多にドワーフ社会から出ない為、髭が生えている等の誤解が罷り通っている。
実際は人間より背が低くグラマラスな体形で胸も大きいものが多い、腕力は男性のドワーフとほぼ同じで力が強く、背丈も女性のドワーフの方が頭半分ほど高いのが普通だった。
シーラも大きな胸にふくよかな身体つきをしていた。
「ホークウィンド、そして今ここに居る冒険者たち。お前たちに王命を与える――さらわれた王女アナスタシア様を連れ戻せ」
「貴方が王の使者だという証拠は?それに王女がさらわれたと言ったってそれも事実なの?」冷静だったミアが問う。
男は日本刀の刀身を見せた。
その銘を見た全員が驚く。
「
「そうだとしてもカレン様が付いていて王女様がさらわれるなんて有り得るの?」
「まだ公にはなっていない――ここなら聞き耳を立てる奴もいないからな。王女様は秘密裏にリルガミン神聖帝国へ訪れる途中でさらわれた」
「俺の指定した日時と場所を念じてその時の映像を映し出せ」そう言ってライオーはマーヤに水晶球を渡した。
魔法使いなら映像の真贋を見分けることが出来る。
指示通りマーヤはリルガミンに至る街道の映像を映し出した――三日前の事だった。
* * *
四頭立ての馬車は全力で疾走していた。
二十名の護衛の近衛騎士が盾となるべく周りを囲む。
相手はたった一人だ――しかし超低空を飛翔する
「アンドレアス!」その様子を馬車の後ろ窓から見た王女アナスタシアが叫ぶ。
王室付きの五名の魔法使いと三名の神官が相手を捕縛する魔法を掛ける。
騎乗したまま呪文を唱えられる精鋭揃いだった。
しかし魔法は相手の剣に吸収された。
「敵は魔導専制君主国の
「白兵戦に持ち込め!魔法が使えない距離で迎え撃つんだ!」
護衛隊長の騎士が肉薄する。
「カレン――」王女が隣に座る自分付きの女護衛騎士を見る。
「大丈夫です。私の命に代えてもアナスタシア様は御守り致します」カレンは心配するなと言う様に微笑んだ。
「いいえ、貴女が死ぬ事は赦さないわ――エセルナートの名において。カレン=ファルカンソス、王女として命令します。必ず生きて私の元に帰りなさい」
「仰せのままに、我が主人」カレンが生真面目に答える。
“相手も
カレンの魔装――知恵と戦いの女神ラエレナの鎧は念じるだけで身に付けることが出来る。
女性だけが着用することが出来る神器だった。
家伝の槍は車内では振り回すことが出来ない為、鎧の空間収納の魔法が掛かった宝石に収めてあった。
代わりにと言っては何だが魔法の掛かった短剣が有った。
槍ほどでは無いがカレンが命を預けてきた短剣だ。
カレン自身も魔法の心得が有る。
また一人、騎士が魔剣の餌食になった――戦方士は格闘戦にも強い者が多い――その評判は伊達では無かった。
カレンと王女は護衛が斃されるたびに心に痛みを覚えた――皆、二人の顔見知りだ。
アナスタシア王女を護るために命を懸けている――それは当然の事だが、さすがに自分の為に命を散らしていく様を見て平然とはしていられなかった。
馬車にも馬にも対魔法防御と対物理攻撃の結界が張られている。
近くの町まで逃げれば相手も諦めるだろう――少なくとも今回の所は。
その時、後ろに居た筈の敵戦方士が消えた。
騎士の槍に掛かったか――そうでは無かった。
敵戦方士は馬車の前に転移したのだ。
一回の斬撃で先頭の二頭の馬の首が刎ねられた――後ろの馬は死体に足を取られる。
馬車が横転しそうになった――カレンは咄嗟に王女の身体に覆いかぶさる。
次の瞬間、派手な音を立てて馬車が転がる――天地が逆転した。
カレンは必死に王女を庇う―—馬の死体を巻き込んだ馬車は暫らく引きずられた後、停止した。
カレンは素早く馬車の扉を開けると周りを見渡した――前方、ナイフを投げれば当たりそうな距離に敵戦方士が立っていた。
「魔都の戦方士、名乗りもせずにいきなり襲い掛かってくるとは失礼にもほどが有るでしょう」時間を稼ぐ――後ろにいる騎士たちが追い付けば遥かに有利になる筈だ。
「名乗れ――と?良いだろう。俺はコールドゥ=ラグザエル。魔導専制君主国フェングラースの特務戦方士、故あって王女アナスタシアに御同行願いたい」
血のような赤毛の青年だ。
どす赤い髪に金属がかった光沢が不釣り合いだった。
前髪に隠されてはいたが左目にやけどの様なケロイドが有った。
相手の魔剣は大きく湾曲して枝の様に反対に湾曲したそれより小さい刀身がついた、二股に分かれた蟹のハサミの様な形状をしていた。
カレンは槍を鎧の装飾と空間収納を兼ねた宝石から槍を出現させた。
「アナスタシア様!御無事ですか!?」護衛の騎士達が到着する。
「貴方――余程自信が有るのか、それとも自殺志願者なの?」
「どちらだと思う?」挑発する様にコールドゥは笑った。
隙有りと見た騎士達が
「下がって!!」カレンが叫ぶ。
コールドゥの左手から細い糸の様なものが伸びているのをカレンは見逃さなかった。
カレンは咄嗟に魔力を込めた
コールドゥは左手でナイフを掴んだ――手を握るとナイフは粉々になった。
それがカレンには信じられなかった。
細い糸――それがコールドゥに寄生した悪魔が変形したものだと後でカレンは知った――が騎士達の首に絡む。
騎士達もされるがままにはなっていなかった――短刀を抜いて糸を切断しようとする。
しかし、無駄だった。
コールドゥが左手を捻ると、一瞬にして騎士達の首が飛んだ。
それだけでは済まなかった――コールドゥの左手が蛇腹のように伸び、騎士たちの鎧を貫通して心臓をえぐり出した。
そのまま左手は口――そうとしか表現しようのない器官で心臓をむさぼり食う。
一つでは済まず、左手の怪物は手当たり次第に心臓を食べまくった。
コールドゥの身体に突き刺さった槍はバキバキと音を立てて折れた。
そのままふわりと着地した。
カレンは絶句した。
この光景をアナスタシア王女が見たら卒倒するかもしれない――
二十名の騎士と魔法使い、神官からなる護衛は全滅した。
「化物――」カレンは近づいてくるコールドゥに槍を突き付ける。
「退け――女を無暗に殺す趣味は無い」
「そう言われて素直に引くと思うの」必死に勇気を奮い起こす。
自分が王女を護る――護れないなら王女付きの護衛騎士になった意味が無い。
間合いに入った瞬間、カレンは必殺の一撃を繰り出した。
相手は胸甲を着ていない――心臓を貫けば――しかし、カレンの腕を鋼鉄を突いたような衝撃が襲った。
間違い無く心臓を突いた筈だった――
「並の魔法武器では俺は殺せない――相手が悪かったな」
カレンは立ち向かう術が無くなったのを知った。
「ラエレナの鎧か――流石に俺でもこの鎧は貫けない」
「せめて私をさらいなさい――王女様を一人でいかせる訳にはいかない」
「俺への命令は王女をさらう事だ。余計な人質は要らない」
カレンは更に攻撃しようとしたが身体が動かなかった。
魔法で麻痺させられたのだ。
コールドゥは気絶していたアナスタシア王女を抱えると転移の魔法を唱え始めた。
「……カ…レン……」王女が気を取り戻す。
目と目が合った。
その瞬間、全身の血液が沸騰した。
「姫様!」力尽くで呪縛を振り払う――まさか自分の魔法が破られるとは思っていなかったコールドゥは驚きの表情を浮かべた。
自身の身を焼く狂おしい激情と共に槍で突きかかった。
敵の右目に槍が直撃する――そう思った瞬間に相手は消えた。
血が飛び散った――ほんの一瞬遅かった。
手応えが浅かった――槍の穂先に血が付いたが相手の片目を奪っただけで致命傷には至ってはいない――カレンには分かった。
「姫様―—」
こうして、エセルナート王国のたった一人の跡継ぎ、アナスタシア=トレヴァヴナ=エリストラトヴァ=エセルナートは、ただ一人の魔術師にさらわれたのだった。
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