八十二件目 繭括り 【恐神・雅客】編

勢いよく体が床に叩き付けられた衝動で、汚い声で痛みを昇華させる。

「っっっっっっつ’’つ’’つ’’!!!?」

悔しさ交じりに細く目を開けて、周囲を確認する。

教室?

あんなだいぶ高い所から落とされた感覚を未だ身体が覚えているというのに。

「あーーここ最近の出来事で今が一番イライラすんな。こんな面倒事さっさと終わらせて、悠寿に特大イチゴパフェでも奢って貰おうと思ってたのによ」

「まま、落ち着けよ雅客ぅ~。流石に悠寿なら先刻のやつは回避できた筈なのに態々入ったってことは…」

誰もいない教室を見、周囲に誰かいないか観察を始めようと刹那、再び空間が転移された。

「うわっ!?っむぐ!?」

今度は水中。

もし此処が学校であるとしたらプールの中か。

そう解釈した刹那の事だ。

水圧と共に大きな威力が体に伝わり、恐神の身体が金縛りのように動かなくなる。次いで呼吸が出来ないようにと言わんばかりに骨ばった手で強く塞がれる。

「ふぬ、っが、はっ、かく!?」

水に触れる度に痛くて痛くて早く抜け出したいというのに。何でこんな事をするんだと言ってやりたい。だが目の前にいる雅客は躊躇なく恐神の呼吸を仕留めに来る。

「が、はっ」

ただでさえ水中で歪む視界が更にぼやけてくる。こんな時に仲間に裏切られて悠寿を助けることも出来ずに空しく死んでいくのか、と心に投げかけ何かに当たれない気持ちを只ひたすらに自分の胸の中に押さえつける。

体がひりひりと痛んで苦しいのにそれでも痛めつけるとは。妖怪と人間は和解できないと何時か誰かに云われたっけな、昔人に云われた言葉をふと思い出し、自分の今までの行動が徐々に馬鹿らしく感じられてきたその時であった。

勢いよく硝子が割れる音が響き渡る。

「っが、ァ’’はァッ…はぁ…、おい、大丈夫か」

自身の重力を奪い、体幹を操っていた水分が全身から消えていく感覚。そして先程まで自分の呼吸を制御していたであろう男からの心配の声。この状況を理解するにはまだ自分の思考回路が追いついていない為か、恐神はただ目の前の出来事を睨みつけることしかできなかった。

「おい、睨むなよ。確かに先刻ずっと息できない様に口を塞いでたのは悪いと思ってるぜ。だけどその理由はあれを見りゃわかるよ。」

雅客は自分達の近くにある数個の瓶を指差した。

中身は、繭、繭、繭。たまに人間の形をした突起物が出ていたり、その繭玉を埋め尽くす液体を見た観点から、自分を守ってくれたのかと察した。

「睨みつけて、その…悪かッた。でも雅客は少し吸い込んじまってるンじゃねーのか?」

「あ?俺か?…まあ少しは吸い込んでるわな。一寸あっち見とけ」

「ん?おおう…なんか手品でもやるのか?」

「いいから」

雅客に急かされ視線を逸らすと、何かを吐き出し呻く幼虫の様な奇声、そしてそれを容赦なく踏み潰す音が聞こえた。

「よし、いいぞ」

「お前も随分と大変なンだな…オレには絶対できなさそうな芸当だからすげえわ…」

「は?別に芸当もクソもねェだろ。お前も塵虫がついてねぇか目ェかっ開いて確認しとけよ」

雅客は乱れた髪をほどき、足の裾まであるロングスカートを破り、膝上まで生足を露わにする。

「おお…意外に足綺麗だな雅客。「チラチラ見るな嬲るぞ」悪い悪い。…そういや雅客、マイズミ達は見たか?オレ先刻からの今でカオスな空間にいたせいか脳ミソバグって何も考えられねぇ…」

「あ?マイズミ達だ?…いわれて見りゃいねェな。けどあの変な司会者が繭括りがあーだとか言ってやがったろ?んでその直後に床材がボロけて強制的にばいばいさせられただけだろうし、探索してたらいつか会えるだろ。…悠寿だってあの繭玉に入ったのはきっと偽物だろうしな」

雅客は呑気な発言で恐神の心配をなだめつつ、室内の扉に手を掛ける。

「ほれさっさと迷子の餓鬼共回収しに行くぞ」

「ま、迷子の餓鬼って言ったら向こう《マイズミ達》にとって見たらオレ達も迷子と変わらねー気がするけど…」

苦笑いをしつつも雅客に大人しく付いていく恐神の姿は、どこかすっきりした表情になっているように見えた。然しそんな頼りがいのある背中も束の間、扉を何度かがちゃがちゃと引っ張った後、ぱちんと指を鳴らした。

「お?雅客、何か格好良い技でも使って開けンのか!?」

と興奮する恐神。

だが彼の想像する格好良いとはかけ離れたものが二人をお出迎えした。

「で…でけぇ赤ちゃん…?いやあれは赤ちゃんなのか…?」

恐神の目の前にいる大きな赤ん坊は、一つの顔に幾つもの表情を持った数百の顔が更にのめり込む様にくっついている。さらに言えば、ただの手ではなく、ガラクタ

だらけの腕、骨と風船が生み出す胴体、背中に大きな家と父と母を連想させるぬいぐるみが今にも落ちそうな不安定な位置に乗っている。

「は?どう見ても可愛い可愛い赤ん坊だろうよ。おい、ここだ。この扉が邪魔だから思いっきりやってくれていいぞ」

雅客がそれだけいうと、赤ん坊は容赦なく扉を何度も何度も叩き続ける。大きな物音が響き渡る度、自分は此処にいると仲間へ訴えている様な感覚に満ちた恐神であった。


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            繭 括 リ 開 始


化学実験室ニテ人間Ⅰ人、妖怪1人ノ確認。

保健室ニテ非招待者1人ノ確認。

階段ニテ人間1人確認。

図書室ニテ妖怪2人ノ確認。

他所ニテ残リノ妖怪ヲ確認。


配膳室ニテ人間1人ノ確認。

尚、繭括リ開始前ニ回収シタ繭玉カラ、溶ケタ死神確認。仲間ヲ庇ッタ自己犠牲ニヨル…(ここから先は文字化けしていて読めなくなっている)

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