八十一件目 合わせる顔なんて
薄暗い体育館内を、不規則に置かれた紫色の蝋燭が周囲を照らす。それが更にこの空間の不気味さを誇張させている。
「誰もいなくね?やっぱただの悪戯だな」
恐神の発言に二人は首を傾げた。
「否、おしくらまんじゅう状態で大勢いらっしゃる気が…」
「え、まじで?」
恐神はきょとんとしつつ、試しに目の前に手を伸ばすとむにゅっと柔らかいものに手が触れた。その感触が妙に気持ち悪く感じ、反射的に手を放す。
「おまえてちいさい たべれる」
目の前にはあんぐりと口を開け、大きな下をだらしなく垂らしたまま立ち尽くす大きな化け物が立っている。恐神は此奴の舌を触ったのだろうと確信すると、少し不服そうに自身の衣類で汚れを一生懸命ふき取る。
「うわあああああ!!い、いるなら’’います!’’って主張しとけよ!ほンと…びっくりさせやがって…オレの心臓がいくつあっても足りねぇわ…」
「がはは」
「がはは、じゃねぇだろ!何なんだよ口閉じろよ喉乾燥するぞ」
「」
それは口を閉じると、蓄積された鼻水がだらんと垂れ始めた。
「何だよ閉じれるじゃん…。まァ代わりに鼻水垂れてきてるけどよ…一周回って不気味って印象から可愛らしく見えてきたわ」
「ふふ、恐神さんは相手とのコミュニケーションの取り方がお上手ですね」
お岩がふわふわした表情で微笑むと、少し照れ臭そうにしながら顔を逸らした。
***
「先刻よりもだいぶ増えてきたな、見た目のインパクトすごいやつら。」
恐神は視線を凝らしながら周囲をちらちら見つめ、戯の肩をがしっと掴む。戯にはあからさまに嫌そうな顔をされても彼の理念が消えぬ限りはやめる意思表示はなさそうだ。
「あら、誰か出てきたわね。アナウンスしてた人かしら」
近くの貴婦人に扮した何かがそう述べると、一斉に台上に視線が集まった。
「え~お待たせしたかどうかは別にどうでもよくて、どうも皆さんこんばんわ~。先刻までのウォーミングアップ《前夜祭》では楽しんでもらえたかな!?いや~~、真逆とは思っていたけれど人間が三人もいるとはね!我々の高貴なイベントに無許可で人間風情が参加するなんて言語道断の極みだよ~。あ、ちなみにここに全員いま~す」
愉快に口を回し喋り続ける司会者は、ボロボロの布を勢いよく剝ぎ取ると、眩しい程の光を浴びてまだ自分の置かれている状況がどうなっているのか解っていないと思われる真泉達の姿があった。
「っ真泉!ちびっ子!!」
恐神は反射的に台上に向かって叫び、目の前にいる三人の元へ走ろうとした。然しその思いも僅か届かず、戯によって押さえつけられた。
「ん?あれ、知り合い~?それとも取り逃した人間?まァどっちでもよいや。これはあげるよ。よいしょ…って、あれ?なにこれ只の蝋人形じゃん」
司会者は非人道的に台上から恐神の元へ投げてやろうとした。だが最後に顔だけ拝んでやろうと表情を伺った時に、彼の顔色が急変した。
「だれぇ?おれの玩具片したの」
司会者は笑顔を取り繕っているが、その表情は正に化け物。化け物。それ以外の言葉では表現できぬ程恐ろしい得体の知れない化け物に等しい。
「探し物はこれか?」
大勢の聴衆の中で一人、二人と誰かが手を挙げ、一人は呟き、もう一人はくすくすと楽しげに愉快に笑った。
「マイズミも叢君もこっちの子も皆回収させてもらった。君が誘拐する前にね」
見覚えのある金髪少女が呟くと、司会者は楽しそうに種明かしを求めた。
「此方はクイズを出して楽しんでる訳じゃねぇんだよ。それに何事にもすぐ種明かしばっかり出してたらつまらねぇだろ?ほらさっさと話進めろよ」
清楚に団子結びをした女性(?)からは、野太く頼りがいのある声。その二人に胸を打たれたという男性諸君がむらがるが、団子結びの女性は、金髪少女を連れ恐神らの元へ一直線に向かう。
「蜀咲函縺帙」
悠寿がそう唱えると、小人サイズの三人があっという間に元の状態へと戻る。誰しも無傷であり、恐神らの不安は一気に消え去った。
「先生、此処にいらしたんですね。子とは一緒じゃないのですか」
「え?子?私ずっと単独行動か雅客といたけど」
「…そうですか。後、実は犬飼の事で伝えなくてはならはいことがありまして」
「メリーさんが化けてた…だっけ?屋上から観察してたから知ってるよ。でも実のところ、本人はちゃんと来ていたみたいだよ」
悠寿が自身の腕の中ですやすやと眠りにつく彼女に視線を落とす。悪夢に脅されていそうに表情を強張らせていたが、解放された安心感が夢にも反映されたのか、徐々に表情が柔らかくなっていった。
「ちなみに悠寿さん、雅客さん居なくないっすか?
それと先刻から隣にいる綺麗な女性は…えっと…」
「ん?この子?もしかして惚れちゃった?」
真泉の質問に悠寿は何か企んでいる様な笑みを浮かべにまにましている。その一方、隣にいる女性(仮)はあまりつまらなさそうな表情である。
「べ、べつに惚れてるとかじゃないっすよ!?ただ綺麗だなぁ〜と思ったぐらいっす」
「マイズミ、お前そんな趣味あったならデート位でなら夢見させてやるよ。俺が雅客だぞ」
綺麗な顔立ちに似つかぬ悪巧みが成功した様な黒い笑みを見せる女性に扮した姿の雅客は、何とも妖艶な悪魔だ。その姿は正に歩く毒の様である。
「あ、そ…そういやメリーさんとやらは何処行ったんすかね?」
「さぁ…ボク会ってないし。とりま彼女は自宅に転送しておこう。流石に生身の
「え、オレは?」
恐神は冗談交じりに呟くと、「あんたは慣れてるだろ」と周囲から反発され、一瞬でありながらもその場の空気が浄化されたような気がした。
「ハハ、見かけだけのみすぼらしい友達ごっこを見せて貰って大変不快だったよ。ただ死神を追い掛け回して葬ってやろうと思ったのに、それだけじゃ足りなそうだ。折角だから、そこの人間には今回の遊戯の玩具になってもらおう」
司会者が犬飼を抱き締める悠寿の方へと天井や床、壁を伝った繭玉や繭の糸を走らせる。悠寿は太腿に巻いたベルトに収納させたサバイバルナイフで襲いかかる糸を器用に切り刻む。
「おい、其奴誘拐する前に先ず遊戯って何やるのか教えろよ」
雅客は繭の糸を踏み付けると、ぷしゅと音を立てて液体が飛び出てきた。幸い雅客の足に付くことはなかったものの、零れた液体が付着した床は一瞬にして酸化し、ボロボロに崩れていく。
「おぉすげー威力だな…理科の実験でこういうのあったら面白そうなのにな」
「今それどころじゃないっすよ」
小言を呟く恐神と真泉にくくくと笑った司会者は、「繭括りなんてどうだ。やり方は簡単、繭玉に潜む化け物に捕まらなければ良いだけだ。然し、玩具として回収した輩には…"こう"だ」
油断した隙を付いてか深い眠りに付く犬飼へと繭の糸が襲いかかる。然し繭玉に捕まる刹那で犬飼がお岩の方へ投げられた。
「わっ!?え、ぁ、悠寿…さん…?」
「お前が態々入る必要ねぇだろうが!戻れ!!」
怒声を繭玉に向かって浴びせ、引きちぎるも、白く何重にも重なった丈夫な膜に包まれた悠寿の姿はどうしても見えない。表情も、手も、状態も、全てが闇雲の中へ消えていく最中、繭玉から物体が弾ける音が聞こえた。
「流石自己犠牲の死神だねぇ。面白い。…じゃ、みんながんば」
司会者は大きな繭玉をたぐり寄せ、中に潜り込む。
その後、唖然としていた聴衆達の床板がボロボロと崩れていき、それぞが堕落していく。甲高い奇声や悲鳴と共に、繭括りの始まりを合図とした。
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