月と逃げる

ミコト楚良

一ノ弦 山城

 とんと、かたかた、とんか、たた。


 みょうちきりんな音頭を取りながら、手を振り腰を振り、われが踊ると、あねさまは鈴を鳴らすように笑ろうてくれる。


 ほんに美しい人じゃ。

 筆頭家老の城所きどころの若さまが、見初めるのも無理はない。

 姉さまは、すこぅし足が悪かったが、そんなことは城所の若さまはすっ飛ばして室にと望まれた。

 われはあねさまがせば天涯孤独の身の上であったから、共にお城に来ぬかとも言って下すったのじゃ。

 だから、この田峯菅沼だみねすがぬまのお城は、われの家じゃ。


 あねさまは、今二人めのが、おなかにいなさる。

 嫡男ちゃくなんさまの遊び相手と、なんなら、おゆき、生まれるの乳母になってくれぬかと、あねさまが。


 ひゃー、おそれ多いのこと。

 われ、まだ、嫁にも行っておりませぬで、乳も出ませぬが。


 あねさまと、われは一回りも年が離れておる。

 おっさまが亡くなる寸前にこさえたのが、われによって。

 そんなことをしているから、おとぅ、おかぁ、寿命が縮まったんじゃねぇかと。


「おゆき、はしたないことを言うでない」

 すぐ、あねさまにたしなめられるが。


 物心つく頃には、あねさまが、われの親替わりであった。

 おとぅは戦で討死し、あとを追うように、おかぁも病で亡くなったから。

 


 そして、つき満ちて、あねさまは玉のような若君を産み落とされた。

 嫡男ちゃくなんの若君は、六之助ろくのすけさま。

 二番めの若君は、与一よいちさまじゃ。

 われは、若君二人の乳母となり申した。

 

 そうだ、これは話しておかなければ。


 我らの城の当主さまは、小法師丸こほうしまるさまという。

 お父上は討死になさり、幼いながら当主となられた。後見役には叔父上がついていなさる。

 筆頭家老の城所きどころさまは、あねさまのしゅうとさまじゃ。

 城所きどころ一族は、皆で小法師丸こほうしまるさまを盛り立てておる。

 この正月には、六之助ろくのすけさまと与一よいちさまは直々に小法師丸こほうしまるさまからお菓子をいただいた。

 われは、ひれ伏したままであったから、よくは御拝顔できておらぬが、小法師丸こほうしまるさまは賢き御子に違いない。

 だが、かわいらしさにおいては、やはり六之助ろくのすけさまと与一よいちさまじゃと思う。



 とんと、かたかた、とんと、かた。

 そうして、六之助ろくのすけさまは七つ、与一よいちさまは三つになられた年のことじゃ。


 此度こたび、元服して刑部少輔定忠ぎょうぶしょうさだたださまとなられた小法師丸こほうしまるさまは、キョウの大将の先鋒に立つという。


 このキョウという国は、山をいくつも越えた向こうにある。大きな国じゃそうな。

 それと、田峯菅沼だみねすがぬまの城の側を流れる川の下流には、また、大きな国がある。

 われらは、けっこうな大国にはさまれた小さな士豪よ。

 山間の城は、捕ったり捕られたり。

 かつて、田峯菅沼だみねすがぬまのの分家の城であった長筱ながしの城が、今は平地の国の物になっておる。

 キョウの大将さまは、その城を手に入れ、平地に攻め降りたいとお考えなのじゃと。


 後見人の叔父上さまと次席家老さまは、留守居役るすいやくとして城に残る。

 城所きどころの男衆は、刑部少輔ぎょうぶしょうさまと出陣じゃ。


「頼みがある」

 城所きどころの若さまが、改まった様子で、あねさまと、われに、お言葉をかけたは出陣前夜のことであった。


「留守の間、この城の奥はお前たちが守るのじゃ。なんぞの時は落ちのびろ」

「なんぞの時とは」

 あねさまは、心の震えを抑えて、城所きどころの若さまに問う。


「われらが負けるはずないが、用心じゃ」

 そう、城所きどころの若さまはわろうていなさった。


 武家の家に生まれたからには、女子おなごには女子おなごの役割がある。

 子をはぐぐみ守ることは、そのひとつ。



 

 

 それから、幾日後のことだったか。

 城の中が浮足立っていた。

 何やら、男衆の動きがおかしい。

 われは、そろりと家老屋敷から出て、城門周辺まで降りて行った。兵士が右往左往している様子が見て取れた。


「――の」

「――の鉄砲隊に」

「――総崩れに」

 この慌てふためきようは、負け戦の臭いしかしない。


 そのうち、甲冑姿の後見役の当主叔父上さまと次席家老さまがいらした。

「――城門を閉ざせ。刑部少輔ぎょうぶしょうさまが戻られても、決して入れてはならぬ」とおっしゃられているということは。


謀反むほんじゃ」

 あねさまは、われの報告に青ざめた。


 果たして、キョウの大将を守られて、刑部少輔ぎょうぶしょうさまと城所きどころさまは、わずか数騎で戻られて来たが、当主叔父上さまと次席家老さまは、決して城門を開けなかった。


 もともと、叔父上さまと次席家老さまは、きょうへ下ることを不服としていたそうな。

 いったんは従ったが、キョウの負けが決まった今、刑部少輔ぎょうぶしょうさまと筆頭家老の城所きどころさまを切り捨てて来た。


 そもそも、刑部少輔ぎょうぶしょうさまの父上が、時の主に謀反むほんを起こし、誅殺されたあと、かの国主こくしゅさまに御口添えいただいて、刑部少輔ぎょうぶしょうさまの助命と保護が叶ったものだ。


 叔父上さまの見込み違いは、筆頭家老の城所きどころさまと刑部少輔ぎょうぶしょうさまが、キョウに御心を寄せたことであったろう。


「ここで裏切るか」

 刑部少輔ぎょうぶしょうさまと城所きどころさまの悔しい御様子が、目に見えるようじゃ。


 だが、叔父上さまと次席家老さまにすれば、刑部少輔ぎょうぶしょうさまこそが、恩のある国主さまの御心を踏みにじる、不届き者ということなのだろう。


 刑部少輔ぎょうぶしょうさまと城所きどころさまは、キョウの大将を守られて落ちのびていかれた。

 そのわずか数騎の中に、城所きどころの若さまがおられることを、あねさまと、われは願った。

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